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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十五話 糸切れ凧はどこへ落ちたか
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15-3

「初めてやってみたが、謎を提示するというのも難しいものだな」

 肉料理を真っ先に片付けたクレオスが、リラックスした様子で言う。

「語りはあくまでフェアな視点で、アンフェアにならんよう必要な情報は余さず提示しなけりゃならん。しかも不自然に思われないよう、話の流れに乗せてさりげなくとなると、これは詐欺師にでもなったつもりで話す必要があるな」

「ふん。貴様が詐欺師であれば、おれが引導を渡してやったものを」

「言ったな、じいさん。あんた推理する素振りもなかったじゃないか」

「薄い空気ばかり吸っているせいで、しないとできないの違いも分からなくなったか。じきに上と下の区別も付かなくなるだろうな。哀れなものだ」

「はっは。じいさん、俺はあんたの悪態が結構好きだぜ」


 リオネルと軽口を叩いていたクレオスが、何か思いついたのか指を鳴らす。


「そうだ、これからもうひとつの謎を話そうじゃないか。フェリクスのじいさんの言に従うなら、今度は出題じゃなくて相談だ。俺が今でも納得できない出来事について、皆で考えて納得のいく答えを出してみてくれ」


 そう前置きをして、クレオスが話し始める。


「墜落から一ヶ月、ようやく杖なしでも歩けるほど回復したころだった。遅ればせながら村人が口笛で会話しているのに気付いた俺は、ヒマだったのもあって口笛を練習したり、助けてくれたお礼も兼ねて簡単な仕事を手伝ったりしてたんだ。


 ところが、村人は口笛の練習ならおもしろがって付き合ってくれるのに、畑の手伝いはさせてくれないんだ。朝、畑仕事に向かうらしい一団に着いていこうとしたら、俺の世話を焼いてくれていたハヤンにも厳しい表情で制止されちまった。


 客に畑仕事なんてさせられないってことなのか、それ以外の理由があるのかは判断つかなかったが、考えてみれば俺はその時、自分がどこにいるのかも分からなければ、飛行機に積んであった荷物や装備も全て失っていた。つまり村人たちに生殺与奪の権を握られちまった状態なんだって、今さらだが自覚しちまったんだよな。


 そうなると、あまり機嫌を損ねるわけにもいかない。とりあえず引き下がって、村の事情を見極める方針に切り替えたんだ。すると、いくつか見えてくることがあった。例えば、村人たちが狩りや畑仕事に出るのは数日に一度、とかな。


 回数が少ない、と思うだろう。俺もそう思った。熱帯のジャングルでの農業に詳しいわけじゃないからそういうもんなのかも知れんが、村人たちは熱心に働いているわけでもないのに、暮らしに困っている様子は見られなかったんだ」


「お茶や煙草があるって言ってたもんね。嗜好品を買うだけのお金と、それが手に入るような街か市場との繋がりがあるってことだね」

 ヴィヴィの言葉に、フェリクスが訂正を入れる。

「いや。クレオスはパイプと言っただけで、煙草とは言ってないよ」

「それって違うの?」

「うん……ああ、話の腰を折ってすまない。続けてくれ、クレオス」


「構わない。むしろ疑問や質問があったらどんどん言ってくれ。俺には重要だと思えなくても、違う視点で見ればそうではないかも知れないからな。


 ともかく、怪我が治ってくるに連れて頭もはっきりしてきたから、ハヤンに頼んで墜落地点から荷物を回収したいと考えていたある日、俺は宴に招かれたんだ。どういう名目なのか分からなかったんだが、勧められるままに酒とパイプをやっていたら、前後不覚に陥っちまってな。次に目覚めたのは、大使館のベッドだった」


「うん? ずいぶん唐突な場面変更だな」


 皆の疑問を代表するようなフスタファの言葉に、クレオスが苦笑する。


「そう、本当に唐突だったんだ。すぐには状況が飲みこめなくて、そこがピエルシナ王国の首都メニエルにあるディーツラント帝国大使館の一室だと聞かされて混乱したよ。夢でも見ているのか、それとも村での出来事こそ夢だったのかってな。


 大使館員に聞いた話では、俺は誰かに連れられ朦朧とした状態で大使館に運びこまれたらしい。それだけ聞くのが精一杯で、俺はそれから二週間に渡って高熱と倦怠感、幻覚と幻聴に悩まされながらベッドで唸り続けた。あれは本当に地獄だったな。


 その上、ようやく回復したと思ったら今度は外交官を名乗るディーツラント人から質問攻めだ。どこからどう飛んで、どの辺りで墜落して、村ではどういう風に過ごして、どんなものを見たのか。根掘り葉掘り聞かれて、心底うんざりしたよ。


 たっぷり三日、繰り返し同じ質問をされ、その度に同じ答えを返し続けた。いい加減におかしくなりそうだったよ。そうかと思えば、もう用は済んだからさっさと母国に帰れと命令されて、そのまま帰国の船に乗せられちまった。残骸でもいいから機体を回収させろってごねたんだが、問答無用って感じだったな。


 まあ、こんなところか。以上が冒険家クレオス・ロッホのピエルシナ王国滞在記だ。本にしようと思って執筆した原稿を出版社に持ちこんでみたりもしたんだが、自分でも意味を掴みかねる出来事をおもしろく書けるはずもなくてな。最後がどうにも締まらない。だから我が友人たちの知恵を拝借できないかと、そう思ったんだ。どうかな諸君、俺が体験した一連の出来事に、見事な解釈を与えられるだろうか?」


 話し終えたクレオスが満足した様子で椅子に背を預ける。それを待っていたかのように、アンリがデザートの乗った皿を運んでくる。


「イチゴのミルフィーユでございます」


 漂う甘い匂い。推理はひとまず脇に置いて、フォークで切り取った欠片を口に運んだ。さくさくとしたパイ生地と、それに挟まれた冷えたクリームとイチゴの果肉が口中で溶けて、甘くほどけていく食感。食べ終えると、もう少しだけ欲しくなるような、食後のデザートとしてこの上なくふさわしい一品だった。


「さて、無粋な話に引き戻して恐縮なのだが、質問してもいいだろうか」

 皆のデザートを食べる手が止まるのを見計らって、フスタファが発言する。

「クレオス君は、そもそも何を目的としてピエルシナ上空を飛んでいたのかな。差し支えなければ積み荷も教えてくれないだろうか」


「答えよう。俺は単独での世界一周飛行の速度記録に挑戦していた。恥ずかしながら、エンジントラブルに見舞われたのも記録を気にして不調を見逃したのが原因だ。また長距離飛行に備えて積み荷のほとんどは燃料だった。残骸の回収にこだわったのは、個人的に思い入れのある道具が積んであったからで、深い意味はない」


「なるほどね。職業柄、どうしても密輸を疑ってしまうんだが、どうやらそうではないらしい。どうか気を悪くしないでくれよ」

 手をひらひらと振るフスタファに、クレオスが軽くうなずく。

「フスタファは美術商って言ってたっけ。密輸とどう繋がるの?」


「覚えていてもらえて光栄だよ、ヴィヴィ。私が疑ったのは、クレオスが世界一周の速度記録への挑戦という派手なイベントの陰で、表沙汰にできない違法な物品、あるいは人物を運んだんじゃないかという可能性だよ。美術商は信用で商売しているからね。贋作はもちろん、真作であっても不正に入手したものは扱えない」


「不正な入手って?」

「言ってしまえば盗品だね。道徳や法律に反するのはもちろん、美術品の価値はその来歴にもある。誰それの所有物だった、どこぞの王墓の副葬品だった。そうした背景の連続性が盗難によって途切れると、大きく価値を落とすんだ」

「へえ……でも、価値が落ちるのに盗む人はいるんだよね。どうして?」

「多くは目先の金のためだね。もっと原因をたどれば、歪んだ所有欲を満たすためなら盗品でも構わず金を出す輩が存在するから、盗みは絶えない。もし興味があるなら、ここでは口にできない興味深い話もある。場を改めて二人きりで話をしよう」

「ふふっ、機会があったらね」

 気のない返事に、フスタファが肩をすくめる。


「さあ、他に考えのある者は? 質問もどんどんしてくれ。シメオンも、リオネルのじいさんに遠慮することはない。思いついたことがあれば聞かせてくれよ」

 壁際で黙って控えていたリオネルの執事シメオンに、クレオスが呼びかける。

「旦那様のお許しがいただければ、愚考を開陳する用意はございますが」

「愚考との自覚があるなら黙っていろ、シメオン」

 にべもない返答に、シメオンがぐるりと目を回してみせる。

「かしこまりました、旦那様」


 場に沈黙が降りると、アンリがやってきてカップと小皿を並べ始める。


「カフェとショコラでございます」


 食後にぴったりのコーヒーとチョコレートだった。思考を巡らせるのにもちょうどいい。ソーサーの端に乗せられた角砂糖をつまんで落とし、スプーンでかき混ぜる。苦みが強く、薫り高い液体がチョコの甘さを引き立ててくれた。


 それからしばらく、コーヒーの杯を重ねつつ議論を戦わせた。村人たちには隠したいものがあったのだ、では隠していたものとは何かといった真面目な考察もあれば、やはり夢でも見ていたのではという投げやりな案もあった。


 それらを検討する中で話題は頻繁に横道へそれ、次第に答えを導くよりも賑やかな歓談を楽しむ雰囲気に変わっていった。誰もそれを咎めることはなく、むしろ自由に飛躍する話題をそれぞれのやり方で楽しもうとする空気があった。


「ねえ、アンリさんはどう思う?」


 空いた皿を下げる老給仕に尋ねたのは、軽い気持ちだった。

 だから、返ってきた言葉には少なからず驚かされた。


「クレオス様が何に巻きこまれたのかでしたら、明白かと存じますが」

「えっ?」

 アンリがほんの少し表情を硬くする。失敗した、とでも言いたげに。

「ご歓談を妨げまして、申し訳ございませんでした」

「ちょっと待って待って」

 素早く引き下がろうとする老給仕を何とか呼び止める。

「お仕事の邪魔じゃなければ、アンリさんの考えを聞きたいな」

「ん、アンリが何か思いついたのか。いいね、俺にも聞かせてくれ」

「彼は仕事中だよ、クレオス。無理を言ってはいけない。私も興味はあるけどね」


 クレオスとフスタファも加わり、アンリが観念したように小さく首を振る。


「わたくしの考えなどと、そのようなものはございません。皆様のご歓談にて必要な情報は揃っており、わたくしはそれらを並べ替えたのみにございます。賢しらに述べ立てるまでもなく、いずれ皆様も答えに至るものと存じますが」


「傍観者の利という言葉もある。アンリ、君の口から聞かせてくれないか」


 謙遜というより単なる事実を述べているといった調子のアンリに、フェリクスからも声がかかると、彼は観念したように小さく息を吐いてから話し始めた。


「手始めに、ヴィヴィ様の発言を思い出してくださいませ」

「ぼくの?」

「ピエルシナ王国の産物について、ヴィヴィ様は〝白い粉と黒い粉〟すなわち砂糖とコーヒー豆であると発言なさいました。これに対して、フスタファ様は〝ここ数年は文字通りの意味になった〟と返されたと記憶しております」

 アンリの言葉に、フスタファとヴィヴィがそれぞれ応える。

「……ああ、間違いないよ」

「えっと……つまり、以前はそうじゃなかったってこと?」


「左様でございます。砂糖とコーヒー豆が主要な産物であることには変わりないのですが、先の戦争より以前は〝白い粉と黒い粉〟にはもうひとつの含意がございました。すなわち、麻薬でございます。黒い粉とは阿片を、白い粉とは阿片を精製したヘロインを指しております。フスタファ様は、あえて言葉を濁されましたね」


「そうだね。言いかけて、この場にふさわしくない話題だと思い直したんだ」


 それを聞いて、アンリが発言を避けようとした理由が分かった。彼はフスタファが言及を避けた話題に踏みこむのを嫌ったのだ。


「続けましょう。墜落され、助け出されたクレオス様が痛みに苦しむ姿を見て、村人はパイプを差し出しました。それを吸った結果、痛みは緩和し心地のよい夢を見たとクレオス様はおっしゃいました。普通の煙草ではそうはなりません。ご気分を害されなければよろしいのですが、おそらく阿片を吸わされたものと存じます」


 じっと話を聞いていたクレオスが口を開く。


「……なるほど。確かにアンリの言う通りだ。すると村へ来てから幻覚や幻聴、酷い倦怠感に悩まされたのも阿片の禁断症状だったのだろうな。てっきり怪我のせいだとばかり……いや、そうだと思いこんで、自分をごまかしていたのかも知れんな」


「僭越ながら、不可抗力だったかと」

「補足しておくと、ピエルシナ国内での麻薬使用は合法だったはずだよ」

 アンリとフェリクスの言葉に、クレオスが黙って首を振る。

「ここまで説明すれば、後は自明かと存じますが」

「アンリ。気遣ってくれるのはありがたいが、ここまで来たら最後まで頼む」


「かしこまりました。では、村での出来事についていくつかの推測を述べさせていただきます。まず口笛での会話でございますが、おそらく部外者には伝わらない暗号、あるいは連絡手段として発達したものでございましょう。麻薬の栽培と売買において、その使い道は無数にあったものと推察いたします」


 確かに、通信しているのにそれと悟らせない手段があるなら、その利用価値は極めて高い。非合法な取引においては大きなアドバンテージとなるだろう。


「畑仕事の手伝いを制止されたのも、畑を見れば麻薬を栽培しているのは一目瞭然であるのはもちろん、村の正確な位置を部外者に把握されるのを嫌った、という側面もございましょう。麻薬に絡んだ負のイメージを払拭したい中央政府は、野放図に阿片の生産と売買を行う諸部族を苦々しく思っていたことでしょうから」


 阿片の収穫は、芥子坊主と呼ばれる芥子の実に刃物で傷を入れ、染み出した樹液が固まるのを待ってヘラでこそげ取る、という原始的な方法で行われる。クレオスがそれを目にしていれば、本人が知らなかったとしても話を聞いた誰かが気付く。


 そしてジャングルが敵の侵攻を阻む防壁として機能した時代ならいざ知らず、現代では位置さえ割れてしまえば砲撃なり爆撃なりで小さな村などひとたまりもない。村人としては、不幸にも墜落して大怪我を負ったクレオスを殺さずに帰すなら、可能な限り彼が何も知らないまま帰れるように配慮したのだとも考えられる。


「そうか、暮らしに困っている様子がなかったのも、お茶などの嗜好品があったのも、阿片という換金作物があってのことか。ジャングルで自分たちが食べるものを作っているだけなら、日々の暮らしはともかく現金は手に入らないだろうからね」


「フスタファ様のご指摘の通りでございます。クレオス様が目にした余裕ある暮らしぶりも、阿片の栽培という推測を裏付ける材料となりましょう」

「クレオスを尋問した外交官も、その辺りを知りたかったのかな」

 ヴィヴィが言うと、アンリがうなずく。


「おそらくその通りかと存じます。酒と阿片で前後不覚に陥ったクレオス様が首都ニルヤムのディーツラント大使館に送り届けられた後、外交官を名乗る人物による執拗な尋問を受けたとのお話でございましたね。その目的までは分かりませんが、クレオス様の病状から麻薬の禁断症状を疑い、情報を引き出そうとしたものかと」


 一連の話を渋い顔で聞いていたクレオスが、しばしの沈黙を経て言う。


「知らなかったとは言え、とんでもないことに巻きこまれていたものだ。あわよくば真実を知って、本に書こうと考えていたが、これは……やめておいた方がよさそうだな。冒険家たる者、阿片中毒などとうわさが立つのもおもしろくない」


「世界一周飛行の挿話のひとつとして、口笛の件を記すに留めるのがよろしいかと」


「そうするか。ありがとうアンリ。少なくとも疑問は解決され、すっきりしたよ。皆も長々と議論に加わってもらって感謝に堪えない。次回は愉快に笑える話ができるよう願いつつ、今回はここらでお開きにしようじゃないか」

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