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ユベールの操縦する中型輸送機と、その後ろについて飛ぶローカストの編隊は日に日に数を増やしていった。それはストライキに参加し続ける人間が減っていることを意味する。半分を切ったら残りをクビにするというハイアットの宣言もあり、どこかで一気に加速するだろうとユベールが予測していた。
事態の変化を受け、ヴィヴィとも改めて話し合った。従業員の間に遺恨を残す工場長のやり方には賛同できない、というのが共通の見解だった。事態を収束に向かわせるため、彼女は一度イスタントを離れている。
ストに参加する人間が半分を切ったのは、イスタントを訪れてからちょうど一週間が経った日だった。その日、ハイアットは仕事を終えたパイロットたちを集めると、全員を引き連れてアンネマリーたちが拠点とする格納庫へ向かった。
「愚かで無意味な抵抗を続ける貴様たちに告げる」
すっかり数を減らしたスト勢力と対峙し、満足げにハイアットが言う。
「会社に損害を与えるのみならず、自由と平和を守るための祖国の戦いをも妨害する貴様たちは社会に必要とされていないクズどもだ。宣言した通り、本日をもって貴様らをクビにする。文句があるなら法廷闘争でも何でもするといい」
解雇を宣言されたアンネマリーたちだが、彼女たちは小揺るぎもしなかった。むしろ余裕の笑みさえ浮かべているのを見て、ハイアットが不審げな表情になる。
「やせ我慢か? それともすぐに次の仕事が見つかるとでも? いいか、貴様たちクズにはもうイスタントに居場所などないと思い知るがいい。再就職などしてみろ。たちどころに手を回して、すぐクビになるよう仕向けてやるからな。改心したところで手遅れだ。泥水にひざまずいて許しを請うなら考えてやらんでもないが」
「いいえ、そうはならないわ。許しを請うのは貴方よ、ハイアット」
アンネマリーの言葉の、ハイアットがせせら笑う。
「私が? おもしろい冗談だな。だがすまないな。この工場は関係者以外立ち入り禁止なんだ。私物をまとめて、三十分以内に出ていってもらおう」
「本当にいいのね? 戻ってきてくれと懇願する羽目になっても知らないわよ」
あくまで余裕の態度を崩さないアンネマリーに、とうとうハイアットが激高する。
「くどい! 今さら妙な揺さぶりをかけたところで私の態度が変わると思ったら大間違いだ。一刻も早く私の工場から立ち去りたまえ」
「そうまで言うなら仕方ないわ。実は、次の就職はもう決まってるの。人が足りないから、すぐにでも来てくれって頼まれているのよ」
「ほう、どこの会社だ。いや、言わなくてもいい。探偵を雇って捜し当てるからな。辞めれば済むなどと、生易しい考えを持っているなら後悔させてやる」
「ちょっといいかな、ハイアットさん」
予想と違うアンネマリーの態度に憤激するハイアットに、ユベールが声をかける。
「なんだ。お前たちは黙って私に従っていれば……なんだこれは」
ユベールが差し出した紙束に、不審の目が向けられる。
「辞表ですよ。俺を含め、パイロット全員分の辞表がここにある」
「……笑えない冗談だ。今すぐその紙クズを破り捨てろ」
辞表を突き出すユベールと、受け取ろうとしないハイアット。膠着するかと思われた状況を打開したのは、威厳のあるバリトンの一声だった。
「その辞表、僕が受け取ろう」
「誰だ、貴様……は……」
ハイアットの声が尻すぼみになって消える。ハンチングの下から覗く鋭い眼光、貫禄のある立ち姿の中年男性の横には、親指を立てるヴィヴィの姿もあった。
「ふむ、見覚えのない顔も多いようだ。こんにちは、そして初めまして、親愛なる従業員の皆さん。僕はバートン・アディントン。分かりやすく言えば、君たちの務めるアディントン・エアクラフトの社長、ということになる」
愛想のいい笑みを浮かべて自己紹介をしたバートンは、硬直するハイアットに向き直ると一転して厳しい経営者の表情となる。
「ハイアット君。この状況について説明したまえ」
「はっ、その……一部の身勝手なパイロットが待遇に不満を訴えて強硬なストを実施したため、こちらとしてはやむなく解雇の判断を下さざるを得ず……ですが残ったパイロットに加え、新たに増員も図って、早急に出荷計画の遅れを取り戻すべく尽力している最中でして、もう一か月、いえ一週間いただければ……」
「尽力とは、不調のパイロットを無理に飛ばせて危うく殺しかけることかね?」
必死に弁明するハイアットを、バートンが切って捨てる。
「ヴィヴィ君の調査で大方の事情は把握している。それから忘れているようだが、君の配下のパイロットはつい先ほど、全員が辞表を出したのではなかったかね。それでどうやって出荷の遅れを取り戻すつもりなのか、教えてもらおうじゃないか」
「それは……おい、ユベール。貴様どういうつもりだ。賃金に不満があるなら言え。馬鹿なことを考えていないで、さっさと辞表を撤回するんだ」
押し殺した声で詰め寄るハイアットに、ユベールが肩をすくめて応じる。
「できない相談ですな。彼女たちは全員、我がトゥール・ヴェルヌ航空会社への転職が決まっています。航空機の輸送でしたら、仕事の依頼として承りましょう」
最後までストライキを続けたアンネマリーたちはもちろん、一度は会社側についたパイロットたちもハイアットの横暴なやり口に不満があるという点では同様だった。ユベールとフェルによる説得工作はスムーズに進み、ストライキのきっかけであり、怪我で休業中のアネットも含めた三十人のパイロットは全員がトゥール・ヴェルヌ航空会社への転職を快く承諾してくれた。
「な……独立だと? 馬鹿な、上手くいくとでも思っているのか」
吐き捨てるハイアットに、バートンが応じる。
「ユベール君と言ったね。よろしい。我が社と契約を結ぼう」
バートンの言葉に、ハイアットが愕然とする。
「社長! 本気ですか? 彼らは我が社のパイロットを丸ごと引き抜いたのですよ。その上で契約を結び直そうなどと、そんな虫のいい話が……」
「では、明日までに必要な技量を備えた飛行機乗りを三十人、揃えたまえ」
絶句し、うなだれるハイアット。ただでさえ飛行機乗りが不足している現状、たった半日で三十人ものパイロットを集めるのは不可能だった。
「……ハイアット君、息子さんのことは聞いたよ。電信技師として軍に志願したそうだね。親として、心労は察するに余りあるよ。しかし、彼の後任が女性だったことは、技術を持つ女性労働者を不当に差別する理由にはならない。理解できるね?」
「私は……そのような……」
力なく言うハイアットに、バートンが首を振る。
「残念だが、今の君にはイスタント工場を任せられない。君の故郷、ノースゲートに営業所長の席を用意した。そこでしばらく頭を冷やしたまえ」
ノースゲートは北方の田舎町で、営業所と言っても数人規模の小所帯のはずだ。誰が見ても明白な左遷に、ハイアットが悄然とうなだれた。




