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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十話 巣立ちの日を夢見て
66/99

10-5

 翌日、朝食を摂りながら今後の方針を話し合うことにした。


「改めて状況を整理しておこう」

 トーストにかぶりついていたフェルが黙ってうなずく。

「そもそも、今回の件が仕事になるかどうかという問題がある。言い換えれば、燕翔をどう評価するかだ。フェルはあの機体をどう見た?」

「昨日も言ったとおりだ。美しい機体だと思う」

「同感だ。まだ空を飛べないひな鳥にしては、という但し書きはつくにしてもだ」

「ルインに協力して、完成させられないのか?」

「難しいな。どれだけ能力があっても、設備と資金が調達できなければどうしようもない。時間の問題も考えれば分の悪い賭けと言わざるを得ない」


 航空機どころか農作物の加工に使われていた廃工場にまともな設備があるはずもなく、金食い虫のエアレーサー開発に資金を投じる決断を下せるスポンサーは拘束されて自由に連絡が取れない。両腕をもがれたに等しい状況だ。


「時間の問題というのは?」

「あまり時間をかけ過ぎると、燕翔が価値を失うケースも考えられる。ひとつはアウステラ政府がシャイア資産の差し押さえの範囲を個人から企業に広げた場合。燕翔が接収されれば、俺たちには手出しができなくなる。その前にティエン商会と正式に譲渡の契約を結ぶか……いや、後出しで無効にされる可能性もあるな」


 最悪、商会の資産隠しを共謀したとしてシャイアのスパイの疑いをかけられかねない。悪い冗談としか思えないが、リスクは認識しておくべきだ。


「それ以外にもあるのか?」

「ああ、例えば燕翔の開発が終わる前に央海戦争が終戦した場合。戦争が終わってしまえば、敵国に先んじようと技術開発を焦る必要はなくなるだろ?」


 実用化された技術は、いずれ他の国でも実用化される。現物を手に入れれば時間の短縮が見こめるが、そうでなくとも実現可能な技術はいつか開発されるものだ。


「売り払うならその前に、ということか」

「燕翔に採用されている技術は最先端のものだ。事実、ティエンがいち早く動かなければ開発に携わった技術者もろともシャイアに接収されていた。敵国で開発された最新鋭の試作機という触れこみなら、アルメアも興味を示すだろう」

「問題は、それを望まない人間がいることだな」

「今回ばかりは、全員が満足する結末にはならないかもな」


 ティエン・ホウは金に糸目を付けない道楽者と冷徹な経営者、ふたつの側面を持っている。外国から技術者を集めてエアレーサーを開発し、それが国家に接収されそうになったら国外へ避難させる一方で、自身がいなければ開発の継続は困難であることも理解している。商売の邪魔となる戦争を憎みつつも母国を嫌いになれず、積極的にアルメアを支援するつもりもない。彼が望むのは航空機に理解のある人間の手に機体が引き渡されること、それがアルメアに引き渡されないことだ。


 ウィリアム・クレインはシャイア商会の顧問弁護士で、現在は拘束されたティエンに代わって諸事を取り仕切っている。仕事は仕事と割り切って取り組むタイプだが、アルメア人として、アルメアの勝利を願っていると推測される。彼は金食い虫の燕翔を手放し、それがアルメアの技術開発に活かされることを望んでいる。


 ルイン・ジュードロウは燕翔の設計開発主任者で、ティエンに見こまれて高額で雇われた優秀な技術者だ。ケルティシュ人でありながらシャイアで航空機開発することを意にも介していない根っからの飛行機屋で、アウステラへの避難で開発が停滞しているのを不満に思っている。彼が望むのは燕翔の完成のみ。

 燕翔に関わる各人の利害は必ずしも一致しない。ユベールとフェルがどんな決断を下すにしろ、誰かの期待を裏切ることになる。ここに先進的な技術を欲するシャイアやアルメアの思惑も絡むとなれば、正解を見出すのは容易ではない。


「確認しておくが、俺たちの目的は燕翔を完成させることでもなければ、誰かの望みを叶えることでもない。それは分かってるよな?」


 そもそも今回の案件は降って湧いたようなものだ。もし得るものがないと見れば、手を引くことも考えなくてはならない。その確認だった。


「理解している。わたしたちの目的は後継機の建造費を稼ぐことだ」

 心得顔でフェルが答える。それだけ聞ければ十分だった。

「オーケー、その上でフェルはどうしたい? シャイアに渡すのは論外として、アルメアに渡しても戦争に利用されかねないという点では同じだ。俺は金にさえなるならそれでも構わないと思っているが、お前はどう考えてるかを教えてくれ」

「わたしは……」


 考えをまとめるように、ゆっくりと瞬きするフェル。

『アルメアに引き渡すのは反対です』

 ルーシャ語に切り替えるフェルに黙ってうなずき、先を促す。


『わたしがどのように考えているかとは関係なく、わたしの言動はルーシャの冬枯れの魔女、フェルリーヤ・ヴェールニェーバのそれとして捉えられる恐れが常にあります。アルメアに燕翔を引き渡し、そこからわたしの身元を探られた場合、両政府には冬枯れの魔女がアルメアに味方しているという誤ったメッセージを伝えることにもなりかねません。ユベール、わたしの危惧は大袈裟なものでしょうか?』


 ゆったりとした語調、上品さを損なわない程度にかしげられる首。フェルリーヤとしての彼女は、雰囲気や仕草も貴種としてのそれへと一変する。


「いや、その危険は考慮されて然るべきだ。お前が正しいよ、フェル」


『シャイアを憎む気持ちはあります。しかしアルメアに味方することが、ルーシャの……今もあの地に生きる民のためになるという確信を、わたしは持てません。ましてや一時の金策のために一方へ肩入れするなど、許されることではありません』


 憂慮にまつげを伏せるフェルに返す言葉を、ユベールは持てなかった。祖国を失ったという境遇は似ていても、その後の十数年を飛行機乗りとして生きることで折り合いを付けたユベールと、今なお責任を感じ続けているフェルでは重みが違う。


「無理を言ってすまない。ペトレールを壊したのはわたしなのに……」

「それは気にするなって何度も言っただろ」

 テーブル越しに、申し訳なさそうなフェルの頭に手を伸ばす。

「お前の考えはよく分かった。燕翔はシャイアにもアルメアにも渡さない方向で調整しよう。確かに金にはならなさそうだが、少なくともティエンに恩は売れる。次の仕事に繋がるなら、まるっきり無駄ってわけじゃないさ」

「いいのか? ……っ」

 乱暴に頭を撫でられ、うっとうしそうにしながらも喜ぶフェル。

「相棒のたっての願いだ。叶えてやらないわけにはいかないだろ」

「ありがとう、ユベール」


 戦火に包まれるルーシャからフェルを救い出して半年あまり。彼女は驚くべきスピードで物事を学び、航法士としても人としても成長している。フェリクスに救い出されたユベールが飛行機の操縦に四苦八苦していたのとは大違いだ。


「ユベール?」

 物思いにふけっていたユベールを、フェルの声が引き戻す。

「ああ、いや、シャイアにもアルメアにも引き渡さないと決まったはいいが、どうしたものかと考えてたんだ。フェルはなにか思いついたか?」

「すまない、すぐには思いつかない」


 自分が言い出した手前もあるのだろう。フェルは真剣な表情で考えている。このご時世に民間の買い取り手がいるとは考えにくく、いたとしても転売で両国に流れてしまえば意味がない。自分たちで乗るにも適さないとなると、選択肢は限られる。


「こうなると問題は機体だけに留まらないしな」

「どういうことだ?」

「ルインだよ。あいつが機体の廃棄を素直に受け入れると思うか?」

 ユベールの言葉を聞いたフェルが納得の表情を浮かべる。

「絶対に抵抗するだろうな。目に浮かぶようだ」

「抵抗するだけならいいが、設計図を持ち逃げしてシャイアやアルメアに身売りでもされたら目も当てられん。なんとかあいつを説得する方法も考えないとな」


 所有者であるティエンから任せられた燕翔よりも、そちらの方が問題だった。ルインの頭脳と彼の行動について、ユベールとフェルに干渉する権利はないのだ。


『いっそ、息の根を止めてしまいましょうか……?』

 にっこり笑って物騒なことを口にするフェルにやや引いてしまう。

「スパイどころか殺人容疑かよ。勘弁してくれよ」

 額を押さえて首を振るユベールを見て、フェルがふっと笑う。

「冗談だ。その件についてはわたしに考えがある」

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