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ハイアットが工場長を解任された翌日。イスタントの駅にはフェルとユベール、ヴィヴィとバートン、パイロットを代表してアンネマリーの姿があった。
「世話になったな、ユベール君。フェル君も、これからよろしく頼むよ」
バートンと握手を交わす。彼はヴィヴィの操縦でアディントン・エアクラフトの本社に戻る前に、わざわざ二人を見送りに来てくれたのだった。
「手紙は受け取ったよ。ユベール君がヴィヴィ君と知り合いだったことにも驚いたが、我が息子アーロンも世話になっていたとはな。君とは縁があるらしい」
「今後ともトゥール・ヴェルヌ航空会社をご贔屓くだされば幸いです。もっとも、今はパイロットばかりで飛行機のない航空会社という有り様ですが」
「その話も聞いたよ。息子の恩人に大した力添えもできず、申し訳ない限りだ」
「いえ、成り行きとは言え、仕事を頂きましたから」
二人の視線を受け止めたアンネマリーが黙ってうなずく。彼女は新たにトゥール・ヴェルヌ航空会社の所属となった三十人のパイロットのまとめ役として、イスタントに残ってくれる。戦争が続く限り、ローカストの輸送業務も続くのだ。
「しかし、よろしかったのですか?」
「何がだね?」
「結果として、アディントン・エアクラフトのパイロットを引き抜く形になってしまったことです。ハイアットは彼女たちを買い叩いて安く使っていました。契約を結び直したことで、かなりのコスト増大に繋がったのではありませんか?」
ユベールの言葉を聞いて、バートンがふっと笑う。
「正直だな、君は。こちらへ来たまえ。煙草でも吸おう」
場所を変えようとする二人にフェルがついていこうとすると、何か言おうとしたバートンに先んじてユベールが言葉を発する。
「こいつは俺の相棒です」
「そうかね。ならば構わんだろう。来たまえ」
ヴィヴィとアンネマリーとは少し離れた場所で、二人が煙草に火を付ける。
「……我が社のみならず、アルメアは今、一人でも多くの飛行機乗りを必要としている。その通りだ。ところでユベール君、この戦争はいつまで続くと思うかね?」
バートンの唐突な切り出しに、ユベールが落ち着いて答える。
「新聞によれば、連合軍はディーツラントの首都に迫っているとか。シャイアがこのまま静観を続けるなら、そう長くは持たないでしょう」
「そう。遠からずディーツラントは降伏する。運良く生き延びた飛行機乗りは、乗機と一緒にアルメアへ戻ってくる。すると、どうなるかね?」
「……仕事にあぶれた飛行機乗りが大量に発生し、軍から払い下げられた航空機が市場に溢れて値崩れを起こす。新造機の需要は極端に落ちこむでしょう」
考えを述べたユベールが、はっとしたような表情を見せる。
「素晴らしい、その通りだ。つまり我々航空機メーカは、確実に存在する戦勝という名の崖に向かって目隠しをしたまま突っ走っているに等しいのだよ」
戦争に勝った先に待ち受ける大不況。バートンの言葉は確信と説得力に満ちていて、思ってもみなかった考え方にただ驚かされた。彼は淡々と続ける。
「私はアディントン・エアクラフトの従業員の生活を守るため、戦争に勝ったその先に備えなければならない。多過ぎるパイロットは会社にとって負債となるリスクに他ならない。本来、我々は航空機メーカであって航空会社ではないのだからな」
航空機の設計や開発、量産を行う製造会社と、完成した飛行機を運用して旅客や貨物の輸送を行う航空会社。ローカストの輸送業務は、あくまで戦時中の応急処置であり、本業ではないというのがバートンの認識なのだろう。
「いつでも契約を切れる外部委託に切り替えるのもリスクヘッジの一環だと」
「有り体に言えば、そういうことだ」
トゥール・ヴェルヌ航空会社に転職したパイロットたちの多くは、給与面など待遇がよくなることを喜んでいる。一方のバートンは、表向きにはパイロットの引き抜きと再契約を許容する寛大さを見せつつ、穏やかな笑みの裏では将来を考えた冷徹な判断を下していた。今後、ローカストの需要が縮小して輸送業務がなくなり、彼女たちの仕事がなくなったとしても、それはアディントン・エアクラフトの問題ではなく、トゥール・ヴェルヌ航空会社の問題となるのだ。
「君たちをアーロンの友人と見こんでの忠告と受け取ってくれたまえ。彼女たちの処遇については、今からよく考えておくことだ」
バートンはユベールの肩を軽く叩くと、気負わない足取りでヴィヴィたちの元へ戻っていく。その背中は、一代でアディントン・エアクラフトを一流の航空機メーカーへと押し上げた敏腕な経営者のそれだった。
「ユベール」
「大丈夫さ。抱えちまったものは何とかするよ」
脳天気に手を振るヴィヴィと明るい表情のアンネマリーが、二人を呼んでいた。
第七話「彼女の戦場は空に在りて」Fin.




