愛烏家同盟
時間潰しに入った古書店で、目に止まったのは本ではなかった。
それはカラスの像である。
随分と精巧に作られてはいるが、剥製ではない。手の中にすっぽり隠してしまえるそのサイズは、本物のカラスのものではありえない。
だが一目には真贋の見極めがつかぬほど、精緻な品だった。
本当はガラス玉か何かなのだろう。
けれどはめ込まれた両目は理智の輝きを備えるように光り、濡れ羽色の翼は羽毛の一本一本までもがやわらかく、風になびきそうにすら見えた。
前に三本、後ろに一本の爪を備えた足を片方は下ろし、片方はわずかに持ち上げた格好で、平積みされた古書の上に鎮座している。
これは、触れてもよいものだろうか。右手を宙に彷徨わせていると、
「気になりますか」
背後からそう声がした。
すっかり魅入っていた所為で、一瞬ぎょっと仰け反ってしまう。自分の過敏な反応に赤面しつつ振り返ると、居たのは一人の老爺である。
にこにこと愛想よく笑む彼は、おそらくこの店の主であろう。
「よくできたものなので、つい見惚れました」
心の中を白状すると彼はうんうんと満足げに頷いて、
「皆さんそう仰ってくださいます」
「もしかして、あなたが?」
「いえ、違います。たまたま安く手に入れたものですよ。でもたまにお客さんのような方がいらっしゃるんです。これを気に入って、これに気に入られる方が」
「……これに?」
まるで作り物のカラスに主体があるような口ぶりが気になった。
すると老爺は殊更に声を潜めて、秘密めかして言う。
「実のところね、このカラスには願いを叶える力があるんだそうです。この子の前で持ち主がはっきりと口にした願いを、みっつだけ」
「『猿の手』のようですね」
著名な小説を上げると店主は「ですねぇ」と頷いて、それから首を振った。
「でもまあ残念ながら、どんなに真摯なものでもほとんど叶わないんですよ」
「それはまた、どうして?」
「どうもモデルに似て鳥頭のようで。昔から『カラスの請け合い』などと申しますでしょう。安請け合いの事ですよ。これにそのつもりがなくとも、記憶力の都合でどうしてもそうなってしまうのですな」
ふっと肩の力が抜けた。
なるほど、と得心する。先からの話は、冷やかしの客への冗談話だったのだ。像の造形に飲まれたのと店主の雰囲気ある語り口で、すっかり釣り込まれてしまった。
そう思って苦笑した右手が、ちょんと何かにつつかれた。
驚いて首だけでまた振り向いたけれど、居るのは古書に座すカラスばかりである。目を瞬かせていると、
「気に入られた、と申し上げましたでしょう?」
店主が悪戯っぽく目の奥で笑った。
「……触っても?」
「どうぞ」
人差し指で静かに触れると、想像通りに、羽はひどくやわらかだった。
きっと思い込みに違いない。けれど、かすかな温度と小さな鼓動が伝わってきた気がした。
願いだのなんだののところに、この子の本当の価値はないのだ。
「また、来てもいいですか」
「お願いします」
通じ合った顔で会釈をして、店主と別れた。
今度は、光り物を持参するのがよかろうかと思った。
お題:安いカラス