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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第一二話 空飛ぶ魔女の航空会社
82/99

12-6

 アルメアによるリーリング海峡封鎖から半年。世界情勢は大きく動いていた。


 戦艦カルニアおよび巡洋艦ニューテリスの自沈により海峡を遮断され、南央海との行き来が不可能となった北央海は閉じた海となった。冬枯れの魔女の介入により、北央海に展開していたシャイアの機動部隊が壊滅的な損害を受けたことと併せて、一時的にではあるが北央海に戦力の空白地帯が生まれたのだ。


 当然、シャイア側は自沈したアルメア艦の撤去を図ったが、アルメア軍の妨害とリーリング海峡の海流の早さもあって撤去作業は容易に進まなかった。その結果、北央海における制海権はより早く戦力の立て直しに成功した側に委ねられる、純粋な工業力と生産力の勝負へとステージが切り替わった。


 もちろん、封鎖を仕掛けた以上は始めからアルメア側に勝算のある戦いだった。大型艦の建造に必要不可欠なドックの数に倍以上の開きがあったのだ。加えて、シャイアにはもうひとつの誤算があった。北央海で建造されるシャイア艦の約半数を建造するシャイア領ユーシア自治区においてクーデターが発生したのだ。


 レジスタンス組織『眠れる獅子』とシャイア軍のユーシア人部隊が中核となって発足した臨時政府は国内の重要な港を素早く制圧し、ドック入りしていた艦と新造艦を押さえた。元々大陸国家であるシャイア帝国は、北央海における艦船の建造と修理でユーシアに大きく依存していたため、これが決定打となった。半年足らずで機動部隊の体裁を整えたアルメア海軍は北央海の制海権を取り戻したのだ。


 一方、事実上の植民地であったルーシャとユーシアを失い、北央海の制海権も失ってアヴァルカ半島に逼塞するシャイア軍は厳しい状況に置かれていた。アヴァルカ半島から先へは一歩も出さないとばかりに遅滞戦術に徹するアルメア軍を攻略できないまま時間を空費し、その間に国内では厭戦気分が蔓延していったのだ。


 とどめとなったのは、ケルティシュ、エングランド、アルメアの連合軍がディーツラントの首都リンバーを占領したことだった。これを受けてディーツラント帝国は連合国に対して無条件降伏を宣言。シャイアは貴重な同盟国を失い、実質的にシャイア一国のみで世界を敵に回して戦う羽目に陥ったのだ。


 戦争に勝ち、領土を拡大し続けることで統合を維持してきたシャイア帝国は多数の国家の集合体という側面を持つ。そして、相次ぐ敗戦の報と立て続けに植民地を失う事態に大きな衝撃を受けた結果、それまでに蓄積された内部の不満が一気に噴出し、ついには単一の国家という枠を守れなくなった。


 最終的にシャイア帝国は四つの国家に分裂した。地図上の位置関係から便宜的に用いられた東シャイア、西シャイア、南シャイア、北シャイアの呼称は主に連合国において定着し、正式名称を定まってからも非公式に使われ続けることになった。


 四国のうち、最初に独立を表明したのは金融と貿易による外貨の稼ぎ頭であった南シャイアだった。次いで豊富な地下資源を持つ北シャイアがそれに追随。シャイア帝国は東西に分断され、戦争の継続が著しく困難となった。数ヶ月の後、アルメア大陸側に位置する東シャイアが講和を申し入れ、アルメアもそれを受諾。最後に残された西シャイアも連合国と休戦条約を結ぶことで世界大戦は終結を見た。



 アルメア連州国サンシア州、エルム湖のほとりにあるヴェルヌ社の第二工場にて、フェルはアルメア連州国大統領が世界大戦の収束を宣言するラジオ放送に耳を傾けていた。傍らにはデッキチェアに座るユベールの姿があり、穏やかな湖面にはすっかり馴染んだ愛機がその優美な流線型を誇示している。


 この半年で起きた最大の出来事は、やはり結婚式だろう。相変わらず戦争は続いていたが、フェルのアルメア国籍取得のために式を挙げることにしたのだ。左手の薬指に輝く、仕事の邪魔にならないシンプルな指輪を見る度に唇がにやけてしまう。


「暇さえあれば指輪を見つめて、そんなに嬉しいか?」

「嬉しいに決まっている。最愛の人とお揃いなんだからな」

「そりゃよかったな」


 ユベールもいい加減に慣れてきたと見えて、ちょっとやそっとでは恥ずかしがる素振りも見せない。それが少しだけ悔しいような、寂しいような、それでいて喜ばしい気持ちが湧き上がってくるのだから不思議なものだった。


 身近な人々も、それぞれの道を歩み始めていた。


 ユベールの元相棒、フェリクスの孫娘であるヴィヴィエーヌ・ヴェルヌは戦争の終結を見越してカーライト社のテストパイロットを辞職し、新たにエアレースチームを立ち上げていた。ヴィヴィの才能と人柄に惹かれて集まってきたエンジニアと一緒に、戦争を通じて大きく進歩した航空技術を取り入れた、新時代のエアレーサーの開発に励んでいるのだという。フェルも二人組での長距離レースに航法士として参加しないかと誘われたが、ユベールに嫉妬されそうなので丁重にお断りした。


 フェリクス・ヴェルヌはペトレール・ブランシェの量産化プロジェクトをルインと一緒に進めている。戦争を終結させた影の立て役者がフェルであることは半ば公然の秘密となっており、彼女の愛機に乗りたいという人間も多いのだという。アルメア政府からの報奨金でペトレール・ブランシェの建造費用は返済を終えており、今度はヴェルヌ社からの依頼で量産機の宣伝飛行を行うという話も出ている。彼はユベールと引き合わせてくれた恩人でもあり、その恩にはできるだけ報いたかった。


 ひょんなことからトゥール・ヴェルヌ航空会社に所属することになったアンネマリーたち女性パイロットたちにも再会できた。彼女たちのことはアルメアを離れる際にフェリクスに託していたのだが、アディントン・エアクラフトでの輸送業務を着実にこなしてきた彼女たちはフェリクスの助けを得て新たに会社を立ち上げることを決めたそうだ。アンネマリーを代表とする民間航空会社は、こちらの手が足りない場合に仕事を依頼できるいいパートナーになってくれるだろう。


「そうだ、フェル。ルーシャへの渡航許可が下りたぞ」

「本当か?」

「大統領に面会できるかはともかく、訪れるだけなら今すぐでも大丈夫だ」

「……ユベール」

「行きたいんだろ? 準備ができたら出発だな」

「ありがとう、愛している」

「はいはい、そりゃどうも」


 ルーシャ共和国はシャイア領となる以前の領土を回復し、救国の英雄ウルリッカ・グレンスフォーク大統領の下で新たな歩みを始めている。祖国がシャイアの植民地になるのを防げず、凄惨な報復を招いた冬枯れの魔女への風当たりは今なお強いだろうが、それでもフェルにとっての祖国がルーシャであることに変わりはない。


 ルーシャ以外にも、訪れたい場所はいくらでもあった。戦争中でゆっくり滞在することが叶わなかったケルティシュ共和国を始めとして、エングランド王国、ブレイズランド、サウティカなど、ユベールと一緒に訪れた国々で出会った人々の顔が思い出される。もちろん、まだ訪れたことのない国への興味もある。


 空はどこまでも繋がっている。


 ユベールと一緒なら、きっとどこにでも行けるだろう。


「準備はいいか? 行くぞ、相棒」


 先にペトレールに乗りこんだユベールが声をかけてくる。


 もう見慣れた光景が、とても愛おしくて。


『ええ、わたしの大切なひと、かけがえのない相棒。ずっと貴方と一緒です』


 ルーシャ語のつぶやきは風に溶け、フェルの耳にだけ届いて霧散していった。


「……何か言ったか?」

「別に。行こう、相棒」


 怪訝な顔で声を張り上げる相棒に、にっこり笑って返事をした。

「空飛ぶ魔女の航空会社」Fin.

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― 新着の感想 ―
[一言] とても面白かったです。 飛空挺の小説というのは新鮮でいいですね!
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