12/17(土)
調子の悪いスライドドアが派手な音を立てながら閉まる。一歩下がった俺の前、相変わらず雑な運転のワゴン車が走り去った。
「もう少しゆっくり踏めってば」
思わず出た独り言が、雑踏にかき消される。
所謂先輩が運転する車は連日あの調子であり、いつか横転でもするのではないかと少し心配になる。先輩とは言え自分より年下の彼に時折そんな事も言うのだが、若さは乱暴さを格好良いものと勘違いさせることがある、という変に勉強になる経験をするばかりだった。
家への道を歩きながら携帯電話を取り出す。メールの受信を示す小さなアイコンを見て、右上の便せんが描かれた釦を押した。
「ごめんねー熱出したから行けないわ」
主語も句読点もないひどい文章を一瞥し、携帯電話をポケットに仕舞い込む。
まぁいい。明日は日曜であり、あと数える程しか向かわないであろう調査に出掛けるつもりだった。その出発を早める事にした俺は、家へ戻る道を少し早める。
ハンドルの根元についた釦を軽く押し込んだ。
久々にも関わらず景気のいい音を立てるセルが、1Lを超える排気量のエンジンを始動する。少し高いアイドリングが深夜の住宅街に響くのを聞き、少し慌ててそれに跨った。
こちらの世界で色々な場所を巡るのにバイクを買ってもうじき2年になる。
こんなものを買った理由は単純に趣味という以外にもいくつかあった。90年代製造で、所謂キャブ車というそれは決して燃費がいい訳でもなく、悪路の走破性に優れている訳でもなく、積載性が高い訳でもない。しかしそれと引き換えに車体の購入費用は安く、価格の割に馬力に満ちていて、そして車を買うよりは維持費用が掛からない。
無駄な出費かもしれないとも考えたが、休みの度に部屋でコップに神経を集中するよりは余程真っ当な時間の使い道だっただろう。それは自分の中でも、そして恐らくは客観的にもだ。
片道概ね300km程の行き先だった。
深く右手を捻る。一瞬の接地感覚がなくなるような感触の後、自分の体が凄まじい速さで移動しているのを感じた。土曜の夜とはいえ深夜の高速道路は交通量も少ない。日中と違って車の流れを縫うような魚の真似事をする必要もない。
確か家を出る前に見た気温は1桁前半だった。かつて航空機に乗るものが着たという革ジャンも、この気温の中で強烈に空気をぶつけられれば寒さが突き抜けてくる。
目的地付近で道が凍結していなければいいのだが。
海沿いの長い直線で、一度視線を横に向ける。海の向こうに流れる工業地帯の煌びやかな光を一瞥し、再び視線を前に戻した。
かつてはこういった物を見る度に、向こうの世界の彼女にも見せてやりたい、などと考えた事を思い出す。
胃の中の物が押し出されるような不愉快な感覚。寒さのせいであろうそれを飲み込むように、右手は更に翻った。
日付が18日に変わった頃の事だった。