12/15(木)
「お疲れさまです」
「また月曜日なー」
調子の悪いスライドドアを派手な音を立てて閉めた。その場で頭を下げる俺の前から、雑なアクセルで走り去る車。
いつも通りの道を兎小屋へと向かう。
途中、俺がこの世界へと戻った折に倒れていたという小さな公園を通り過ぎ、コンビニで簡単な食事と煙草を買った。
ただいま、などという相手がいる訳もなく静まり返った部屋に生活音が響く。
生活音と言うよりは。
最低限の餌をむさぼる音。煙を吐き出す息遣い。いつでもその時に備えるための最低限のトレーニング。休息を求める体に湯を浴びせる音。そして男性特有の処理音。
まるで興味を持てないので結局テレビは買わなかった。情報収集の為に用意したノートPCも、今日は向かう気になれない。
別の世界に行く方法、などと言う事を調べのに無駄な時間を費やす変わり者が世の中に一定数いたとして。この2年間、その変わり者の中でも俺は10本の指に入る程度には無駄な時間を過ごしただろう。
それも、もううんざりだった。
丹念に押しつぶされた寝床へと潜り込む。
ふと、壁に掛けられたカレンダーが目に付いた。まだ11月と大きく書かれたカレンダーの右上、小さく12月の日付が書かれた部分を見る。
俺がこちらへと戻った日付。12月26日。小さなカレンダーの左下に刻まれたその数字。
そこに至ったならば、もう諦めよう。
疲労に負けそうな意識がそんな事を考える。それと同時に喉の奥から吐き出される言葉。
ごめんな。
誰もいない部屋に今日初めて響く人の声。
そう大きな声で話したつもりはなかったが、物音に敏感になっていた耳に、それを諦める事を恐れていた心に、その言葉はひどく深く突き刺さった。
不意に涙がこぼれる。
夜中に男が一人でめそめそと泣くなど、笑い事以外の何物でもないだろう。内心ではそう思いながらもその涙は止まらなかった。
俺が一体何をしたというのだろうか。
あちら側に移った折、確かに俺は生きる喜びなど持ってはいなかった。だから使い捨ててもいいとでも思われたのだろうか。
居場所がある幸福など、知らぬままで生きて行きたかった。何故それを知った後、唐突にそれを奪われなければならないのだろうか。
何故、俺なのだろう。
誰にもわからない。
誰に問うこともできない。
何度繰り返したのかもわからない問いばかりが繰り返される深く沈んだ意識の底。
そこだけが3年前から変わらない、俺の居場所だった。
深く淀んだ川底のような意識は、やがて泥に埋もれていった。