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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第七話 彼女の戦場は空に在りて
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7-4

「こっちも生活がかかってるんでね。理由も分からないまま、素直に引き下がるわけにもいかない。事情くらい説明してくれてもいいんじゃないか?」


 ユベールの言葉を受けて、リーダー格の女がフェルを見る。この年齢差と容姿では、恋人とも親子とも見られないだろう。訳ありの関係だと思われたのか、微妙な憐憫の混じった視線を向けられるのに黙って耐える。


「……そうね、いいでしょう。中へ入って」

 格納庫に案内されて驚く。人数の多さもそうだが、大半が女性だったからだ。

「女ばかりで驚いた? あ、言葉は分かるのかしら?」

 フェルがうなずくと、女が続ける。

「この工場の飛行機乗りは女しかいないの。整備士は半々ってところかしら」

「なるほど、手は足りているというのはそういう意味か」


 日常の足として飛行機が生活に密着したアルメアならではの光景と言えるだろう。危険の少ない輸送業務などに女性を就ければ、男性を前線に振り向けられる。


「アンネマリー・ローズよ。さっきはいきなり脅して悪かったわ」

 謝罪するアンネマリーと握手を交わし、自己紹介を済ませる。

「それで? まさか男と一緒に飛ぶのが嫌だって訳じゃないんだろう?」

 ユベールが言うと、アンネマリーが首を振る。

「私たちはストライキ中なの。だから貴方にも飛んで欲しくないのよ」

「ストライキね。実際にドンパチやってるのは海の向こうとはいえ、アルメアは戦争中だ。それなりの理由はあるんだろう? 聞かせてくれないか」

「もちろんよ。私たちはもうあの工場長……ハイアットの指示では飛ばない」

 アンネマリーが宣言すると、周囲から同調の声が上がる。

「貴方の言う通り、今は戦争中よ。だから私たちもあの男の差別的な発言やアルメアを端から端まで往復する過酷な長距離飛行、一向に上がらない安月給にだって我慢してきた。けど、あれだけは許せない。許してはいけないのよ」

 口調に怒りを滲ませ、アンネマリーが続ける。

「五日前のことよ。同僚のアネットは、前日に子供が熱を出して一睡もしてなかったの。本人も熱っぽかったし、どう見ても飛べる状態じゃなかった。けど、ハイアットはそんなアネットにネチネチと嫌みを言って、本人の口から飛べるって言うよう仕向けたの。結果、離陸した直後に墜落。機体は大破して、本人も足を折った」

「酷い話だな」

「本当に酷いのはその先よ。ハイアットはあろうことか、全ての責任をアネットに被せて、彼女に賠償金を請求したの。そんなの、払えるわけがないでしょう?」


 ローカストは軽飛行機クリケットの派生型で安価だが、それでも給料から気軽に賠償できるような額ではない。足を折ってしばらく働けないとなればなおさらだ。


「ユベール、彼女たちは正しい」

「ああ、そうだな。大体の事情も把握できた」

 二人のやり取りに、アンネマリーが首をかしげる。

「もしかして貴方たち、私たちに協力してくれるの?」

「その必要はないよ」

 疑問を呈するアンネマリーを遮って割りこんできたのは、ヴィヴィだった。

「話は聞かせてもらった。ハイアットの横暴、ぼくから本社に報告するよ」



「どうしてああなるかな、もう」


 その晩のことだ。ユベールとフェルから報告を受けたヴィヴィは、食べ終えた食器の並ぶダイナーのテーブルに肘をついて愚痴をこぼす。


 ただ報告を待つのに飽きた彼女は、工場に侵入して内情を探っていたらしい。フェンスで区切られているわけではないので侵入は容易とはいえ、大胆にも程がある。


「そもそもお前が出てきたら、俺たちを雇った意味がなくなるだろうが」

 呆れたようなユベールの声に、頬を膨らませるヴィヴィ。

「だって、あそこで登場した方が格好いいだろ?」

「だってじゃねえよ。お前、アンネマリーたちに全然信用されてないじゃないか」


 格納庫に姿を現したヴィヴィに向けられたのは、警戒の視線だった。アンネマリーたちの会社への不信は強く、タイミングよく現れて救いの手を差し伸べるヴィヴィは内部の結束を切り崩すための差し金として受け取られてしまったのだ。


「ちょっとくらいフォローしてくれてもいいのに」

「失敗したら俺たちまで同類扱いされて、ストの内情が分からなくなるだろう」

「あ、じゃあまだ協力してくれるんだ」

「仕事だからな。今週一杯は協力してやる」

「その先は?」

「お前がなんとかしろよ。仕事だろ」

「冷たいなあ」

「強引に巻きこんでおいて言う台詞かよ」

 ユベールの言葉には遠慮がない。それが少しだけ羨ましい。

「彼女たちを工場まで送り返してたのはヴィヴィだろ。会話とかなかったのか?」

「アドバイスはしたよ。みんな着陸が下手だし、燃料もやたら食ってるしさあ」

「自家用機をちょっと乗り回してた人間を相手に無茶言うなよ。燃料消費が多いって言っても、一滴を惜しんで長距離飛行記録に挑戦してるわけじゃないんだぞ?」


 彼女の操縦する機内で交わされた会話が目に浮かぶようだった。容赦ない指摘を入れるヴィヴィと、内心で反発しながら聞いているアンネマリーたち。


「アネットと言ったか。最後に飛んだ時は一人少ないことにも気付かなかったのか」

「えっ、乗客の数とか興味ないし、全員乗ったって言うから」

 つまり、普段よりも一人少ないことには気付いていなかったらしい。

「ヴィヴィ、アディントン・エアクラフトは保険に入っていないのか?」

 アンネマリーの話を聞いたとき思い浮かんだ疑問を口にする。

「それだよ。仕事中に事故って大破した飛行機を弁償なんて、本人によっぽど酷い過失がなけりゃあり得ないだろ?」

「どうだろう。入ってると思うけど、機体の大破はもちろん、ストが起きてるって報告も本社に上がってきてないし、これって工場長が情報を止めてるってことだよね。まさか予算をケチって入ってなかったりして」

「もしそうなら事故やストを伏せてもみ消そうとしている説明もつくか」

「うーん、社長に聞いてみないと分かんないよね。明日電話してみるよ」

「ところでヴィヴィ、アディントン・エアクラフトの社長とはずいぶん懇意にしてるんだな。こんな案件を任されたり、電話一本で俺たちを雇ったり」

「社長はやたらぼくを気に入ってるみたいで、オフシーズンで暇ならどうだって出向の話をくれたのも彼なんだよ。給料がいいから、ついオッケーしちゃった」

 煙草に火を付けたヴィヴィがにやりと笑う。

「あれ? 嫉妬してるの?」

「馬鹿言えよ。仕事の伝手で、社長の息子と知り合ってな。手紙を預かってるから、機を見て繋いでもらおうかと思っただけだよ」

「ふーん、覚えとくよ」

 気のない返事を返すヴィヴィ。興味がないのがありありと伝わってくる。

「……とにかく、内情の調査は続ける。一応これでも仕事だからな」

「わたしたちはどう動くんだ?」

「アンネマリーたちには同情するが、彼女たちの事情は把握した。今度は俺かヴィヴィが工場長の事情を探りたいところだが」

 ユベールが視線を向けると、ヴィヴィが迷いなく首を振る。

「ぼくは腹芸とかできないから、よろしくね」

「俺と会わなかったらどうする気だったんだ、お前……」



 朝が早かったから、と眠そうなヴィヴィを見送り、コーヒーを追加で二杯頼んだ。熱くて苦いそれは、少なくとも目を覚ますのには役立ちそうだった。


「フェル、お前は明日からどうする?」

「どう、とは?」

「あの工場長に取り入るなら、俺だけでいい。イスタントはそう見所の多い街じゃないが、治安はいい。休暇も兼ねて一人で観光しててもいいぞ」

「わたしだけ遊んでいるわけにはいかない」

「遊んでていいんだぞ。実際、お前は働き過ぎだ」

「でも……」

 言い募ろうとするフェルを、ユベールが遮る。

「あの工場長、フェルを無視していただろう? はっきり言うと、工場長に近づくためにはお前がいると邪魔なんだ。すまないが今回は我慢してくれ、相棒」

「……了解した」


 邪険にされたとは思わなかった。相棒だからこそ、忌憚のない意見を伝えてくれているのだと信じられた。その上で、自分の考えを言葉にする。


「ヴィヴィが言っていた。彼女たちの飛行は燃料消費が激しいと」

 ユベールは黙ってうなずき、続きを促す。

「わたしは航法士だ。効率的なルートを選定し、風を読んで飛べる。その価値を示せば、工場長の考えを変えられるのではないだろうか」

 フェルの言葉を検討するように、ユベールが目を閉じる。

「……航法士の価値は、編隊を組んだとき最大限に発揮される。あの工場長がアンネマリーたちを使わず、新しく飛行機乗りを集める気なら、売りこみも不可能ではない、か。だがな、目的を忘れるなよ、フェル。俺たちはここに長居する気はない。アンネマリーたちは気の毒だが、あくまで他人事であることを忘れるなよ」

「了解している」

「売りこみもやってはみるが、工場長が難色を示したら深追いはしない。その場合、お前は宿に戻って休暇を取る。その条件でいいな?」

「了解した。ありがとう、ユベール」

 航法士として、きちんと意見を述べられた。

 そのことが、無性に嬉しかった。

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