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12/16(金)

目が少しはれている以外はいつも通りの一日をやり過ごし、いつものように家へと向かっていた。


丁度公園の脇を通り過ぎる時だった。

ポケットに入れていた携帯電話が何のメロディでもない電子音を鳴らし始めた。所謂ガラケーと呼ばれるそれを開き、そこに表示される名前を確認するとそこには、妹とだけ書かれていた。

我ながら不愛想な登録だ、などと思いながら通話の釦を押す。


「あー、お兄ちゃん?」

「どうした? 一応、生きてるぞ」

「一応って何。明日、夕飯一緒に食べない?」

「……何だ?」

「様子見だよ。まぁ電話出てるから消えてなくなってはいないんだろうけど」

それを目的に生きている人間に言う事か。心の中で悪態をつきながら、やむなく相槌を打つ。


「わかった。でも明後日出掛けるから早めで」

「大丈夫だよ。有希奈もいるから遅くなんてならないでしょ」

「そりゃそうだ。じゃあ出る前に電話でもくれ」

「はいはい。じゃーね」

ほぼ一方的に通告された電話を再びポケットにしまう。


妹とは、ひどく疎遠な両親と比べ比較的良好な関係を保っていた。以前こちらに戻って来た折に色々と面倒を見てくれたのも彼女である。目を覚まして落ち着いた折、旦那と子供を紹介された時には流石に驚かされたが。

当たり前だが、5年の歳月を経て何も変わっていないのは自分だけだ。


「こりゃまずいよなぁ……」

小さく独り言を漏らす。

まずい。それは別に今の自分の境遇ではない。

もう諦めようなどと考えたせいで、ちょっとした出来事でも心に突き刺さる感覚がまずいのだ。涙を流すほどではないものの、体の中を風が通り抜けていくような感覚は気分のいいものではない。




再び帰り着いた兎小屋。

一通りのルーチンワークを終え、テーブルの上に水を張ったグラスを置く。

それは2か月ぶりの試みであり、そして恐らくはこれで最後だろう。

大きく深呼吸してグラスに掌を向け、そこに精神を集中する。


俺は。

最強の魔術師の筈だった。

世界を救った英雄の筈だった。

水面1つ動かすくらい、造作もない。

その筈だった。


十数分後。微動だにしないその水面と、軽く額に浮かんだ汗。薄ら笑いを浮かべながら、コップの水を飲みほした。

もうこんな狂人じみた行為をする事もないだろう。

戻って落ち着いた頃最初に試したのは、こちらでも魔術という物が使えるのか、という事だった。結果は今と何も変わらなかったのだが。

軽くため息をついて煙草に火をつけた。


煙を吐きながら、今だ惜しいその欲求について考える。

魔術の根幹となるもの。それは大気に漂うマナに働きかける何かしらの力だ。

そのマナを無限に等しく溜め込んでおくことが出来た俺は圧倒的な魔力を行使できた。

向こうで聞いたその理屈が正しければ、そのマナが存在しないに等しいこちらで魔法などと言う物が使えないのは当たり前だった。


しかし、稀にその存在を感じる場所に行き当たる事がある。

ふと通りがかった路地裏。古都絡みの観光地。霊場と言われる場所。だがそれらはまるで一定せず、そこで何かを試みる準備を整えた頃には何もなかったかのような風景へと変わっていた。


もしも。奇跡的に。何かの間違いでもいい。魔術と言うものが使えたとして。

自分の知る限り、世界を渡る、などという規格外のそれなど記憶にない。その足掛かりにも触れられない状況で心配する必要もない事でもあるのだが。


静かに部屋を暖めるガスファンヒーターを消し、寝心地の悪い布団に潜り込む。

その時まであと数日の夜ではあったが、少なくとも今日はもう沢山だった。

込み上げる涙を握り潰すよう、翌日の仕事の事を考える。歪む意識にゆっくりと目を閉じ、疲れに身を任せることにした。


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