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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十三話 コーヒーは天空に薫り高く
87/99

13-5

 トラックの助手席で揺られてしばらくすると、助かったという実感が湧いてくる。乾いた荒野が大部分を占める南部ティシャ州で道を見失った挙げ句、事故でバイクを失ったアンジェリカは、眼鏡をかけたトラック運転手に救われたのだった。


 男は線が細く、白い肌はあまり日焼けもしていない。言っては悪いが、トラック運転手には見えないタイプの人間だった。彼はアンジェリカを助手席に乗せると、行き先も聞かずに車を発進させた。もちろん、文句を付けられる立場ではない。


「あ、そういえば拾ってもらったのに名乗ってもいなかったよね。あたしはアンジェリカ・アームストロング。長ったらしいからアンって呼んで欲しい」

「僕はリック・ペント。見たところ、歳も離れてないしリックでいいよ」

 ハンドルを握る男は、アンジェリカにちらりと視線を向けて言う。

「リックね。改めて、ありがとう。本当に助かったわ」

「まさか、こんな時間にこんな場所で女の子が歩いてるとは思わなかったから、びっくりしたよ。彼氏に置き去りにでもされたの?」

 ぶしつけな問いに、少しだけむっとする。

「一人旅をしてたの。バイクで」

「歩いてなかった?」

「事故ったのよ! 悪かったわね!」


 茶化すような言い方に腹が立って、つい怒鳴ってしまう。すぐに気まずくなって目をそらすアンジェリカに対して、リックは軽く肩をすくめて言う。


「ところで、お腹は空いてない?」

 リックが示した先には、荒野にぽつんと明かりを灯すダイナーがあった。

「空いてない」

「そう?」

 トラックが速度を緩め、ダイナーの側で停止するので慌てて繰り返す。

「別に空いてないってば」

「いや、僕が食べるから」

「じゃあ何であたしに聞いたのよ!」

「え、いや、何となく……」


 アンジェリカが憤慨するのも意に介さず、リックはエンジンを切ってさっさと車を降りてしまう。車で待っているべきか迷ったが、降りてこないのとでも問いたげに振り返るので仕方なく降りることにする。正直、お腹は空いていた。


 深夜営業のダイナーにはやる気のなさそうな男の店員が一人いるだけで、アンジェリカたちが席についても目もくれない。リックが大声で注文を叫ぶと、これ見よがしに顔をしかめて新聞をたたみ、のろのろと調理にかかる。


 出てきたのはもっさりしたバンズにパテとケチャップを挟んだだけのバーガーに、どう見てもコーヒーメーカーから注がれていたコーヒーが二人分だった。アンジェリカは注文をしなかったが、店員は同じものを注文したと見なしたらしい。


「あれ……まあいっか。君も食べなよ、奢るから」

「まあ、食べられなくはないけど……もったいないし……いただきます」


 ぶつぶつと言い訳を並べるアンジェリカを余所に、リックがバーガーにかぶりつく。アンジェリカもそれに倣って自分の前に置かれたバーガーに噛みつき、眉を寄せる羽目になった。バンズもパテも、全てがパサパサしていて口中の水分を持っていかれる。微妙にぬるいコーヒーにスプーン二杯の砂糖を落として口に含むと、こちらもひたすら苦いだけでおいしくない。率直に言って、まずい。見た目通りの代物だ。


「ねえ、奢ってもらってなんだけど、これおいしい?」

 黙々と食べるリックに問いかけると、彼はかぶりを振った。

「舌が変にならないか不安になるほどまずいよ。ひたすら安いのと、こんな荒野のど真ん中で腹に詰めこめる唯一の食べ物ってだけが取り柄だね」

 ティシャ州に住む人々の味覚がおかしいわけではなさそうで安心した。

「リックはさ、トラックの運転手やってるんだよね」

 味を意識すると食べる手が止まりそうなので、別の話題を探す。

「なんか、見えないよね。会社の事務員とか、学校の先生とかやってそうな……あ、ごめん、悪口を言いたいわけじゃなくて、えっと、なんだろ……」

 言葉を探すアンジェリカに、コーヒーを飲んで顔をしかめたリックが首を振る。

「そう言われるのは慣れてるからいいよ、別に」

 彼は短く答え、やや間を置いてから続ける。

「お金を貯めてるんだ」

「ああ、だからこんなまずいバーガーを……っと」

 店員に聞こえはしなかったかと様子を伺うが、彼は新聞に視線を落としてラジオに耳を傾け、こっちにはまるで興味がないと態度で示していた。

「カフェを開くのが夢なんだ」

 口に詰めこむようにしてバーガーを片付けたリックが言う。

「カフェ?」

「そう、カフェ。豆から選び抜いた美味しいコーヒーと、気の利いた軽食を出すような、ね。でも、こんな田舎でそんなの誰も求めてない。だから僕はここを出ていく。ハイスクールを出てすぐ免許を取ったのも貯金のため」

「そっか……夢があるんだ。すごいね」

「アンは? どうして旅をしてるの?」

「あたし? あたしは……」


 答えを探して、ポケットの上からキーを握り締める。きっと他人から見ればどうでもいい理由で旅に出て、うっかり愛車を壊しただけの間抜けが自分だ。偉そうに語れる旅の目的なんてない。それに気付いて、恥ずかしくなった。


「話したくないなら、話さなくてもいいよ」

 言い淀むアンジェリカを気遣うように言うリックの顔を見て、首を振る。

「ううん、危ないところを拾ってもらったし、話すよ」


 飛行機乗りになりたいという夢を、家にはほとんど帰ってこない母親に全否定されて反発したこと。甘い予測でイランド内海を一周する計画を立てて大幅な遅れを出していたこと。それに焦って事故を起こしたこと。野獣のうろつく荒野を歩き回る羽目になったこと。整理して話すほどに、自分のバカさ加減が自覚できた。


「……まあ、そんな感じ。バカだよね、あたし。笑ってよ」


 そう締めくくったアンジェリカに、リックは黙って首を振るだけだった。

 会計を済ませてトラックに戻ると、そういえば、とリックが尋ねる。


「今晩、泊まる場所は……決まってるわけもないか。街まで戻らなきゃホテルはないし、さて、どうしたらいいかな」

「あのさ、庭先を貸してくれたらテントを張って……あっ」

「バイクと一緒に置いてきた、かな。君さえよければ、部屋はあるけど」

「ごめん……貸してください」

「いいよ、乗りかけた船だからね。明日は休日だし、バイクの回収も手伝おうか」

「えっ、いいの?」

「きっと、大切なバイクなんだろ?」

 その言葉は、心の柔らかい部分に刺さった。声が涙ぐまないよう努力する。

「うん……ありがとう」


 それからトラックを走らせること三十分あまり。曲がりなりにも腹が満たされ、助手席でうとうとしていたアンジェリカはリックに声をかけられ目を覚ます。


「着いたよ。暗いから気をつけて」

「ん……ごめん、寝てたみたい」


 車を降りると真っ暗だった。屋根のある建物の中にいるらしく、暗がりにシートをかけられた大きなものがあった。リックが入り口の脇にある小さな明かりを灯して呼ぶので、つまずかないよう慎重に進む。かなり大きなガレージだった。


 ガレージを出ると、すぐ隣に家らしき影があった。リックはトラックの荷台から下ろした重そうなトランクを肩から提げて、ドアの前で鍵穴と格闘していた。時刻が遅いので家族を起こさないようにしているのだろうかと考えたが、それは間違いだとすぐに気付く。ようやく開いたドアから家へ入ると、ほこりっぽさとカビの臭いが鼻をついたのだ。掃除が行き届いてないというより、しばらく使われていなかったような雰囲気だ。彼の抱えた大きな荷物もそれを裏付ける。


「客室はここ。中から鍵をかけられるようになってるから」

「ありがとう。おやすみ、リック」

「うん、おやすみ」


 リックも疲れているのだろう。それ以上は言葉を交わさず廊下の奥へと進んでいく。客室に入って電灯を付けると、ほこり避けの布を被されたベッドが目に入る。振り返ってドアを確認すると、リックの言う通り鍵があった。しっかり鍵をかけてから、荷物を下ろしてベッドの布を脇へやり、腰掛ける。どっと疲れが襲ってきた。


「うん、寝よう」


 熱いシャワーを思い切り浴びたい気持ちもあったが、場所を教えてもらっていないのに家捜しするのも気が引ける。眠気に誘われるまま、灯りを消してシーツにくるまると、眠りに落ちるまで一分もかからなかった。


 翌朝、シャワーを借りて汗を流している間にリックが朝食を用意してくれた。バターを塗ったトーストとベーコンエッグ、コーヒーというオーソドックスなメニューだったが、どれもおいしくて皿はすぐ空になってしまう。


「すっごくおいしかった……料理、上手いんだね」

「どうも。食べ終わったら、気温が上がる前にバイクを回収に行こう」


 せめて皿洗いくらいはと買って出たアンジェリカが洗い物を済ませた後、トラックに必要な道具を積みこむ。明るくなったガレージでは、昨晩も気になったシートをかぶった物体をはっきり見ることができた。形状から考えて、間違いない。


「飛行機。それも、割と大きい……」

「アン、行くよ」

 運転席から顔を出したリックがアンジェリカを呼ぶ。

「ねえリック、これって飛行機だよね?」

「ああ……うん、そうだよ」


 鈍い返事を残して、リックが顔を引っこめる。どんな飛行機なのか、誰が乗っているのか、聞きたいことはいくらでもあったが、本人はあまり質問されたくない様子なので今は我慢する。まずはバイクの回収が先決だった。


 バイクはあっけないほど簡単に見つかった。昨晩、道に突き当たった方向から左右どちらにあるかは見当が付いていたので、リックにゆっくり流してもらいながら目をこらしていたら、道からさほど離れていない場所にタンクの赤色が見えたのだ。


 用意してきた鉄製のラダーを地面と荷台に渡して、二人がかりでバイクを押し上げる。ホイールが歪んでいたので苦労したが、何とか荷台の上まで引き上げることに成功する。ロープで固定して、置き去りにした荷物も回収する。


「なくなったものは?」

「ないと思う。よかった……」

「で、これからどうする?」

 リックに問われて、回収した後のことを考えていなかったと気付く。

「僕は詳しくないんだけど、そもそもこれって修理できるの?」

「……じいちゃんなら、何とかできたかも。けど、あたしじゃ……」

「近くの街なら修理工場があると思うけど」

「……お金、足りるかな」


 フレームが破断するほどの事故だ。普通に考えたら廃車にして新しく買った方がいいだろう。しかしそんな金はどこにもないし、修理するにしても修理費に加えて直るまでの滞在費がかかる。食費を切り詰めて、野宿すれば何とかなるだろうか。


 黙って考えこむアンジェリカを辛抱強く待っていたリックが、この場で答えが出ないと見てひとまず戻ろうと提案する。それにうなずき、ガレージに戻る。空いていた一角に愛車を下ろすと、改めて状態の酷さが見て取れた。おそらく、使えるパーツを数えた方が早いくらいだった。不甲斐なさに唇を噛むしかない。


「ちょっといいかな」

 リックが控えめな声をかけてくる。

「乗ってないバイクがあるんだけど、修理に使えたりするかな」


 飛行機の陰に隠れていたバイクを押してくるリック。アンジェリカの愛車と同じ、クルーザーと呼ばれる長距離走行に適した大型車や、軽快なオフロードバイクがあった。どれも見ただけで持ち主に愛されていたと分かるカスタムが施されている。


「乗ってないって、じゃあこれ誰のバイク……って、聞いてよかった?」

「父さんが乗ってたんだ」

 過去形で語られる言葉。それに続く言葉を、アンジェリカは半ば予期していた。

「男手ひとつで僕を育ててくれた人だったんだけど、開戦と同時に空軍に志願して、爆撃機乗りになったんだ。短い手紙を一度だけ寄越してそれっきりさ」

「……そうなんだ」


 もっと気の利いたことを言えないのかと歯噛みするアンジェリカに微笑みかけ、あえて明るく振る舞っているのが分かる声音でリックは続ける。


「親の金には期待してなかったし、いつかここを出ていくつもりだったから。ハイスクールを出てから免許を取ったって昨日は言ったけど、ごめん。見栄を張った。本当は中退して、免許も働きながら取ったんだ。運転は子供のころからしてたしね」


 どう返せばいいのか、アンジェリカには分からなかった。リックと違って、自分には母親も祖父もいる。食べるものに困ったことはなかったし、働くのもまだ先のことだと漠然と思っていた。そんなアンジェリカが、夢に向かって着実に一歩ずつ進んでいる彼にかけられる言葉など思い浮かばなかった。


「長距離運転手なんかやってると、家にも時々しか帰ってこれないし……何となくそのままにしてたけど、飛行機もバイクも家ごと手放そうかと考えてたんだ。けど、アンが有効に使ってくれるならそれもいいかなって思ってさ。どうかな」

「……っ、ダメに決まってるでしょ、そんなの!」

「……え?」

 予想外の反応、ガレージに響く大声に驚いたような表情をするリック。

「飛行機も! バイクも! お父さんの形見なんでしょ? それを簡単に売っちゃうなんて、絶対にダメ。上手く言えないけど……とにかくダメ!」


 自分でもよく分からない何かに突き動かされて、アンジェリカは叫ぶ。その勢いに気圧されていたリックが、次第に険しい表情になっていく。


「……なんで? そもそもアンには関係ないことだ。僕はバイクや飛行機に乗れないし、どうしようと自由だろ。事情を知りもしないのに勝手なこと言うなよ」

「勝手なこと言ってるのは分かってる!」


 感情に任せて、飛行機に掛けられたカバーに手をかける。止めようとするリックをかわし、一気にカバーを引いて飛行機の全貌を露わにする。


 アルメア製双発軽輸送機〝クーリエ〟がそこにあった。戦前に開発され、改修して軍用機にも制式採用された傑作機で、見たところ劣化もほとんどない。販売からさほど間を置かずして開戦したはずなので、空軍に志願したというリックの父親は数えるほどしか飛ばしていないのだろう。整備すればまだ飛べるかも知れない。


「あたしが保証する。この子はまだ飛べる。なのに、リックは売り払うの?」

「仕方ないだろ。僕にはカフェを開くための金がいるんだ」

「そう。でも、このままじゃ売れないよ。だって飛べないもの、これ」

 アンジェリカが言うと、リックがぐっと言葉を詰まらせる。

「……ハッタリだ。適当なことを言っても誤魔化せないぞ」

「言ったでしょ。あたしの母親は飛行機乗りでじいちゃんは整備士なの。飛行機に関わる仕事がしたくて、ちゃんと教わったんだから。三年もガレージに置きっ放しの機体がどうなるか知ってる? バッテリーは上がってオイルは固まって、ちゃんと整備しなきゃまともに飛べやしないし、そんな機体は二束三文でしか売れない。けど、どうすれば飛べるようになるか、あたしなら分かるし、整備できる」

 考えて紡いだ言葉ではなかった。勢いのままに続ける。

「ねえ、リック。あたしを雇ってみない?」

「えっ?」

「ちゃんと整備すれば、この子もそれなりの値段で売れる。あたしは売り上げの一部をもらって、リックは開店資金が手に入る。ほら、悪い話じゃないでしょ?」


 リック以上に、口にしたアンジェリカ自身が自分の提案に驚いていた。しかし、時が経つに連れて悪くない考えのように思えてきた。後から思えば、アンジェリカは一目惚れしていたのだろう――無骨で実直な〝クーリエ〟に。



 一ヶ月後。整備士として雇われることになったアンジェリカは、長距離運転手の仕事で家を空けるリックに代わって彼の家に住みこみつつ〝クーリエ〟の整備に励んでいた。遠くからトラックの走る音と砂埃が、雇い主の帰還を知らせてくれる。


「お帰り、リック。早速だけど、こっち来て」

「わっ、待ってよアン」


 リックをガレージの方に引っ張っていく。そこには一通りの整備を終えて、いつでも飛行可能な状態の〝クーリエ〟がある。自分でも飛行機を飛ばす祖父にここまで足を運んでもらい、最終チェックもしたので抜かりはない。


「……これ、もう飛べるの?」

 恐る恐るといった様子で口にするリックに、笑顔で返事をする。

「さっ、乗ってみて。そっちじゃなくて、こっち。副操縦士の席ね」

 言われるままに操縦席へ押し上げられるリック。ドアを閉めて反対側に回りこみ、アンジェリカは操縦席へと収まってベルトを締めていく。

「じゃあ、今から試験飛行するから」

「は? 待って、僕は降りる」

「エンジンスタート!」


 エンジンだけはアンジェリカの手に余ったので、祖父の力を借りた。おかげで快調な吹き上がりと共に勢いよくプロペラが回り出す。左右の出力も調和が取れている。ブレーキペダルを離すと、機体はゆっくりと、しかし確実に前進を始めた。


「アン? 試験飛行って、落ちたりしないの?」

「大丈夫だよ、リック。この子は立派に飛べる……きっとね」


 スロットルを前へ押す。ガレージの前方は簡易な滑走路としても使えるよう、綺麗に均してあった。きっとリックの父親がやったのだろう。多少の上下動はあるものの、速度を上げた機体はほどなく地面を離れ、スムーズな上昇へと移る。


「と、飛んでる……」

「そうだよ。あたしたち、飛んでるんだよ!」


 アンジェリカは快哉を叫ぶ。自分で整備した機体を自らの手で飛ばせるのは最高の気分だった。素直な操縦特性を持つ聞き分けのいい子ならなおさらだ。


「……すごい。家があんなに小さく」


 離陸した直後こそベルトを握り締めて蒼白な顔をしていたリックだが、慣れてくると眼下の光景に釘付けになっていた。地上からでは単調としか思えないティシャ州の風景だが、俯瞰で見るとその壮大さに胸を打たれる。大地のオレンジと、グラデーションのかかった大空のブルー。ちっぽけな悩みは地上へ置き去りにして、心を解き放ったかのような感覚は、実際に空を飛んだ者しか知りはしない。


「昔、父さんに乗せてもらったことがある」

 しばらく窓外の光景に目を奪われていたリックがぽつりと言う。

「操縦を教えて欲しいってせがむ僕に、父さんは言ったんだ。お前は飛行機乗りになるなって。どうしてって聞いても、答えてくれなかった。僕はどうしても納得がいかなくてね。だからなのかな、飛行機は好きじゃなかった。ずっと放置してあったのも、手放そうとしたのも、きっとそれがしこりになっていたんだと思う」

「……そっか」

 リックは振り返り、アンジェリカの顔をまっすぐ見る。

「父さんは間違いなく飛行機を愛していた。僕のことも嫌いだったわけじゃない……と思う。だからこそ飛行機乗りになるなって言った理由が分からないんだ。子供が親に憧れるのは珍しいことじゃないし、普通はそれを喜ぶものだろう?」

「……そうとは限らないと思うけど、まあ、そうかもね」

「だろう? 今でこそバリスタになるって夢があるけど、当時は本気で飛行機乗りになろうと思ってたんだ。それを頭から否定されたのが不思議でね。同じ飛行機乗りのアンなら、どうして父さんがそう言ったのか分かるかい?」

「多分、なんだけど」

 リックの父親。その想いへと考えを巡らせる。

「危険なことをして欲しくなかったんだと思う。今でこそ安全性も向上したけど、昔の飛行機は墜落の危険と隣り合わせだったから。それに、安全になったって言っても墜落の危険はなくなったわけじゃない。飛行機は未だに危険な乗り物だよ。地上で交通事故に遭うより、ずっと確率が高い。少なくとも、今はまだ」


 口にしながら、気付いたことがあった。

 アンジェリカの母親も、きっと同じ想いだったのだ。


 夫を――アンジェリカの父親を飛行事故で亡くして、それでも空に魅せられて飛行機乗りであることを止められない自分と同じ道を、たった一人の娘には歩んで欲しくなくて。それは身勝手な思い出はあるけれど、でも、母としての愛だった。


「そっか……そうだったんだね……」


 急に視界が滲んでぼやける。

 おかしいな。

 空はこんなにも綺麗に晴れているのに。

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