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07

「てつうまじゃないのか?」

「歩きだ。近くの神社に行く。明日は混んでるから」

「じんじゃ? ……まぁいいか」

「行くぞ」

今まで通りのやり取りを済ませ、ニット帽をかぶるそれを確認して家を出た。


幹線道路まで突き当たり、近くの交差点まで。そこで道路を渡って更に歩く。

別に日本の文化なんぞを教えたい訳ではない。

そういった場所にマナがあるのなら納得する話であり、しかし手探りの段階では少しでも手がかりが欲しいというところだった。

後ろを歩くそれは、やはり少し調子が悪いようだ。熱がある風でもないが、気だるそうに見える。

「調子悪そうだけど大丈夫か?」

「へーきだけど。もう少しゆっくりだと助かるなー」

「あぁそうだな。悪かった」


そう言えば昨日も言われた。

身長差がある上に体調が悪いのならば当然ではある。少し歩く速度を緩め、ちんたらと歩いて行く。

やがて辿り着いた石段。見上げた山、というか丘の上に大きめの神社が少し見えている。

「ここ上ってくと目的地だ。……何か感じる所があれば教えてくれよ」

「うー。わかったけどさ」

「上で屋台が出てるだろ。何か食わしてやるから」

「行こう」

「……ああ」

先程とは別人のような速さで階段を上るそれ。その後姿を眺めながら石段を上がっていく。


「おいちょっと待てよ。早いって」

「そんな事はない。ふつうだ」

「ふざけんな、周りに気を配れって言っただろ」

「安心しろ。何もない」

「何もないって……。自分が何言ってんのかわかってるのかよ」


謎の言葉でのやり取りに、すれ違った家族連れが一度振り返っている。

そこに正しい日本語で、あー、すみません、などとお茶を濁すような言葉をかけさらに上る。


数分後辿り着いた境内。

年が明けた後との比較にはならないものの、数軒の露店が並んでいる。

たこ焼き。お好み焼き。じゃがバター。


「えーとねぇ……」

既にその露店の中を覗き込みつつあるそれの服を掴んで引っ張る。


「だから。何かないのか?」

「何もないって。相変わらず体は重いし」

「重そうに見えなかったぞお前」

「普段だったらあんな階段、5段飛ばしで上るよ。でもよくあんだけ作ったねー」

「人間はそんな飛べねぇよ。……じゃがバタ―でいいか?粉物は普通の店で食べたほうが絶対うまいし」

「じゃがばたーでいいよ。早く」

「お前に煽られるとすげぇ腹立つのな……」


これは食べた事あるなー、などと言いながらジャガイモをかじるそれから視線を逸らし、お守りの販売所を眺める。

この場合は交通安全だろうか。少なくとも安産や勉学ではないだろう。

何となく、年を跨いでから購入すべきだなどという結論に至った頃。振り向いた先のそれは、じゃがいもが収まっていたプラの容器をごみ箱に投げ込むところだった。


「また明後日来るようだな」

「えーまた来んの?」

「お守り買いに来る。古い奴、持ってくるの忘れたし」

「お前らって本当によくわかんない事いうよなー。じゃあさっきのじゃがばた、その時も食べていいか?」

「あんなもん、家で作ったらあの値段で腹一杯食える。今度レンジで作ってやるよ。というかそうしてくれ」

「芋ふかすのって大変だぞ。湯がくんじゃないぞ? お前、やった事ないだろ」

「レンチンくらいできるっつの」

「れんちん?」

「帰るぞ」

「……れんちん?」


帰りにスーパーでジャガイモとバター、ついでにマヨネーズを買って帰る事となったが。

まぁ、いいだろう。冷蔵庫の中は相変わらず隙間だらけだ。





「うまいー」

「……時々食べると確かにうまいんだよなぁ」

じゃがいもを嬉しそうに頬張るそれを尻目に、俺は炊飯器のスイッチを入れた。

かくいう俺も、先程まで同じことをしていたが。改めて食べる事もなかったので、久々に食べるとこういった物はひどくうまく感じる。

予約時間が表示された炊飯器置き場を引き出して再び座り込んだ。目の前でそれが手を付けようとしている芋は、何個目だろうか。


「なぁ。飽きないか?」

「まよねいずとばたーを使うから飽きない。お前、飽きっぽいんだよー。こんなにうまいのに」

「塩も意外といけるかもな。無いけど」

「本当にお前達はいいものばっかり食べてるなー。……みんなにも食べさせてやりたい」

明後日に向けていた視線を戻す。フォークに刺さった、一口大の湯気を上げるじゃがいも。見詰めるそれは、ひどく憂鬱そうな顔をしていた。



「……あまりいいものは食えないか」

「食べられないときもある。何か獲物があればいいけど」

「鳥捕まえるの上手いって言ってたもんな」

「うちの里の畑、あちこち焼かれちゃったからさ。あんまり余裕はないなー」

恐らくは比較的深刻な話だと思うのだが。他人事のように語るそれは、そこまで言い切るとフォークを口に運んだ。


「なぁ。お前、何で戻りたいんだ?」

「……お前こそ。こんなに飯がうまいし戦いもない。戦いたいのか?」

「別に戦いたくなんかない。俺の居場所があそこにしかないだけだ」

「居場所ならここにあるじゃないか。すんごい馬もあるし」

「そういうんじゃない。向こうで俺を待っててくれる人がいる。そこに戻りたい」

「女かぁ? なんだか情けない理由だなぁ」

「うるさいな。お前こそ……。いや、何でもない」


自分が元居た世界に戻りたいというのに、理由などいらないだろう。

しかし。煙を吐き出しながら少し考えこむ。

少なくとも俺の予想では魔族は絶対的に劣勢な筈だ。正直、あれから今までの期間があればすでに駆逐されていてもおかしくない。食糧難程度で済んでいる状況がおかしい、というのが俺の私見だ。


「なぁ。あっちじゃどうなんだ? まさかお前ら、人間押し返してるのか?」

機嫌を取り戻していた顔が暗いものへと変わる。


「……そのうち、負けると思う。わかるだろ?」

「……。」

「でもお父さんや仲間たちが戦ってる。一緒に戦うんだ」

「死ぬぞ?」


「多分、そーだな」

「やっぱり馬鹿だろ」

「うるさいなぁ。なぁ、あっちに戻ったらお前も私たちと戦うんだろ?」

「……わからん。少なくともお前みたいな馬鹿ばっかりなら相手じゃないけど」


「そっか。戻ったらさ、仲間の所に戻るまでは見逃してくれよ」

「なんだよそれ」

「戻ってすぐにお前に黒焦げにされたんじゃ、戻る意味ないじゃないか」

「そりゃそうだけど……わかった。まだ先も長そうだけどな」

「そうだなぁ」

再び穏やかな顔で天井を見上げるそれから視線を外し、床を眺めていた。


理由はあるだろうと思っていた。

それが、自殺しに戻る話だとは思わなかったが。


次の煙草に火をつけた。

別にそれを否定するつもりもない。そうしたいならそうすればいい。

目の前のこいつが血反吐を吐いて命を落とすとしても、その為に俺は今日まで生き続けて来た。


だが……気分は悪かった。

別に俺は変な主義など持っていない。しかし目の前でじゃがいもなんぞを頬張っている奴がじきにくたばる、それで気分が良い訳などない。

大きく煙を吐き出しながら顔を上げた所で、それと目が合ってしまった。


「なんだよー。やめとけ、とかいうのか?」

「……俺はそれでも向こうに戻りたい」

「じゃあ気にするな。ごめん。余計な話して」

「けど。気分は良くないな」


「なんだよ。お前、散々殺してきたんだろ?」

「でなきゃ俺が死んでいたし、俺の大切な人だって死んだかもしれない」

「お前が殺した奴だって――」

「分かってる。俺が殺した奴だって誰かの大切な何かだったかもしれない。けどお前、これから殺す奴と一緒に飯食ったりとかしたか?」


「する訳ないだろ」

「今、してるじゃないかよ」

「ああ。そっか」

「止める気はないけど、気分が悪い。そういう話だ」


「そっか。お前、なんだかいい奴だな」

「いやいや。普通、嫌だろ」

「……そっか」

沈黙が流れる。

憂鬱そうに再び天井を眺めるそれから視線を外した。




形もない煙が薄れ消えてゆく部屋。

腹が満たされたそれは横になり、眠気に負けそうになっている。


「寝ていいぞ。お前が体力戻してくれないと出掛ける訳にもいかない」

「うぅ……わかった。なんだか悪いなー」

そんな事を言いながら、はいはいで俺の寝床……だった筈の布団へと向かうそれ。


「なーあのさー」

「何だよ。……起きたら夕飯だぞ」

「……寝る」

「その心配かよ」

窓から差し込む光はまだ明るく、一日を終えるには早い。

……しかし、こいつが本調子にならない事には何も始まらない。それまでは基本的に大人しくしているべきだろう。


眠りに落ちようとしているそれから目を逸らす。

俺は自分の中での結論に従い、約束通り夕食の鶏肉の準備をちんたらと始めた。


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