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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第十話 巣立ちの日を夢見て
62/99

10-1

 カクテルコンペから一夜が明け、ホテルのベッドで目を覚ました。ジョンに付き合い酒を過ごしたらしく、猛烈な吐き気と頭痛、全身を包む重い倦怠感に顔をしかめる。連日の長距離飛行で疲労も蓄積していたのだろう。フェルも起きてくる気配がないので、飲めるだけの水で頭痛薬を流しこんで再びベッドに倒れこんだ。


 昼過ぎには、何とか起きられそうな程度に体調が戻っていた。フェルも起き出して空腹を訴えるので、動き始めた途端にぶり返す頭痛に耐えながら近くのカフェに向かう。この店の食べ物が不味いことはもう分かっているが、遠出する気力が湧いてこなかった。遅めのブランチを食べるフェルを横目に、ぬるいコーヒーをすする。


 ちょうど隣の席に今朝の新聞が置き去りにされていたので、誰も見ていないのをいいことに拝借する。戦争のニュースは早くも話題性が薄れたのか、アウステラ国内のニュースが中心だった。さして興味を引かないローカルな内容にともすれば目が滑りそうになる中で、ユベールが目を留めたのは一枚の写真だった。


「見ろよ、フェル。俺たちが写ってるぞ」

「ティエンが逮捕された時の写真か」


 アウステラ首相が主導する特別法によるシャイア人の身柄拘束と資産凍結を報じる記事に添えられていたのは、カクテルコンペ会場でティエン・ホウが逮捕される瞬間の写真だった。逮捕に抗議するジョンを止めようとしたユベールと、未成年な上に目立つ容姿のフェルは顔まで判別できる距離で写ってしまっていた。


「せっかくアウステラまで逃げてきたのに、ちょっと迂闊だったな」

 舌打ちするユベールを慰めるように、フェルが首を振る。

「あの状況では仕方なかった」

「だが、これで俺たちがアウステラにいるとバレる可能性が……いや、バレたと考えて動いた方がいいだろうな。まったく、運がないにも程がある」

 ため息をつくユベールに、フェルが不思議そうな顔をする。

「写真一枚で、そこまで警戒する必要があるのか?」

「ああ。新聞やラジオ、政府広報。公開情報の精査は諜報の基本だ。優秀な担当官なら、俺たちの顔に気付く可能性は十分にあるだろう」

「諜報……スパイ活動のことか」

「そうだ」

「広く公開される内容に、重要な情報が隠れているものなのか?」

「これが意外とバカにできない。現に、一枚の写真から俺たちの行き先を読み取れもするんだ。誰がどんな意図を持って伝えようとした情報なのか、複数の情報を突き合わせながら、ちゃんと読み解いていけば重大な事実が見えてくることもある。一歩間違えば、真実と思えたものがただの妄想だったりもするのが怖いところだが」

「スパイとは、もっと重要な機密を盗んだりするものだと思っていた」

「物語よりずっと地味だろう? だが、現実なんてそんなものさ」

 ユベールが肩をすくめると、フェルがうなずいて話題を変える。

「ティエンの拘束の件で、ひとつ気になることがある」

「気になること?」

「ユベールは、アウステラはシャイアとアルメアに対して中立的だと言っていた。今回、急に反シャイア的な政策を打ち出してきた理由はなんだ?」

「その件か。俺も気になって、昨晩ジョンやシェイクに尋ねたんだ。どうやら、つい一ヶ月前に就任した新首相が親アルメアというか、反シャイアを標榜する人物らしい。この点については俺の調査不足、認識不足だった。すまない」

「ユベールが謝ることはない。わたしも知らなかったのだから」

「そう言ってくれると助かるよ」


 世界中を飛び回る関係上、国際情勢のニュースは可能な限り目を通すようにしているが、一国の首相とその政治信条まで把握していられないのが正直なところだ。その結果が巨額の賞金の取りっぱぐれに繋がったのだから笑えないが。


「まあ、悪いことばかりじゃないさ。少なくとも、アウステラ政府が俺たちをシャイアに売る可能性は減ったんだ。と言うか、そうとでも思わないとやってられん」

「そうだな。頭を切り替えて、次の仕事を探そう」


 新造機のために、金はいくらあっても困らない。先の仕事では整備費や燃料費で赤字を出しているので、仕事探しは喫緊の課題だった。アウステラに留まるか、あるいは別の国に移動するかと相談していると、不意に声をかけられる。


「お食事中に申し訳ありません」


 二人が座るテーブルの前に立ったのは、初夏の汗ばむような陽気の中、スーツに身を包む眼鏡の男性だった。男は愛想笑いを浮かべながら名刺を差し出す。


「このような場所でご挨拶申し上げる無礼をお許しください。私はティエン商会の顧問弁護士、ウィリアム・クレインと申します。飛行士のユベール・ラ=トゥール様とそのお連れの方でいらっしゃいますね?」


 ティエン商会は、ティエン・ホウが経営する会社の名前だ。その顧問弁護士がわざわざユベールを訪ねてくる理由は思い当たらなかった。


「そうだ。俺がユベールで間違いない」

「いや、チェックアウトの前にお会いできてよかった。新聞の不鮮明な写真と名前だけを頼りに探偵の真似事を命じられて、困っていたのですよ」

「ティエンに命じられて俺たちを探していたのか?」

「ええ、その通りです。失礼ながら、お知り合いのフォリナー様からお二人が宿泊なさっているホテルを伺って参りました。どうかご容赦くださいませ」


 おそらくティエンは逮捕時の騒動で、ユベールが会場にいると気付いたのだろう。警官に食ってかかるジョンを止める様子も見ていれば、彼の知り合いであることも予想はつく。優勝者であるジョンのプロフィールは公開されているので、ヒュプノシスを訪ねてジョンから二人の居場所を聞き出したのだろう。


「別に構わないさ。まずはかけてくれ」


 深々と頭を提げるウィリアムに椅子を勧める。恐縮する彼が腰を落ち着けるのを待って、本題へと切りこむ。お互いに世間話をする気分でも状況でもない。


「お互いに暇ではないだろう。用件を聞かせてくれ」

「話が早くて助かります。実は、ティエンはユベール様との面会を望んでおります。もしご迷惑でなければ、ルウィンダ留置場までご足労いただきたいのです」

「ティエンがなぜ俺と?」

 やや意外な内容に驚いて尋ねると、ウィリアムが困ったように眉を寄せる。

「それが、私も詳しい内容を聞かされていないんです。どうもこの件に関してティエンは私を信用していないようで、いえ、私の専門は企業法なので今回のケースではそれが正解なのですが、とにかくユベール様と面会したいの一点張りでして」

 彼が偽りを述べている様子はない。フェルも黙ってうなずいた。

「分かった、会おう。ただし面会するのは俺とフェルの二人だ。それでいいか?」

 ユベールの返答にほっとした表情を浮かべるウィリアム。

「ええ、人数は指定されておりません。車を用意いたしますので、三十分後にホテルまでお迎えに参ります。どうぞよろしくお願いいたします」


 ウィリアムはそう言って頭を下げると、急ぎ足で去っていった。いつの間にか勘定書きが消えていて、フェルと二人で肩をすくめる。


「やれやれ、逃げ道を封じられたな」

「わたしたちのような善人に対して効果的な策だ」

「拘留されているシャイア人との面会か。警察に目を付けられないといいがな」

「せめて儲け話であることを祈ろう」

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