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「おもしろい人たちだったね、じいちゃん」
「僕の自慢の友人たちだ。気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
アルメア連州国カルニア州都プルーメントにある行きつけのカフェだ。太極洋を渡り、給油待ちを兼ねて遅めの昼食を摂っていた。ボリュームのあるバーガーとたっぷりのコーラ。ここではマナーを気にする必要もない。大口でかぶりつく。
「んー、うまい。やっぱりこっちの方が口に合うな、ぼく」
「実を言うと、僕もだよ。アンリにはとても聞かせられないけれどね」
「ははっ。すごい顔で睨まれそう」
アンリ。冒険飛行家クレオスの不思議な体験を、見事に解き明かしてみせた老給仕。変わり者の集まりであるカイトフライヤの面々と比べても、飛び抜けて強い印象を残す人物だった。謎と言えば、彼自身が謎そのものでもある。
「アンリさんって、本当にただの給仕なのかな」
「彼は出会った時から〝ル・ヴァレ〟の給仕だったよ。三十年来の付き合いになる」
「三十年前っていうと、飛行機が飛び始めたころかな」
「そうだね。当時は船旅が主流で、世界一周に九十日はかかる時代だった」
「うわ……今なら一週間かからないよね」
「かくて世界は狭くなりにけり。いずれジェット旅客機の時代になれば、三日……いや二日で世界を一周するのも不可能ではなくなるのだろうね」
「便利な時代だよね」
「情緒のない時代だよ」
ストローでコーラを吸った。炭酸が喉を快く刺激する。
「ところで、じいちゃんさ」
「なんだい」
「アンリさんが説明する前から、気付いてたよね」
「なぜそう思ったんだい、ヴィヴィ?」
「その反応で確信したよ。ぼくがこの質問をする可能性も考えていたよね」
「うん、その通りだ。ユベールならもっと早く気付いていただろうけど、ヴィヴィが気付くかどうかは半々だと見ていた。どこで気付いたか、教えてくれるかい」
「どうせぼくはユベールほど賢くないですよーだ」
ヴィヴィが頬を膨らませて見せると、フェリクスが笑った。
半分は冗談だ。気を取り直して説明にかかる。
「えっと、ぼくが〝お茶や煙草がある〟って言った時、じいちゃんはクレオスが〝パイプ〟としか口にしていないのをわざわざ指摘したよね。その時は何の違いがあるのか分からなかったけど、クレオスが吸わされたのは阿片の可能性があると疑っていれば、そういう台詞が出てきても不自然じゃない。これがひとつ」
「うん。他には?」
「アンリさんに推理を披露してくれるよう頼んだ時、最初はずいぶん渋ってたよね。あれは給仕の職務から外れることを嫌ったんだと思ったし、実際にそれもあるんだろうけど、だからこそアンリさんが折れたのには他の理由があるはずなんだ」
でなければ、自らの流儀にどこまでも忠実な彼が考えを変えるとは思えない。
「あの時、アンリさんはじいちゃんに促されて推理の披露を了承したように見えた。アンリさんが、じいちゃんは真実に気付きながらもあえて黙っていると察していたからこそ渋っていたんだと仮定すると、当のじいちゃんが促したことで態度を変えたことにも説明が付く。あれはそういうことだったんじゃない?」
フェリクスは黙って微笑み、うなずいた。
「やっぱり。でも、まだ分からないことがあるんだ」
「なぜ僕が黙っていたのか、だろう?」
「うん。クレオスが麻薬を吸った自覚がないならそっとしておこう、って理由かと思ったんだけど、理由としてはどうも弱い気がしてさ」
「ヴィヴィ。今から話すことは、誰にも言わないと約束できるかい?」
フェリクスが不意に真剣な表情を形作って言った。
「うん、もちろん」
「僕は若いころ、麻薬を運んだことがある」
「わお」
「もう時効だし、麻薬だとは知らなかったんだ。いや、これは言い訳だね。とにかく、結果として麻薬の密輸に手を貸してしまった。後で気付いて、悔やんだよ」
珍しくヴィヴィの煙草を一本取って、フェリクスが続ける。
「当時、国境を越える飛行機の扱いをどうするかで各国の対応は割れていた。空港という概念そのものがなかったからね。国境で降りて地上を通過しろだとか、今になって考えると笑ってしまうような手法も真面目に検討されていたんだ」
ここまで説明されれば、どう繋がるのかは明白だ。
「国境を飛び越えて違法な物品を運べるなんてスキャンダルは避けたかった」
「軽蔑するかい?」
「なんで? そんな馬鹿なルールが決まるのを阻止してくれて、感謝しかないよ」
飛行機で国境を越えられない世界なんて、悪夢でしかない。
「うん。実のところ、僕にも罪悪感はない。飛行機の有用性が正しく理解されるために、あの時点でスキャンダルを隠したのは正しかったと思っている」
煙草をふかして、フェリクスが続ける。
「ただ、目的のためなら法を犯すことも厭わない自分自身の罪深さへの嫌悪みたいなものはあった。そういうものはいつまでもまとわりついて、心を濁らせる。いつか、何らかの形で清算したいと、ずっと思っていたのさ」
「そっかー。じいちゃんはやっぱり偉いよねー」
「かわいいヴィヴィ。君にもいずれ分かる時が来るさ」
「来るかな。まあ、じいちゃんが言うならそうなのかもね」
「ああ、きっとだ。そして、罪の清算をする機会は十年ほど前に巡ってきた。ピエルシナ王国政府の依頼で、麻薬の密輸ルート潰しに協力を頼まれたんだ」
「じいちゃん、顔が広いもんね。っていうか、知らなかったよそんなの」
「この件に関してはユベールにも伝えていない。僕のつまらない見栄だけどね」
「ん……まあ、いいよ。こうして教えてくれたんだしね」
「そう言ってくれると助かるよ」
煙草をねじ消して微笑むフェリクス。
「かくして麻薬の密売ルートは潰された。めでたしめでたし、ってわけだね」
大幅に省略された気がしたが、あえて突っこまずにおく。
誰にだって、深入りされたくなく昔の恥のひとつやふたつはあるのだから。
第十五話「糸切れ凧はどこへ落ちたか」Fin.




