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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十話 巣立ちの日を夢見て
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10-4

 改めて周囲を見回す。ロクな機材もない廃工場、未完成の機体、所在なく佇む技術者たち。率直に言って、エアレーサー『燕翔』の命運は風前の灯火と思えた。


「待ってください、見切りを付けるのはまだ早い」

 士気も高いとは見えない雰囲気の中、開発主任のルインが食い下がる。

「もう少し、もう少しで完成のところまで漕ぎつけているんです。ユベールさんは飛行機乗りなんでしょう? だったらこの機体の革新性は理解できるはず。どうか、テストパイロットとして開発に協力してもらえないでしょうか」


 ルインが白黒のツートンカラーに塗られた燕翔を示す。確かにこの機体に採用された二重反転プロペラや自動フラップ、前進翼にV字尾翼というユニークなスタイルは興味深い。これらはアルメア空軍も正式採用に至っていない、最先端の技術だ。


 軍ではなく民間企業のバックアップのみでこうして形にしたことは賞賛に値する。設計開発を主導したルインが一線級の技術者であることは疑いようもない。彼がアルメアかシャイアの軍用機開発に携わっていたら、戦局を変えていた可能性すらあった。こうなると機体よりも、彼の人柄と能力に興味が湧いてくる。


「テストパイロットの件はともかく、興味深い機体であることは確かだ」

 ユベールの言葉に喜色を表すルイン。

「でしたら!」

「待ってくれ、まだ何も決めちゃいない。数日はここに滞在するから、もっと話を聞かせて欲しい。この機体を最終的にどうするのか、どこへ持っていくのか、判断材料が欲しいんだ。フェルも気になることがあったらどんどん質問しろ」

「了解した」

「ルイン、図面を見せてくれ。機体構成を詳しく知りたい」


 フェルはユベールの言葉にうなずくと、もっとよく見るために機体に近付いていく。ルインもユベールが求めた図面や資料を探すためにその場を離れた。


 ここまでの話を聞く限り、ルインはあくまで開発の継続にこだわっている。ユベールが尋ねるまで未完成であることを黙っていた一事を取っても、投げかける質問と戻ってきた回答は注意深く検証する必要があるだろう。


 思わずため息をつく。もしこの場にヴィヴィがいたら、機体性能についてルインをひたすら質問責めにしていたことだろう。こういう時ばかりは彼女の気楽さが羨ましい。彼女ならきっとふたつ返事でテストパイロットを引き受けたことだろう。


 首を振って気分を切り替えると、図面を抱えたルインが戻ってきた。


「ところで、ルインはケルティシュ共和国の生まれだろう?」

「そうです。それがどうかしましたか」

「燕翔の開発にはいつから携わってるんだ?」

「三年前からです。そんなの、どうでもいいでしょう?」

 話題を変えると、ルインは話をそらされたと感じたのか顔をしかめる。

「いや、いったいどういう経緯で、ケルティシュ人の技術者がシャイアの民間企業でエアレーサーを開発することになったのか、ちょっと気になってな」


 ルインの祖国、ケルティシュ共和国は今なおディーツラント帝国との戦争を継続している。彼がティエンに招かれて燕翔の開発を始めたのは、時期的には両国が開戦する直前だ。ディーツラントの背後にシャイアの影があるのは周知の事実であり、ルインは間接的とはいえ敵国で航空機の開発を続けていたことになる。


 それどころかアルメアとシャイアが開戦した現在、アルメアと同盟を結ぶ各国もシャイアに宣戦を布告しているのだ。ケルティシュも例外ではない。本人の自覚はどうあれ、ルインの立場は敵国で航空機を開発する技術者となる。当然、ケルティシュ政府からは危険人物としてマークされているだろう。


「みんな、同じことを聞くんですよね」

 当然の疑問を口にしたユベールに対して、ルインがため息をつく。

「研究開発のために金と場所を用意してもらえるなら、僕はどこにだって行きますよ。そんなの、技術者として当たり前でしょう?」


 それは人によるだろう、という言葉は飲みこんだ。少なくとも、ルインの人柄はそれで理解できた。彼は飛行機以外の全てがどうでもいい、という類の人間だ。


「だったら、現状には不満があるんじゃないか」

「その通りです。分かっていただけますか!」

 ユベールが水を向けると、ルインが食いついてくる。

「テストパイロットは軍に横取りされ、機体そのものもシャイア政府に接収される恐れがあるからと慌てて逃げてきた先が、まともな設備もないこんな場所だなんて聞いてませんよ。これでは僕の才能を浪費しているに等しい。人類の損失です」

「シャイア軍に接収……やっぱりそうか」


 大陸国家で陸軍が強いシャイアでは、長らく飛行機が軽視されていた。そのため、航空技術開発においてシャイアは一歩劣るという評価を受けることが多い。燕翔に採用された先進的な技術は強引な手段に訴えてでも欲しかったに違いない。


 設計図はもちろん、実機だけでもリバースエンジニアリングで多くの知見を吸収できる。そこで得た知見と技術は軍用機の開発に活かされ、アルメアやケルティシュに向けられる。いち早く機体と技術者を国外へ逃がしたティエンは慧眼だった。


「予想以上に厄介な代物だな、こいつは」

 ため息交じりにこぼすと、ルインが首をかしげる。

「なんです?」

「いや、何でもない。なあルイン。見たところ、そちらも到着してまだ時間が経っていないんだろう? 明日、落ち着いたところを見計らってまた来るよ」

「もう帰ってしまわれるんですか? まだ燕翔の素晴らしさを説明し足りないのですが……分かりました。お待ちしてますので、くれぐれもお願いしますよ」

「ああ。フェル、行くぞ」

「もう行くのか? 了解した」


 燕翔の処遇を決めるまでの数日間、滞在先を確保する必要がある。廃工場を離れ、ニューホーンの街へと車を走らせる。話題は自然と燕翔に関するものとなった。


「ユベールはどう思った?」

「燕翔か。難しい機体だな」

 眉を寄せるユベールにちらりと目をやり、それから視線を戻してフェルが言う。

「わたしは、美しいと思った」

「美しい、か。確かにそうだな。綺麗な飛行機だよ、あれは」


 美しい飛行機がいい機体だとは限らない。

 しかし、いい飛行機は例外なく美しいことを飛行機乗りは知っている。


 余分な出っ張りを極限まで削ぎ落とした流線型の胴体、一見して奇抜にも見える前進翼と、優雅に広がるV字尾翼。ただ速く飛ぶことのみを見据えた、設計者の理想を具現化したかのような飛行機。燕翔はそういうエアレーサーだ。


「ユベールは、あれに乗りたいと思ったか?」

「思わない」

 フェルの問いかけに即答する。

「あの機体は人が乗るための飛行機じゃない。速く飛ぶために仕方なく人を乗せる、そういう飛行機だ。ヴィヴィならともかく、俺はごめんだね」


 ルインが持ってきた図面を一目見て理解できた。実際に乗るまでもなく、燕翔の乗り心地は最悪だ。窮屈に身体を縮めていないとキャノピーを閉めることすらままならず、下方と後方の視界はほぼゼロなので離着陸も困難。背中はシートを通してエンジンの熱にあぶられ、飛行が長時間に及べば機内は灼熱地獄と化すだろう。


 燕翔が求めるのは操縦装置であり、人ではない。それがユベールの感想だ。


「それを聞いて安心した」

「うん?」

 運転するユベールの横顔を覗きこんで、フェルが笑う。

「燕翔にはわたしの乗る場所がなさそうだからな」

「ああ、そりゃ大問題だ」


 ラジオから低く流れる音楽と、飛行機に比べれば格段に静かな車のエンジン音に身を任せる。相棒としてのフェルの距離感は、ユベールにとって心地いい。ヴィヴィと組んでいた時は、彼女に振り回されっぱなしでケンカも少なくなかった。


「ユベール。ティエンは結局、わたしたちにどうして欲しいんだと思う?」

 しばし間を置いて、フェルが問う。ユベールも同じ疑問を抱いていた。

「ティエンとは仕事上の付き合いしかないから、伝聞と想像を交えた話になるが」

 彼の立場ならどう考えるか、思考を巡らせながら続ける。

「過去に商売の邪魔をされたとかで、ティエンは今のシャイア政府を嫌ってると聞いたことがある。だが生まれ育った祖国を愛していないわけでもないんだろう。技術者も連れて中立国のアウステラに運んできたってことは、きっと燕翔とそれに使われている技術をシャイアにもアルメアにも渡したくなかったんだろうな」

「戦争中の両国が、エアレーサーを欲しがるのか?」

「欲しがるさ。エアレーサーには最先端の技術と頭脳が注ぎこまれる。その成果を軍用機にフィードバックすれば、大幅な性能向上が見こめる可能性もあるんだ」

「戦争のためか。ティエンはそれを嫌ったのか?」

「おそらく。間接的とはいえ、自分が関わった技術が人を殺すことになるんだ。まともな神経をしたやつなら、気分がいいはずもないだろう」

「……だろうな」


 反対側の窓に一瞬だけ映った沈痛な面持ちに、彼女の心中を思う。


 冬枯れの魔女の存在は、結果として多くの人間を死に追いやった。魔法による直接的な被害はもちろん、シャイア軍による占領地での報復行為や、魔女を恐れたシャイア兵による魔女狩りなど、間接的な被害も少なくなかったと聞く。


「ユベールは、ウィリアムの言葉を憶えているか?」

「アルメアのために役立てていただきたい、だったな」


 あの時は意味が分からなかったが、今なら理解できる。彼は燕翔がアルメアの手に渡ることを望んでいるのだ。シャイア人が経営するティエン商会の顧問弁護士であるウィリアムだが、名前と容姿から見ておそらくアルメア人だ。仕事は仕事として割り切りつつ、個人としてはアルメアの勝利を望んでいるのだろう。


 関わった人々にかけられた期待ばかりか国家の思惑までもが絡みつく、未だ空を知らぬ機体。その処遇をどうするかは、ユベールとフェルの決定にかかっている。


「どうしたものかね、まったく」

 ため息をつくユベールに、相棒はあくまで真摯に答える。

「ちゃんと考えよう。納得いくまで」

「ともかく、今夜はぐっすり眠りたいところだ」

「……そうだな」


 考えるべきことは沢山あるが、疲労で頭が回らない。

 今は一刻も早く、柔らかいベッドに倒れこみたかった。

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