共感
「見たまえ」
横浜の港を散策していると、友人が物知り顔に船を指した。
それは天高くいくつもの煙突を突き出した、巨大な鋼の船舶だった。
「紅毛人の大船だ。英国の新型だそうだよ」
言われて見れば、海中に見え隠れする側面の鰭は、我が国の船が持たないものだ。形状も魚に近く、自らうねる事もできるようだった。
「随分と速力が出そうだね」
応じてから私は、かの船舶へと荷下ろしに群がる小舟たちに視線を転じる。
いずれも横腹に生やした数対の腕で水を掻く、馴染みの深い付喪船である。だが異国の大船を堪能した後では、どうも貧乏臭く、垢抜けないもののように思えた。
「君、知っているかい?」
「何をだい」
某かの閃きがあったのか、言いながら友人は懐中硯と筆を取り出し、素描を始めた。
「あの大船の付喪機関さ。あれに使っている式は日本製であるそうだよ」
「意外だね。てっきり中国の物だとばかり思っていた。本場はあちらだろう?」
「うむ。清のものはどうも上手く働かなかったらしい。茶器の類を歩き回らせるのが精々で、大きなものとは相性が悪かったそうだ。そこでうちの陰陽寮がしゃしゃりでたというわけさ」
「思わぬ始まりがあったものだ。同じ島国の器物同士、気脈を通じたというところかね」
「なるほど、島国根性同士か。そこは思い至らなかった」
斯様な談笑をして過ごし、その日は終えた。
友人の絵筆は相変わらず見事なものだった。
かの大船の去就を耳にしたのは、それから半月ほど後が過ぎての事だ。
驚くべきかあの新造船を、日本政府が買い取る運びになったのだという。
何でも基幹に用いた式がすっかり日本にかぶれてしまい、英国に帰るはおろか、港から出るのも嫌がるようになってしまったものらしい。
今では好んで日本食を食し、小型の付喪船どもにも懐かれているとの報道で、そのまま繋いで水上客亭とする形に落ち着く模様である。
どうにも勿体無い話だと思いつつも、奇妙に得心する部分もあった。
留学経験のある私としては、あの船の心地がわからなくもない。なにせかの国の食事は、大層よろしからぬのだ。
お題:イギリス式の始まり