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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十一話 渡り鳥は愛を歌う
75/99

11-7

 フェルと別行動をとった翌朝、彼女の部屋を訪れようとしたユベールは、昨日までなかった人影がドアの横にあることに気付いた。小銃を携える兵士の姿だ。警護の兵は重要人物がその部屋にいると誇示しているようなものなので、昨日まではホテルの入り口に配置するに留めていたはずだが、増員されたのだろうか。


『ご苦労さまです。何かあったのでしょうか?』

『ルルスカヤ大佐の命令であります』

 丁寧に尋ねてみるも、直立不動を保って素っ気ない返答を返してくるだけだ。

『彼女を訪ねてもいいですか?』

『その前にボディチェックを受けていただきます。失礼』


 有無を言わさぬ態度だった。身体に触られながら、今さらだろうという思いが湧き上がってきたものの、口には出さずにおく。ユーシアの王族であることを明かせない以上、彼らにとってユベールはフェルの専属パイロットに過ぎないのだ。


『確認できました。どうぞ』

「ユベールだ。入るぞ」

 ノックすると、やや遅れて返答があった。

「……どうぞ」

 ドアを開けてくれた彼女の様子に、どこか違和感があった。

「おはよう、フェル……どうした、寝てないのか?」


 普段から寝起きの悪い彼女だが、今朝はいつにも増して精彩を欠く様子だ。客室のソファに腰を落ち着けてからユベールが切り出すと、深いため息が返ってくる。


「考え事をしていた」

「状況がどう動くか分からん。休息は取れるときに取っておけよ。それはともかく、悩み事なら相談に乗るぞ。話せることなら話してくれ、相棒」

「分かった。ラウンジで朝食にしよう」


 部屋では盗聴の危険がある。場所を移そうと席を立ったところで、誰かがドアをノックする音が聞こえた。思わずフェルの顔を見たが、彼女も首を振る。


『……どうぞ。開いています』


 フェルが声をかけると、ゆっくりとドアが開く。そこに立っていたのは、厳しい表情をした女性の軍人だった。フェルの知り合いかと視線を向けると、彼女は目を見開いて言葉を失っている。それを見て、その人物の正体に思い至った。


『ウルリッカ!』

『フェルリーヤ様……』


 ウルリッカ・グレンスフォーク将軍。フェルがルーシャ皇帝として即位すると同時に親衛隊長に任じられ、シャイアとの戦争で全面降伏する直前にフェルを逃がした人物だ。現在はレジスタンスと旧軍の将兵を糾合した正統ルーシャ軍の指導者として、シャイアの支配に抵抗している。現在のルーシャで一番の実力者だ。


『ウルリッカ……会えてよかった。本当によかった』

『こちらこそ、お目にかかれて光栄です』


 感極まって涙を浮かべているフェルに対して、ウルリッカの態度はどこかよそよそしく、冷ややかでさえあった。フェルもすぐそれに気付く。


『……朝食を摂りにいくところだったの。よかったら一緒にどうかしら』

『はい。では、ご一緒させていただきます』

『あまり出歩かせてもらえないので、いいお店を知らないのだけど、ウルリッカはどうかしら。久しぶりに会ったのだもの。ゆっくりお話がしたいわ』

『承知しました。ご案内します』


 三人で連れ立って部屋を出ると、廊下に鋭い視線を走らせる護衛兵は三人に増えていた。新たに増えた二人はウルリッカの警護を担当する兵だろう。彼女が短く命令すると、一人が先行して警戒、もう一人が駐車場まで一行を先導し始める。


 店に向かう間、誰も口を利かなかった。目的地のカフェに着くと、ウルリッカは運転手と護衛兵に外で待つよう命令し、フェルとユベールを連れて店に入る。カフェのマスターはウルリッカの顔を見てうなずき、ウルリッカは目礼でそれに応えて店の奥にある部屋へと進んでいく。密談に向いた、防音性の高い個室だった。


 改めて向き直ったウルリッカが、大きくため息をつく。顔を上げた彼女の態度は、先ほどまでとは打って変わって親愛に満ちたそれだった。


『お帰りなさい、フェル。貴方が生きていてくれて、本当によかった……ユベールさんも、今日まで彼女を守ってくれたこと、感謝の言葉もありません』


 ホテルで会った際の冷ややかな態度は、部下の前で対面を保つためだったのだろう。柔和な笑顔は、彼女が信頼に足る人物であることを感じさせた。


『ウルリッカ……!』


 先ほどはウルリッカに合わせて平静を取り繕っていたフェルが、その必要がなくなったと知ってウルリッカに駆け寄る。軍用の分厚いコートに顔を押しつけ、声を殺して泣くフェルの頭を、彼女は慈愛に満ちた視線で優しく撫でていた。



 フェルが落ち着いてから、改めて食卓を挟んで向かい合う。マスターが運んできた朝食を口に運びながら、まずはルーシャを離れてからの旅をかいつまんで聞かせる。ウルリッカも共通語の聞き取りは問題ないとのことなので、お互いに話しやすい言葉で話すことにした。普段は人の話に口を挟まないフェルが、はしゃいだ様子でユベールの語る内容に補足を加えていくのが微笑ましかった。


「ごく簡単にではあるが、以上がここに至るまでの経緯だ。彼女の身を守るための判断とはいえ、仮にも元皇帝陛下を零細航空会社の航法士に仕立て上げて、あまつさえ危険な仕事に従事させてしまったお叱りは謹んで受けよう」

『いいえ。敗戦後の国内の混乱を鑑みれば、適切なご判断でした。ユベール殿下におかれましては、格別のご高配を賜りましたこと改めてお礼を申し上げます』

 さらりと口にされて、一瞬だけ言葉に詰まる。

「……知ってるのか。不信と猜疑に満ちた『眠れる獅子』の連中と、よくそこまでの信頼関係を築き上げたものだ。まあ、それはいい。ともかく、格式張った物言いはやめてくれ。俺は飛行機乗りのユベールとしてここにいるんだからな」


 思い返せば、いくら専属操縦士とはいえフェルの泊まるスイートに次ぐ部屋を与えられ、彼女の部屋にフリーパスという扱いは疑って然るべきだった。それも『眠れる獅子』からユベールの出自を聞いたウルリッカの指示があったなら納得できる。


『では、そのように。ええ、実際に会うまでは半信半疑でしたが、貴方が本物のユベール殿下である――少なくともそのように自覚している――ことは理解しました。ユーシア王国の再建も、我々のできる範囲で協力するとお約束しましょう』


 ウルリッカが表情も変えずに挑発的な言葉を口にする。ルーシャ語に特有の言い回しかと思って横に座るフェルの顔を見ると、彼女も何か言いたげだった。ユベールが偽物である可能性を示唆する言葉は、どうやら聞き間違いではないらしい。


「まあ、本物だって言っても証拠はない。とりあえず冬枯れの魔女の秘密を知る者として裁判なしで幽閉や処刑、なんて目に遭わないだけでもよしとするさ」


 ユベールが意趣返しを口にすると、無言の微笑みが返ってくる。フェルと過ごす時間が長くなってすっかり失念していたが、冬枯れの魔女に関する情報は国家機密であり、外国人であるユベールが知っていていいものではない。口封じのために消されていた可能性に思い至り、今さらながら背筋が凍る思いだった。


『誤解して欲しくないのですが、シャイアの横暴に立ち向かう同盟者として王国再建への協力を惜しまないというのは本心ですし、ここに至ってはユベールさんに王族の血が流れているかどうかは大した問題ではないと私は考えています。重要なのは、貴方が今日までフェルと共に過ごし、彼女の信頼を得ているという事実です』

 そこで言葉を切ったウルリッカが、不意に組織の長としての冷徹な表情を見せる。

『その上でお二人に伺いたいことがあります。なぜ戻ってきたのですか?』

 突き放すような語調に、フェルが不満げな声を上げる。

『ウルリッカ……そんな言い方はないでしょう?』

『報告を聞きました。フェル、貴方はすでにカザンスクからの避難民を見ていますね? 彼らはシャイア軍の魔女狩りでルーシャ各地から集められ、強制収容所に囚われていた人々です。シャイア軍による囚人の扱いは酸鼻を極め、多くの同胞が殺されました。拷問や処刑はもちろん、過酷な強制労働と劣悪な環境による事故死、病死、餓死、凍死……命を落とした者は数えきれません。加えて、貴方が目にしたのはその中でも健康を保ち、長距離の移動に耐えられると判断された者だけです』

『そんな……あの人たちが……? だって、あの中には男性も混じって……』

 切れ切れに言葉を紡ぐフェルに、ウルリッカが首を振ってみせる。

『魔女狩りは大義名分に過ぎません。実際にはシャイア軍に反抗したと見なされた無辜の市民が連れ去られ、言うに堪えない凄惨な扱いを受けました。また冬枯れの魔女という呼称が欺瞞である可能性を考慮して、男性も魔女狩りの対象となりました。軍の末端では魔女狩りと称して略奪や強姦も日常的に行われていました』


 予想はしていたが、衝撃的な話だった。強引な魔女狩りに加えて、国際法を無視した収容所での拷問や処刑まで行われていたのは、裏を返せば冬枯れの魔女がシャイアに与えた打撃がどれだけ大きかったかを物語っている。


『そのような収容所が、他にもあるのですか?』

『はい。二日前のカザンスク奪還の際に得た捕虜から、シャイア軍が立てこもる首都メルフラード近郊、そして国境のブリエスト要塞に大規模な強制収容所が建設されたとの情報を得ています。他にも大小の収容所がルーシャ各地にあるものかと』

『そのような事態を許してはおけません。一刻も早く解放しましょう!』

 勢いこんで言うフェルをなだめるように、ウルリッカが首を振る。

『カザンスク解放作戦でこちらにも損害が出ました。収容所から解放した避難民への対処もあり、すぐに動ける状態ではありません。平行して首都メルフラード攻略の準備を進めてはいますが、早くとも一週間は時間を要するでしょう』

『そんなに……』

『加えて、フェル……貴方がメルフラード攻略に参加する許可は与えられません。理由は分かりますね? 私たちは、同じ轍を踏むわけにはいかないのです』


 冬枯れの魔女の魔法は、圧倒的な力の行使と引き換えに魔力の枯渇した土地が不毛の地と化す諸刃の剣だ。先の戦争での傷跡も癒えないルーシャにおいて、再び同じように力を振るったらどうなるかは想像に難くない。仮にシャイアとの戦争に勝っても、後に残されるのが人の住めない死の土地では意味がないのだ。


『ウルリッカ、わたしは……』

「フェル!」


 彼女が何を言おうとしているのかを察して、制止する。ユベールが首を振るのを見たフェルは、唇を噛んで視線を落とす。辛いだろうが、ここは我慢しなければならない。ウルリッカは二人のやりとりを不審そうに眺めた後に続ける。


『……いずれにせよ、メルフラード攻略は我々が独力で完遂します。扱いきれない力に頼って自滅した我々には、その義務があるのです。さて、先ほどの答えを聞いていませんでしたね。お二人は、なぜルーシャに戻られたのですか?』


 結局はその問いに行き着く。正統ルーシャ軍を率いるウルリッカが冬枯れの魔女に頼らずに祖国を奪還すると決めた以上、フェルとユベールにできることは多くない。戦闘機や爆撃機ならともかく、武装のない雪上機では偵察飛行が精々だ。


『わたしは……』

 気持ちを落ち着けるためか、フェルは深呼吸をしてから話し始める。

『戦禍により荒廃し、敵国の支配下に置かれたルーシャを離れて、ユベールと一緒にいくつかの国を巡ってきました。一見して平和そうな国であっても、その歴史には征服と服従の痛ましい記録があることも少なくありませんでした。その上で、かつては敵と味方に分かれていた人々が、痛みを抱えながらもそれに折り合いを付け、ひとつの国家を構成する国民として統合された様子も目にしました』


 旅をしながら、彼女はずっと考えていたのだろう。ウルリッカをまっすぐに見つめる彼女の横顔はとても凜々しく、人として美しかった。


『戦争は愚かで悲しいことだけれど、勝敗が決したのならお互いに歩み寄り、折り合いを付けていく道もあるのだと、わたしは知りました。しかし、ルーシャとシャイアはそうならなかった。わたしの……冬枯れの魔女の存在が、それを不可能にしてしまった。凄惨な魔女狩りの記憶は、両国の禍根となって残り続けるでしょう』


 たった一人で軍隊を壊滅に追いこめる冬枯れの魔女は、敵国にとって悪夢に他ならない。次の瞬間には雪崩や地割れに呑みこまれ、理不尽な死を迎えるかも知れないという恐怖の中で戦い続けたシャイア将兵の心情は敵ながら察するに余りある。


 終戦後、冬枯れの魔女が生死不明のまま行方不明となった事実が彼らを失望させたことは想像に難くない。苛烈な魔女狩りは、多くの仲間を奪われた怨恨に加え、勝ってなお消えない死の恐怖に怯える気持ちの裏返しという一面もあっただろう。


 だが、どんな事情があったにしろシャイア将兵のルーシャ国民に対する悪行の数々が免罪されるわけではない。略奪、強姦、虐待、拷問、そして裁判抜きでの処刑。いったい何人の人間が犠牲になったのか。どこにも救いのない話だった。


 自責するフェルの言葉に、聞いていられないとばかりにウルリッカが言う。


『フェル、それは違います。貴方はルーシャという国家の一員として戦ったという意味で、他の兵と変わりありません。貴方個人に責はなく、またルーシャの戦争責任とシャイア兵の下劣な犯罪行為は切り分けて考えるべき問題です』

 抗弁するウルリッカに、フェルは静かにうなずいて見せる。

『それも一面の真実です。ウルリッカ、優しい貴方がわたしのことを想ってそう言ってくれているのだということは分かります。ですが、現実問題として冬枯れの魔女とシャイア帝国は滅ぼすか滅ぼされるかの関係にあります。わたしの死を確信できない限り、いえ、わたしの力を受け継ぐ者もいないと確信できない限り、シャイアはルーシャの民を迫害し続けるでしょう。わたしの推測は的外れなものですか?』

 唇を噛んだウルリッカが、渋々といった様子でそれを認める。

『ええ、その可能性は非常に高いと言わざるを得ません。だからこそ、私は正統ルーシャ軍を組織しました。フェル一人を頼みにして堕落した国家からは生まれ変わったのだと示すために。祖国を私たち自身の手に取り戻すために。それが貴方に頼り切って破滅を招いた私たちにできる、唯一の責任の取り方だと考えたからです』


 その言葉を聞いて確信を得られた。ウルリッカは冬枯れの魔女に頼らない国家運営を行おうと本心から考えている。フェルに戻ってきた理由を尋ねたのも、ユベールと一緒に自由に生きてくれることを彼女が望んでいたからだ。


「ウルリッカ、実際的な話をしよう」

 あえて共通語に切り替えてフェルが言う。

「正統ルーシャ軍に、単独でシャイア軍を国外退去させる戦力があるのか?」

『それは……』

「ないだろうな。そんな戦力があれば、そもそも戦争に負けていない。作戦が上手くいって一時的に退却させられたとしても、シャイアが余所の戦争を終わらせて浮いた戦力を回してきたらそれまでだ。正面衝突を避けて泥沼のゲリラ戦を展開するにしても、一般の国民はシャイアの圧政に苦しみ続けることになるだろう」


 ユベールが口を挟むとウルリッカが抗議するような目を向けてくるが、反論はないようだった。フェルも一度うなずき、ルーシャ語に戻して続ける。


『そもそも、この状況そのものがわたしの存在を前提に成り立っています。冬枯れの魔女が先の戦争で死亡、あるいは戦争犯罪者としてシャイアに引き渡されていれば、当然のことながら魔女狩りも起きませんでした。その場合、シャイアは他国でそうしたように融和的な政策を取り、シャイアへの同化を進めていたはずです』


 彼女が念頭に置いているのはクルバ島だろう。ユベールにとってはユーシア王国のことも想起させられるフェルの言葉だった。侵略によって拡大を続けてきたシャイア帝国には、版図に収めた国家を自国に同化するためのノウハウがある。


『国内が反シャイアと親シャイアで割れていれば、正統ルーシャ軍がこれほど急速に力をつけることは適わず、ベルネスカもカザンスクも占領されたままだったはず。良くも悪くも、ルーシャの現状は冬枯れの魔女を抜きにしては語れません』

『だからこそ、ここでまたフェルに頼ってしまえば、ルーシャは二度と自らの足で立てなくなってしまう! それでは意味がないのです!』


 ウルリッカの懸念はもっともだった。冬枯れの魔女の力で一時的にシャイアを排除しても、ルーシャ国民は魔女への依存を深めるだけで精神的な自立には至らない。その上、ルーシャの大地に残されたわずかな魔力まで枯渇してしまえば、再侵略を防ぐための国力の回復もままならない。国内の混乱が収まらなければ、待っているのは再侵略だ。そうなったら、ルーシャは二度と立ち上がれなくなるだろう。


『誤解があるといけないので言っておきましょう』

 対立も辞さず、必死に言い募るウルリッカにフェルが言う。

『シャイア軍が退去した後、わたしはルーシャに留まる気はありません』

『では、どうなさるのですか?』


 ウルリッカに問われ、ちらりとユベールを見るフェル。その視線の意味を問う暇もなく、彼女は誤解のしようもない共通語で次のように言い放った。


「ユベールを愛している。彼と結婚し、子供を産みたい。相棒として、航法士として、彼の進むべき道を示し、どこまでも続く大空に在ることがわたしの望みだ」

「なっ……えっ……」


 唐突な愛の告白に、動揺を隠しきれなかった。これまでも似たようなことを言ったり言われたりしたような記憶もあるが、これほどストレートではなかった。ウルリッカから向けられる視線が、軽蔑をにじませたそれであったことも動揺を加速する。


「ユベール。返事は後でも構わない。考えておいて……」

「ああ、くそっ! 分かった、降参だよ!」


 フェルの言葉を途中で遮って叫ぶ。年下の、しかも女性からプロポーズされて返事を保留するなど、格好がつかないにも程があるというものだった。


「では、承諾してくれるのか?」

「頼むから、ちゃんと言わせてくれよ」


 大きく息を吸いこんで、口にするべき内容を頭の中でまとめる。席を立ち、床に膝をついて頭を垂れた。慣れないルーシャ語を噛まないよう、慎重に言葉にする。


『私、ユベール・ラ=トゥールはフェルリーヤ・ヴェールニェーバを愛しています。貴方と結婚し、その生涯における苦難も喜びも分かち合いたい。我が愛のありかよ、願わくばこの手を取って口づけを与えて欲しい』


 たどたどしいルーシャ語の告白に、ふっと笑うような気配が伝わってくる。必死の努力を笑うとは酷いなと抗議の視線を向けようとしたところで、手が取られる。柔らかで細い、少女の指先。そして、手の甲に感じる温かな吐息と感触。


『わたしも愛していますよ、ユベール』



『さて……』

 微妙に気恥ずかしい雰囲気が落ち着くのを待って、ウルリッカが切り出す。

『具体的な協力についての話をしたいのですが』

「ユベール、いいだろうか?」


 フェルが言わんとすることはすぐに分かった。彼女のスタンスが定まり、冬枯れの魔女でもルーシャ皇帝でもなく、トゥール・ヴェルヌ航空会社の航法士としてシャイアと戦うと決めたのなら、現時点でルーシャ国内においてもっとも実力のある組織である正統ルーシャ軍に対して、提案と契約を持ちかけることができる。


「了解だ。俺たちトゥール・ヴェルヌ航空会社が請け負える仕事の内容について説明しよう。ああ、分かっていると思うが、これから話す内容は他言無用で頼む」

『もちろんです。他ならぬフェルのお相手ですから』

 真面目な表情を崩したウルリッカがにやりと笑う。

「茶化すのはやめてくれよ……」

「ユベールはこう見えてシャイなんだ。からかわないでやってくれ」


 頭を抱えるユベールを見て、フェルがそう言い添えた。

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