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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第七話 彼女の戦場は空に在りて
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7-3

 ヴィヴィの言い分はこうだった。


「どうも工場でトラブルが起きてるのを隠してるっぽいから、飛行機じゃなくて列車と徒歩で不意打ちしようと思ってたんだけど、よく考えたら、ぼくは工場の人間に面が割れてるんだよね。君たちに会えたのは渡りに船だったよ。飛行機を操縦できるならすぐに雇ってもらえるはずだから、内部を偵察してきてくれないかな」


 聞けば、給水で停車した隙に電話でアディントン・エアクラフトの社長と話を付け、二人を雇う許可を取り付けたらしい。傍若無人、電光石火の振る舞いだった。


「昔から直感で生きてるからな、あいつは」

「よかったのか?」

 目的地のイスタントに着き、すでにヴィヴィとは別行動を取っている。フェルが投げた曖昧な質問に、ユベールが答える。

「この仕事を請けたことか? まあ、長くても数日のロスだからな」

「それもあるが、ユベールはヴィヴィと結婚していたんだろう?」

「気まずくないのかって? とは言っても、あいつはああいうやつだしな」


 確かに、ヴィヴィは憎めない人物だった。強引に仕事を押し付けられたのに、話している内にいつの間にか納得させられてしまっていた。


「ユベールがいいなら、構わない。ただ、ひとつだけ聞きたい」

 彼女の前では口にできなかった問いだ。

「なぜ、わたしの名前をフェル・ヴェルヌにした?」

 聞かれることを予期していたのだろう。ユベールが気まずそうに目をそらす。

「ちゃんと答えて欲しい」

「あー、その、あの時は名前を考える時間がなかっただろ? ヴェールニェーバとヴェルヌ。響きも似てたし、ふっと思い浮かんだんだよ。だから……」

『だから、昔の女の名前を付けて、その後も訂正しなかったと? 余りにデリカシーに欠ける振る舞いなのではありませんか、ユベール?』

「悪かったよ……けど、訂正しようがないだろう、そんなの」

『それはそれとして、貴方はきちんと謝罪するべきです』

 並んで歩くユベールの横腹に肘を入れて、こちらへ向き直らせる。

「……申し訳ありませんでした」

 頭を下げるユベールを見て、少しだけ溜飲を下げる。

「忘れちゃいないだろうが、お前さんは表向きには行方不明の要人だ。ヴェールニェーバを名乗るのは難しいだろうが、改めて好きに名乗ればいいさ」

 ユベールの言葉にうなずき、それから予め決めていた言葉を口にする。

「では、これからもフェル・ヴェルヌと名乗ることにしよう」

「……自分で選んだ結果がそれなら、好きにすればいいさ」

 満足げに言うフェルを見て、ユベールは変な顔をしつつもそう言うのだった。



 イスタントの街を歩いていると、アディントン・エアクラフトの求人ポスターが目に入った。軽飛行機の操縦経験者を対象としたもので、飛行機を操縦する女性が描かれている。私たちの戦場がここにある、というコピーも添えられていた。


「ヴィヴィの話じゃ、人は足りてるって話だったがな」

「その話だが、アルメアでは飛行機乗りが不足しているのではなかったか?」

「製造した飛行機の輸送や新兵の訓練にも人は要るから、全員が戦場へ向かったわけじゃない。特にローカストは軍用機だし、優先的に人を回されててもおかしくない。本人が戦場で飛ぶことを望んでも、希望通りに行かなかったりもするしな」

「そういうものか」

「ともかく、俺たちは仕事を探してる体で工場に入って状況を確認。ヴィヴィに報告したらそれで終わりだ。原因を突き止めろと言われたわけじゃないから、無理する必要はない。そこから先、どうやって解決するかはあいつの仕事だ」

「了解した」


 タクシーを拾って、行き先を告げる。アディントン・エアクラフトのイスタント工場は郊外にあり、飛行場も併設された中規模の工場だった。門衛に来訪の目的を告げると、そのまま応接室に通される。簡素な作りを派手な調度で取り繕った、ちぐはぐな印象の部屋だった。しばらく待つと、スーツ姿の中年が入ってくる。


「工場長のハイアットだ」

「初めまして。操縦士のユベール=ラ・トゥールです」

「航法士のフェル・ヴェルヌだ」


 ユベールと握手を交わしたハイアットは、フェルにはちらりと視線をよこしただけだった。あからさまに軽んじる態度にむっとするものの、表面には出さない。


「勘違いのないよう最初に言っておくが、こちらが欲しいのは操縦士だけだ。ユベールと言ったか。給料は一人分しか出さないから、そのつもりでいたまえ」

「承知しております」

 高圧的なハイアットに対して、ユベールはにこやかな態度を崩さない。

「パスポートはあるかね? 敵国のスパイや不法移民ではないと証明したまえ」

 差し出しされたパスポートを検めたハイアットが、鼻息を漏らす。

「ユベール。誇りあるアルメア人としての君にひとつ尋ねたいのだが、その飛行技術を祖国のために活かす気はないのかね? 我らが同胞が今この瞬間も血を流す戦場で、国家への忠誠を示したいとは思わないのかという意味だが」

「この国に徴兵制が敷かれたというニュースは耳にしていませんが」


 ハイアットの嫌みを平然と受け流すユベールだが、フェルは思わず彼の横顔を見上げていた。彼がアルメア国籍だというのは初耳だったからだ。


「……まあ、よかろう。人手が足りんのも事実だ。明日から働いてもらう」

 話は終わりだと言いたげに立ち上がったハイアットが、付け加えるように言う。

「経験を考慮して、君には他の者より高い給料を出すよう指示しておく。くれぐれも誘惑や脅迫には屈さず、職務に忠実であることを望む。私からは以上だ」


 それだけ言うと、ハイアットは不機嫌な様子で退室していった。言葉の意図が読み取れず、ユベールと顔を見合わせる。入れ替わりで事務員が入室したため話し合うのは後回しにして、まずは雇用契約を済ませて格納庫まで案内してもらう。


「事務員さん、飛行機の輸送って話は聞いたが、詳細は誰に聞けばいいんだ?」

 ユベールが歩きながら尋ねると、ぼそぼそとした声が返ってくる。

「私はただの事務員なので、なんとも……」

「俺以外のパイロットは仕事中か? 戻ってきたら会いたいんだが」

「さあ、私は知りません」

 まともに話してくれる気はないようだった。格納庫が見えてくると、あれがそうだと指差して早々に踵を返してしまう。仕方がないので二人で歩き出す。

「ユベール、ハイアットの言葉だが」

 事務員が離れるのを待って、ユベールに話しかける。

「誘惑と脅迫か。いくつか可能性は思いつくが、予断は禁物だな」

「それもあるが、ユベールはアルメア人だったのか?」

「国籍はな。生まれはユーシヤだよ」

「ユーシヤ?」

 聞き覚えのない国名だった。

「シャイアに委任統治されている小国だ。聞き覚えがなくて当然だ」

 特に感情のこもらない淡々とした語調に、どう返せばいいのか分からなかった。

「それよりフェル、気付いてるか?」

「……完成した飛行機が、シートもかけないまま野晒しになっている」

 遠目にも真新しい飛行機が、格納庫の側に何機も停められていた。話題の切り替えは、それ以上詮索するなという意思表示とも取れた。

「生産ラインは問題なく稼働してるってことだな。滑走路も見たところ問題ない」

「やはりパイロットが足りないのか?」

「頭数が足りないだけなら、一機も飛んでこないのは妙だな」

「つまり、飛べないのではなく、飛ばないのか?」

「その可能性は高いな」


 二人が話をしながら格納庫に近づくと、中から数人が姿を現す。手には工具。何やら不穏な雰囲気を漂わせて二人を睨みつけるのは、全員が女性だった。


「貴方、工場長に雇われた飛行機乗りでしょう?」

 敵意を隠そうともしない態度。前に出ようとして、ユベールに制された。

「そうだが……工具を構えて取り囲むとは、穏やかじゃないな」

「このまま大人しくイスタントを立ち去って。そうすれば危害は加えない」

 リーダー格らしいブロンドの女が、そう言い放った。

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