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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十話 巣立ちの日を夢見て
63/99

10-2

 ルウィンダ留置場に着いて車を降りると、鋭い視線が刺さる。門前に二人、玄関脇に一人。強引な手法への反発を危惧して、普段より警備を強化しているのだろう。彼らはユベール、フェル、ウィリアムの三人がいずれもシャイア系の顔立ちではないことを確認すると警戒を解いた。ウィリアムが不愉快そうに鼻を鳴らす。


「あまり気分のいいものではありませんね」

「まったくだ」


 ウィリアムの先導で留置場に足を踏み入れ、面会の手続きを取る。ティエン・ホウの名前を告げると受付の警察官は露骨に不審げな視線を向けてくる。


「アルメア人とルーシャ人の旅行者がシャイア人の富豪に用事ねえ。どう考えても接点があるとは思えないんだが、妙なことを企んでるんじゃないだろうな」

「君、問題があるならはっきり言いたまえ。言いがかりはやめてもらおう」

 ウィリアムが鋭い剣幕で詰め寄ると、警察官は肩をすくめて応じる。

「警察官の立ち会いの下、面会を許可する。おかしな考えは起こさないことだな」


 捨て台詞を聞き流して手続きを済ませ、薄暗い照明の廊下を進む。部屋の中央を鉄格子で仕切られた面会室で待つこと数十分、嫌がらせに抗議するためウィリアムが椅子を立とうとした瞬間、格子の向こう側にある頑丈そうな鉄扉が開いた。


「やあ。よく来てくれたね、ユベール君」


 スーツ姿のティエンが、やや疲れた表情ながらも堂々と面会室に入ってくる。ネクタイを外しているのは自殺防止のためだろう。革靴も没収されたのか靴下にサンダルというちぐはぐな格好だったが、それを恥じる様子も一切ない。


 ティエンが椅子に腰掛けると、背後にある扉の前で立ち会いの警察官が仁王立ちする。視線はまっすぐに固定されているが、会話は彼に筒抜けだ。


「ウィリアム君も案内ご苦労さま。それから……」

 ティエンの視線がフェルに向かう。

「フェル・ヴェルヌだ。航法士としてユベールと組んでいる」

「ああ、そうだったね」


 二人が言葉を交わすのは初めてだが、ティエンは以前からの知り合いであったかのように答えた。警察に余計な疑念を持たせないための配慮だろう。


「そうだ。忘れるところだったよユベール君」


 当たり障りのない挨拶と世間話をいくつか交わした後だった。ティエンは立ち会い人に見えないように意味ありげなウィンクを寄越してくる。


「すでにウィリアム君から聞いていると思うが、私が捕まったことで宙に浮いた趣味の木工品があるんだ。他人から見ればガラクタ同然の品物だろうが、君は興味があるかと思ってね。価値のあるものではないが、よかったら差し上げよう」

「……そうですか。では、後ほど拝見してから決めようと思います」

「うむ、そうしてくれるとありがたい。手間をかけてすまないが、不要であれば廃棄してくれたまえ。私個人としては、そうなることを望んでいる」

「わかりました」


 あえてぼかした言葉から詳細は掴めなかったが、それがティエンの伝えたかったことなのだと推測できた。詳しい内容はウィリアムに尋ねれば判明するはずだ。


「今日は訪ねてくれてどうもありがとう。謂われのない罪で逮捕されて、どうにも気が滅入っていてね。ユベール君、フェル君、二人の友情に感謝しよう」

 鉄格子の間から差し出された手を順に握る。

「いえ、話し相手になるくらいならお安いご用ですよ」

「今度は塀の外で会おう、ティエン」


 面会時間が終わり、ティエンと別れる。

 帰りの車に乗ってしばらくすると、ウィリアムが切り出した。


「ユベール様、フェル様。本日はお忙しい中、ティエンのために時間を割いていただきありがとうございました。些少ではありますが、お納めください」

 差し出された封筒にはおそらく現金が入っている。受け取るかどうか迷っていると、気を利かせたウィリアムが付け足す。

「ご安心ください。ティエンの個人資産は凍結されましたが、アルメアやアウステラの資本も入った株式会社であるティエン商会の資産が差し押さえられたわけではありません。合法的な経費ですから、受け取っていただいても問題ありません」

 今のところはですが、と付け足してウィリアムが笑う。

「分かった。受け取っておこう」


 開戦からすでに二週間が経とうとしている。現状、出費がかさむばかりで新造機の建造費用を貯めるどころの話ではなかった。金はあるに超したことはない。


「ユベール、よく分からなかったんだが」

 フェルが質問を口にする。

「結局、ティエンはなにを伝えたかったんだ?」

「さあな。ウィリアムの話によれば会社の資産は無事なんだろう? 俺たちに渡したいものがあるなら素直に言えばよさそうなものだが、なにか事情があるのか?」

 ウィリアムに話を振ると、彼は首を振ってため息をついた。

「ティエンが言うところの木工品の件ですね。彼の道楽にも困ったものです」

「道楽? 少なくとも危険なものではないということか」


 ティエン商会は裏で非合法な品物も扱っている節がある。この非常時に危険な代物を押しつけられる可能性を危惧していたので、ひとまず胸をなでおろす。


「端的に申し上げますと、私どもの所有する木製飛行機の扱いに困っているのです。ティエンの道楽でエアレースに参加するために作ったものなのですが、このご時世ですからね。レースもなければ、そもそもパイロットも見つからない状態でして」

「なるほど。価値のない木工品、か」


 レースのレギュレーションに合わせて限界まで性能を突き詰めたエアレーサーに、それ以外の使途はない。世界的な戦争のせいでレースどころではない現状、無価値な木工品という表現はあながち間違ってもいなかった。


「ええ、ですから飛行機乗りであるユベール様に差し上げれば、有効に活用していただけるかと。書類上では廃材として扱いますので、代金は結構です」


 ずいぶん気前のいい話だった。一見、こちらに損はないように思える。だが、愛想よく笑うウィリアムの発言に裏がないとは言い切れない。


「フェルはどう思う?」

 検討する時間を稼ぐためにフェルに尋ねる。

「ウィリアムに聞きたいことがある」

「ええ。専門外ですが、答えられる範囲でお答えしましょう」

「戦争が終わって、レースが再開するまで保管してはいけないのか?」

「その保管費用が問題なのです。倉庫代はもちろん、高額な費用を注ぎこんで開発したエアレーサーは巨額の維持費を要する金食い虫ですから」

 費用面から理由を語るウィリアムの後をユベールが引き取る。

「その上、いつになるかも分からない終戦を待ったところで、その時には時代遅れの機体になってる可能性も高い。ティエンが手放したがるわけだな」


 戦争は技術革新を推し進める。この戦争で実用化された技術がフィードバックされたエアレーサーは、戦前のそれとは一線を画する機体になるだろう。


「専門外なので詳しいことは分かりかねますが、現時点においては一線級のエアレーサーであるというのが開発に携わった技術者の主張です。ティエンが身動き取れず、売却先の当てもない現状では、一日も早く手放したいのが本音でして」

「理解できた。わたしからの質問は以上だ。後はユベールの判断に任せる」

「こちらとしても、現物を確かめないことには結論が出せない。機体はどこに?」

「ニューホーン。アウステラ連邦が誇る貿易港です。昨日、無事に到着したとの連絡が入っております。保管場所として確保した工場の場所をお伝えしますね」


 ニューホーンはルウィンダから数百キロの距離にある都市だ。海岸沿いなのでギルモットでの移動にも支障はない。仕事になるかどうかは分からないが、ティエンに恩を売る意味でも確認に向かう価値はあるだろう。


「了解した。俺たちはニューホーンへ向かうから、話を通しておいてくれ」

「承知いたしました。それから、最後にひとつだけよろしいでしょうか」

「なんだ?」

 ユベールの問いに、真摯な表情でウィリアムが言う。

「私個人としては、今回の件をアルメアのために役立てていただきたいと考えております。どうか頭の隅にでも留めておいていただきますよう、お願い申し上げます」

「憶えておこう」

 その答えに満足したかのように、ウィリアムが笑みを浮かべる。

「感謝いたします。おっと、ホテルに到着しましたね。それでは失礼いたします」

 アルメア人の顧問弁護士は、深々と一礼してから去っていった。

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