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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十話 巣立ちの日を夢見て
64/99

10-3

 ウィリアムと別れたのが昼過ぎだったので、その日は準備と休息に費やした。ジョンやシェイクへの挨拶も済ませ、翌朝にはニューホーンへ向けて発つ。


 ルウィンダ港を飛び立ち、海岸沿いに東へと機首を向ける。相変わらずの雲ひとつない晴天で、機内の温度はみるみる上がっていく。急ぐ道行きでもないので、キャノピーを開いて風を取りこんだ。低空を巡航速度で飛ぶと、汗が引いて体温がほどよく下がっていくのを感じる。フェルも風を感じて気持ちよさそうだ。


 穏やかな海と乾いた大地の境目を飛ぶこと数時間、ニューホーンの街並みが見えてくる。低空で飛ぶと、世界各国の国旗を掲げた船が活発に往来している。


「こうして見ると、海にも道があるのだな」

「ああ。おもしろいだろ?」

 上空から眺めると、船舶がアリのように列を成して航跡を曳いていくのが分かる。

「潮流や水深を考えると、安全で確実な航路は限られてくる。外洋ならともかく、頻繁に船が行き交う場所では航路を設定しておかないと事故が起きるからな」

「水上機の扱いはどうなってるんだ?」

「そこなんだよな。海のルールを知らないまま好き勝手に飛ばすやつもいるから、はっきり言って水上機は船乗りから邪魔者扱いされてるのが現状だ。数が少ないから見逃されてるが、これから先、もっと水上機が増えたらどうなるか」

「事故が増えれば、規制が厳しくなるかも知れないな」

「かもな。さて、降りるぞ」


 水上機が並んで停泊する場所を見つけて、その近くに降りる。思った通り、航空機の整備を請け負う工場がすぐそばにあった。ギルモットを預けて、レンタカーを借りる。ウィリアムから聞いた飛行機の保管場所を目指し、そのまま出発した。


 郊外へ向かって車を走らせる途中、建設中の飛行場の脇を通り過ぎる。


「飛行場も増えたよな。昔は大都市でもなければ、石を取り除いて平らにならしただけの草っ原を飛行場にしてたもんだが、ちゃんとした舗装に加えて、管制塔まである。薄々分かっちゃいたが、水上機には厳しい時代になったもんだ」

 ユベールの言葉に、助手席のフェルがこちらを振り仰ぐ。

「そうなのか?」

「水上機の利点について、教えたことがあるだろう?」

「水面ならどこでも離着水できること、滑水距離を長く取れることだったな」

「そうだ、よく憶えてたな。だが、こいつは裏を返せば、必要な場所に飛行場が整備されて、短い滑走でも離陸できる大馬力のエンジンが開発されれば、陸上機に対する水上機の利点はほとんど消えるってことでもある」

 そして利点が消えてしまえば、水上機に残るのは制約ばかりとなる。

「水上機に未来はない、ということか?」

「完全になくなりはしないだろうが、陸上機が主流になるのは間違いないだろうな。神話にある大洪水で陸地のほとんどが海に沈みでもすれば別だが」

『では、わたしが沈めてしまいましょうか?』

 にこやかに笑って冗談を言うフェルは妙な迫力があった。

『おお、魔女様、どうかご勘弁を』


 ユベールの下手なルーシャ語に二人でひとしきり笑い合う。


 会話が途切れ、しばらく黙って車を走らせると、古い工場が見えてきた。敷地内に大きなトレーラーが停まり、人の気配もある。どうやらここが目的地らしい。門の前まで車を進めると、慌てた様子で中から出てきた男に止められる。


「えっと、どちらさまですか? 関係者以外は困るんですが」

「弁護士のウィリアム・クレインから話は通っていないか? ユベール・ラ=トゥールが飛行機の確認にきた、と責任者に伝えてくれれば分かるはずだ」

「確認しますので、少々お待ちください」

 男はそう言い残すと建物内に戻っていく。

「整備士だろうか」

 オイルに汚れたツナギの後ろ姿を見て、フェルが口にする。

「多分な。末端までは話が伝わってないんだろう」

「彼らにとっては、わたしたちは機体を奪いに来たようなものだろうな」

「ああ、そういう見方もあるか」

 五分ほど待つと、さっきの男が戻ってくる。

「お待たせしました。確認のため、お連れの方の名前を伺っても?」

「わたしはフェル・ヴェルヌだ」

 フェルが答えると男がうなずいて愛想笑いを浮かべる。

「失礼しました。車はこちらへ停めて中へどうぞ」


 男に案内されて工場に入る。元々は農作物の加工でも手がけていたのか、用途不明の機械が壁際に押しやられている。そうしてできた空間の中央、ちかちかと頼りなく光る天井灯に照らされて存在を主張する一機のエアレーサーに息を飲んだ。


 白と黒で左右に塗り分けたペイントも目を惹くが、何よりも特徴的なのは機体のシルエットだ。空気抵抗となる凹凸を廃した流線型の胴体に二重反転プロペラ。機体前方に向かって角度をつけた前進翼と優雅に広がるV字尾翼は燕を連想させる。過去に例のない、革新的な設計であることは一目瞭然だった。


「こいつが……」

「競技用単座飛行機『燕翔』です。どうですか、すごいでしょう」


 自慢げに話しかけてきたのは、案内してくれたのとは別の技術者だった。線が細く、気取った態度。わずかな訛りから、ケルティシュ系の人間だと推測できた。


「僕は開発主任のルイン・ジュードロウです。ここの責任者を任されています」

「ユベール・ラ=トゥールだ。よろしく」

「フェル・ヴェルヌだ」

 握手を交わし、改めて燕翔に向き直る。

「お二人は飛行機乗りで、こいつを見に来たとか。機体の詳細については説明を受けていますか? よければ私から説明しますが」

「頼む。革新的なエアレーサーとしか聞いてないんだ」

 説明したそうな雰囲気のルインに多少の追従も混ぜて促す。


「機体名は燕翔。軽量なバルサ材と硬材を組み合わせた複合木材による単葉単座機で、全長七メートル強、翼幅八メートルと小型ながら、四五〇馬力の五リッター直列八気筒エンジンを二基搭載して二重反転プロペラを駆動。対気速度に応じて揚力、抗力を最適なバランスに保つ自動フラップと、V字尾翼前縁のエアインテークから空気を取りこみ主翼後縁から排出することで抵抗をゼロにした冷却系の効果により、想定される最高速度の理論値は時速八〇〇キロを超えます。これはもう間違いなく、現時点で世界最速のエアレーサーであると断言できます」


「ちょっと待ってくれ」

 興奮気味にまくしたてるルインを遮る。

 彼の言葉には聞き捨てならない箇所があった。

「理論値って言ったな。実測値は? そもそもテスト飛行はしたのか?」

「あー、その」

「正直に答えてくれ。俺たちはティエンからこの機体の処遇を任されている。不誠実な回答だと判断すれば、シャイアで開発された試作機が密輸された情報をアウステラ政府に流す。あんたの大事な機体がどうなるか、予想はつくだろう?」


 開発者は時として自らの設計に過大な自身を抱く。それがテストパイロットの命を脅かす例も少なくないのだ。圧力をかけてでも、真実を聞く必要があった。


「……まだ地上滑走のみです。ですが計算では間違いなく、いえそれ以上の速度が出たとしても不思議ではありません。後は細部の微調整さえ済めばきっと」


 急に歯切れが悪くなり、言い訳がましい言葉を並べるルインの姿にため息をつきたい気分になる。どうやら想像以上に厄介な代物を押しつけられたらしい。


「要するに、まだ飛べないのか」

 フェルが切って捨てると、ルインもようやくそれを認める。

「……ええ。現状では、その通りです」


 空を知らない美しいひな鳥を前に、フェルが肩をすくめた。

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