02
冬の夕方。
日が落ち始め、流石に寒い。
俺の後ろを着いてくる女には、買ってきた服とニット帽をかぶせてある。耳さえ隠していれば、ざっとの外観はそこいらの人間と変わりないだろう。
「なぁ、どこ行くんだ?」
「買い物だって言ってるだろ。ちょっと歩くぞ」
「こっちには馬とかないのか?」
「アメリカンとか乗る奴は鉄馬とかって言ったりするけどなぁ」
「あめり……てつうま?」
「バイクな。今度見せる。馬じゃないけど」
「そっか」
取り敢えずの目的地はホームセンター。
どんなものであれ、ヘルメットを被らせないとバイクに乗せられない。
やがて突き当たる幹線道路。そこを行き交う車を見て、目を見開いて足を止めるそれ。
「なぁ。お前こっちの言葉わからないだろ。何か言われたら取り敢えず笑顔で、こんにちわ、とか言っとけばいいから余計なこと言うなよ?」
「こんにちわ?」
「何度も言うなよ?」
「……わかった。コンニチワ」
「……。」
家の近くの小さなホームセンターは、時折作業手袋を買いに来ることはあるがそう滅多に立ち寄る場所ではない。
開く自動ドアに、おおおぉぉ……などという声を聞きながら店の中へ入る。
確かこのあたりだろう。簡単な工具や自転車の用品が並ぶ棚を探すと、野暮ったいシルバーのヘルメットを見つけた。
「これ被らないとバイク乗せられないからな」
「なんだこれ。兜か?」
「まぁそんなもんだ」
箱をくるくると回し、一応JISマークを探す。そこへ通りかかった中年の女性の店員がこちらを見て言葉を掛ける。
「あ、それ開けても大丈夫ですよ?」
「コ、コンニチワー」
「え? こんにちわ……」
「ありがとうございます。ちょっと開けさせてもらいます」
笑顔で立ち去る店員を見送り振り返ると、そこにはスペシャルな笑顔を浮かべたそれが立っている。
「今のはないだろ……」
「お前が言えっていったんじゃないか!」
「やっぱ黙っててくれ。めんどくせぇ……」
「なんだよ!わからないんだからしょうがないだろ」
抗議の声を無視して箱を開け、絶対に自分では被らないようなヘルメットを取り出す。
一応のサイズ感を見て、諦めた。下手をすれば顔の周りでヘルメットが回ってしまう。
「駄目なのか?」
「でかすぎる。後で買ってくるからここは諦めよう」
「なんだよ、こんなに色々あるのに……なんだあれ、喋ってるぞ……」
展示してある液晶テレビを見て、硬直している。その背中を叩き、店を後にした。
相変わらず辺りを落ち着きなくきょろきょろと見渡しているそれに振り返る。
確かに高次の生活の中に突然放り込まれれば、仕方がない。しかも彼らは向こうでさえ文化としては劣る生活を送っていた。……江戸時代あたりの人間をここに連れて来たなら同じような反応をするだろう。
「おーい。取り敢えず、食い物買いに行くぞ」
その言葉でこちらに視線を向け、少し早足になっている。確かにインスタントでも何でも、あちらの食べ物よりは旨いだろう。
さっさと済ませ、再度作戦を立てたい。やっと水面を揺らす程度では先は長そうだ。
長期的な生活方法と、いかにそれを短縮化するか考えるべきだろう。
結局。
自動ではない扉を据え付けられたコンビニに立ち寄って弁当を買い、家へと戻る。
「取り敢えず、飯にしよう。……手、洗えよ」
「手を洗う?……水、どこだ?」
蛇口から何かの魔法で水を吐いているのか、などと言うひとしきりの反応の後。
コンビニ弁当を開封して目の前に並べる。
「なぁ。これなんだ?」
「米。そっちの肉をおかずにして米を食う。あまり独特な味じゃないから――」
返事を聞く前にフォークを口に運んでいる。それでは聞く必要などないだろう。
「なぁ、そっちのはなんだ?」
「から揚げ。一個やろうか?」
「いいのか?」
「そっちの肉と交換な」
「……わかった」
どうやら豚塩カルビの薄い肉が気に入っていたらしい。
交換した唐揚げにひどく感心するような声を上げる様を眺めながら、目の前の弁当を片付けた。
食べ飽きた味をコップの水で流し込み、煙草に火をつける。
その様を観察するそれを無視して、話を始めた。
「さっきの話だけどな。結構、時間かかると思う」
「何が?」
「向こうに帰る話」
「まぁそうだな。あれだけ集中して水がゆらゆらくらいじゃあ」
「少しでもそれを短縮したい」
「何か方法あんのか?」
「それは置いといて、もう一つ。その時が来るまで、お前にもここで生活して貰う事になる」
「飯うまいから別にいいぞ?早いと助かるが」
「言葉を覚えろ」
「……コンニチワー」
「怒るぞ?」
「お前が言えって……」
「で、さっきの時間を短縮する方法だけどな」
「飯、たくさん食べると元気が出るような気が――」
「あちこち探し回った時に、マナを感じる場所があった。そこを一緒に回ってみよう。取り敢えず、ヘルメット買いに行ってくる」
「……わかった」
少し不安もあったが、一人で行った方が早そうだ。まだぎりぎり間に合うだろう。
再び出掛ける準備をすませ、玄関へと向かう所で声を掛けられた。
「なぁちょっといいか?」
「なんだよ」
「……川ってどこだ?」
「川?」
少しもじもじしている様を見て、黙ってユニットバスの戸を開ける。
「なんだこれ……」
「そこに座って用を足して、その紙で尻拭く。奥のは風呂……入った事ないか?ちょっと待ってるから先に済ませてくれ。ほっとくと何仕出かすかわからないし」
「お、おう」
ズボンを脱ぎだそうとするのを個室に追いやり、時計を確認しながら再び煙草に火をつけた。




