11
海沿いの高速道路を走っていた。
トンネルを超えて少しの辺り。背中にへばりつくそれの回す手が、ばしばしと胸を叩く。
軽く右手を戻しながら、何だ、と叫ぶ。しかしその問いは風切り音に搔き消されたのか、返る言葉は無かった。
左に体を捩じっている。視線の先、工業地帯の煌びやかな光。それを一瞥し、視線を再び前へと戻した。
高速を乗り継ぎ、古い灯台のある公園へと到着した。
ニット帽をかぶるそれから視線を外し、煙草に火をつける。
「少し遠かったな。疲れた」
「もっと近い所にすればいいじゃないか。おっかないし」
「近場を先に潰すと、残りがみんな遠くなる。で、どうだ?」
「うーん。この間よりも調子はいいんだよなぁ」
「この場所についてのコメントは無いのかよ」
「よくわかんない」
「あぁそうですか。あぁ、飯はさっき食べたぞ?」
「うっ……」
少し悔しそうな顔をするそれを先導するように、公園の中へと歩みを進める。暗い道を、灯台の近くに辿り着いたあたりで再び振り返った。
「どうだ?」
「わっかんないなー。前に変な感じがするって言ったろ?」
「変な感じ?ぞわぞわするってやつか?」
「そうそう。あれはずっとなんだけどさ。ここに来てもそれは変わんない」
「……そうか」
「ごめんな」
「お前が悪いんじゃないだろ」
「うーん」
本音で言えば、それなりに参っていた。
足掛かりは出来た物の、かかる時間は1年程などと表現したがそれさえ確かではない。まして、それで成功する保証だってないのだ。
遠くから聞こえる若者たちの奇声。面倒ごとに巻き込まれるのも嫌な上に手掛かりもなさそうだった。
そこで引き返し、再びバイクのエンジンをかけた。
その後、2カ所ほど名所と言われるような場所を巡り、家へと辿り着いたのは深夜三時過ぎだった。
「駄目だな。まるで見当がつかない」
「うーん。場所じゃないのかもよ?食べ物とか――」
「あー、困った」
ファンヒーターを抱え込むようにしているそれが浮かべる憮然とした表情。そこから視線を外し、煙草に火をつけた。
とは言え、それの体調はだいぶ良い様子だ。日ごとに顔色が良くなっているようにさえ見える。
「じゃあ。やるか」
「そーだなー」
差し出す右手を掴む。少し慣れつつもある行為とその力加減を数分程の時間で終えた。
前回と比べて、少し魔力の流れを速めたが、それの調子は悪くなさそうだ。
「ふああ……。やっぱり眠いな」
「慣れてきたな。眠ければ寝ていいぞ」
「そーする。ああ、そういえばさ」
「なんだよ。食い物ないぞ?」
「違うってば。てつうまで、行きに走ってた道でさ」
「ああ」
「丸くて大きいのがあったんだけどさ」
「丸い?大きな?」
「赤とか緑に光ってた。あれ、なんだ?」
「……お前の言ってるものが全然わからねぇよ」
「あちこち結構派手に光ってゆっくり回ってた」
「ゆっくり回る? ……観覧車か?」
「そう、それ!」
「お前……適当過ぎるだろ」
適当な紙に、適当な絵。好意的に見ればひまわりのようなその絵を書いて見せる。
「これか?」
「あーそうそう! で、これなんだ? あとそのずっと先の……そうそう、叩いて教えた」
「あぁ。あれは……確かプラントがあるとかって話だな」
「ぷらんと?」
「……面倒くさい」
「えー。いいだろ教えるくらい」
「最初のは観覧車。箱が輪の先についてただろ? あれに乗って、風景を楽しんだりする」
「……わからないと思って騙してないか?」
「騙してない。俺はあまり縁がないけど」
「友達いないもんな」
「いるって言ってるだろ。で、後のは俺もよく知らない。何か作ってるところだ。臭かっただろ?」
「あー確かに臭かったな。なぁ、そのかんらんしゃ、乗れるんだろ?」
「嫌だ。行かない」
「なんだよー。あそこに行ったら何かわかるかもしれないだろ?」
「絶対にそれは無い。あー。喋れるようになったら連れて行ってやるよ」
「……なぁ。そのかんらんしゃって、乗れるんだろ?」
「言い直したって駄目に決まってんだろ。もう寝ろ。覚える気があるなら教えてやる。素人だからどうだかわからないけど」
「くそー。」
電気を豆球に切り替えると、相変わらず緊張感のない風のそれがゆっくりと目を閉じる。
寝息が聞こえてくるのを待って、煙草に火をつけた。
先程考えていたことを思い出す。
この調子では、本当にどれだけかかるのかわからない。仮に1年で俺の魔力が最大限に達したとして、世界間を転移すると言う行為が1度で成功などするのだろうか。
煙と溜息と一緒に吐き出した。
その気がありそうな場所を総当たりする。少なくとも、俺に思いつくのはその程度の事だった。
薄暗い中、寝息を立てるそれ。半ば冗談のように言うが……たらふく飯を食わせ続ければ幾らかは違うのだろうか。なんとなく、それも違うだろう。
根元まで灰になった煙草を灰皿に押し付けながら立ち上がった。
先程から新聞配達のバイクの音が響いている。祝日で明日も休みだとは言え、昼過ぎまで寝ている訳にもいかない。
煙草の火がちゃんと消えているのを確認し、自分の布団にもぐり込んだ。




