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13

今日は家の近くまで送って貰った。思い出したような冷やかしを一言でばっさりと切り捨て、車を降りる。

家で欠伸でもしているであろうそれの希望に一応答え、早足で歩き公園の前で家へと曲がった。いつもより少しは早いだろう。


「いるか?」

「いるよー」

返事と共にそわそわと玄関に歩いてきたそれは、既に表に出られる準備を済ませていた。と言っても上着を抱えている程度の物だが。


「ちょっと待ってくれよ」

「こめ、残しておいたぞ?」

「ああいや、さっさと出よう。遠出するつもりもないし」


作業着のまま出掛ける気にもならなかった。これでバイクに乗るのは流石に寒い。

一応それなりの服装に着替え、念の為に携帯電話を開く。電池の表示が残り三分の一という表示と、画面の上の方に表示されている数字。青字で-1℃と記載されている。


「マジかよ」

「なぁ、まじってなんだ?」

独り言に返る質問を無視し、しまってあった使い捨てカイロを2つ開封する。

1つをそれに渡し、上着の内側に入れておくよう説明しながら家を出た。


まだそう遅くはない時間帯。住宅街に響くアイドリングの音はそう目立つものでもない、と思う。

煙草を半分ほど灰に変えた所で暖気を切り上げ、大柄な車体に跨る。

いそいそと後ろに乗り込むそれの手が胸の前に回るのを確認し、ゆっくりと走り出した。


そんな予定などなかったが、大きな車体は後ろに1人分の加重が増えてもそこまで負担には感じない。こんな大排気量のバイクなど所持する理由が一つ、付け加えられた。

まだ早い時間帯に車は多い。車列をすり抜けていくスクーターなどを恨めし気に眺めながら、もう一つの苛立ちについてぼんやりと考え込んでいた。


目的が達せられた後、死にゆくことが決まっているそれ。少しの同情。哀れみ。それ以上でも以下でもない感情に、少し罪悪感を感じた。少なくとも向こうの世界に戻る事がなければ、こいつはくたばる事などない。当人がそれを望んでいるのが尚更救えないのだが。


少し車の流れが薄くなる瞬間。右手首が一気に翻る。軽く前輪の加重が抜ける感覚。後ろにしがみつくそれの力が一際強くなる。

数台の車を一気に抜き去り、二車線の国道に一際高い排気音が響いた。




一時間ほど散発的な渋滞を泳ぎ、海沿いの幹線道路に辿り着く。

時折それが背中から離れる感触と辺りを見渡している様子に、少し速度を落とした。信号で止まった折に一度どうかしたかなどと聞いたが。信号が直度に変わり、聞こえてきたのはうわああと言う悲鳴だった。


高い所がいいなどとそれは言っていたが、残念ながら近くに高い所など思いつかなかった。一応の妥協点である湾を跨ぐ大きな橋。その手前で道を逸れて橋の袂の公園へと一度立ち寄り、がらがらの駐車場にバイクを停めた。

相変わらずあたりをきょろきょりと見渡すそれにニット帽をかぶらせる。


「……ここか?」

「その橋。その上が割と高い。悪いけど山は近くにない。確か歩道があったと思うんだけどな」

「あれの上に登るのか? ……ロープ?」

「んな訳あるか。取り敢えず何か飲ませてくれ。腹減った」

自販機で缶コーヒーを買い、相変わらずそわそわした様子のそれにはいつも通り、ゆず、と大きく書かれた小さなペットボトルを投げて渡す。

いつも通りの調子でうまいー、などと言う言葉を聞き流して歩き出した、のだが。

昇降施設と書かれた、歩道に上がれるはずの階段は閉鎖されていた。営業時間外、との事である。


「……マジかよ」

小さく呟く独り言。それに返らない聞き慣れつつある言葉。

振り返った先のそれは、目を見開いて空を眺めていた。




「どうした? 悪いけど駄目らしい。今度でいいか?」

「……。」

「おい?」

「……ここで。いい。」

「何が?」

「……。」

明後日の方向を眺めているその視線を追う。

その先にあるのは、新円を描く月だった。

戻す視線の先、それは相変わらず空を見詰めている。


「なあ。取り敢えず、座ろう」

「……わかった。あれだ」

「どれだよ。全然わからねぇよ」

「月だよ。あれが丸いと、すんごいぞわぞわする。あと。」

「あと?」


ゆっくりとこちらに視線を戻したそれが、手近な手すりに右足を掛けた。

……その瞬間。がんっという音と共にそれが右足一本で跳ね上がる。

口を半開きにして見上げる俺の視線を頭上で横切ったそれは、俺の後ろにぱたんという大きな音を立てて着地した。

薄く笑うそれが口を開く。


「口。開いてるぞ?」

「……ああ。えぇと?」

「あははは!」

その言葉に、堪え切れないように笑いだすそれが、変わらず阿保面を下げる俺に嬉しそうに話し出した。


「分かった!分かったんだ!」

「わか……なにが?」

「あれだよあれ、月! 月が大きいと、私は元気だ」

「……なるほど」

やっと合点がいき、思案に暮れながら煙草に火をつける。

確か月の満ち欠けは1カ月程。全く気にしていなかったが、こいつがこっちに着た頃は新月に近かった筈だ。

という事は。


「お前がこっちに来た時、今みたいな月じゃなくて良かった」

「ん? ああ、そうだなー。そしたらお前の首ぶっ飛ばしてたもん」

「おっかねぇ……」

「あはは。良かったな! それに、きっと帰れるの早くなるぞ? 私の手柄だなー。残ったかれえは私が食べる」

偉そうにふんぞり返るそれから視線を外し、近くのベンチに座りこんだ。残念ながら、けちのつけようのない大きな一歩だろう。

不確定要素だらけの中、さんざ駆けずり回っていた現況に光明が見えていた。要するに俺は、てんで見当違いの行為を繰り返していたという事だ。

思わず、自虐的な笑みを浮かべながら煙を大きく吸い込んだ。


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