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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第七話 彼女の戦場は空に在りて
42/99

7-2

「冗談はよせよ、ヴィヴィ。それにしても、こんな場所で会うとは思わなかったぞ。列車の旅なんて、似合わないことをしてるな」


 きつい冗談をあっさりと受け流すユベールに、ヴィヴィと呼ばれた女性が肩をすくめる。遠慮のない言葉は、二人の付き合いが深いものであることを伺わせた。


「ぼくは仕事中だよ。そういうユベールこそ、列車になんて乗ってどうしたんだよ。ペトレールはオーバーホールでもしてるのかい?」

 ごく自然に向かいの席に陣取るヴィヴィに対して、ユベールが頭を下げる。

「お前に隠しても仕方ないな。すまん、ペトレールは壊しちまった」

「……ふうん、そっか。壊れたんだ」

 淡々とした語調に惜別を滲ませ、ヴィヴィが言う。

『ユベール、彼女は誰なのですか?』

 二人の間に漂う親密な空気に、思わずルーシャ語で尋ねてしまった。そんなフェルに怪訝そうな顔をするユベールが答える前に、ヴィヴィが言う。

「ぼくはヴィヴィエーヌ・ヴェルヌ。ユベールの元相棒だよ」


 ヴェルヌ。そして元相棒。衝撃的な単語に思わず振り向いてしまった後で、その挙動で自分が共通語を理解していること、その上でルーシャ語を口にしたことが相手にも知られてしまったと察するも、後の祭りだった。


 共通語が使えるのに、あえてこの場面でルーシャ語を使う意図などいくつもない。フェルが、ユベールにだけ聞かせるつもりでルーシャ語を口にしたことは、ヴィヴィにも伝わってしまっただろう。羞恥に顔が熱くなり、思わず顔を伏せる。


「あー、ユベール? ぼくは何か失礼なことを言ってしまったかな」

「いや、いきなり話しかけられて驚いただけだろう。フェル、お前どうかしたのか?こいつはヴィヴィ。昔、俺と組んで仕事していた腕利きの飛行機乗りだよ。そうそう、俺の下手くそなルーシャ語はこいつに習ったんだ」

 脳天気な発言をするユベールに少しだけ腹が立った。

『わたしの名はフェル……フェルリーヤ・ヴェールニェーバと申します。航法士として、彼の相棒を務めております。ごきげんよう、ヴィヴィエーヌさん』


 最初にルーシャ語を口にした手前、退くに退けなくなってしまった。そのままルーシャ語で続けてしまい、自分の器の小ささに自己嫌悪へと陥る。一方のヴィヴィはそれを気にした風もなく、屈託のない笑顔を浮かべて言う。


「ヴィヴィって呼んでよ、フェルリーヤ」

『では、わたしのこともフェル、と』

「君と知り合えて嬉しいよ。よろしく、フェル」


 差し出された手や言葉から隔意や悪意は感じられず、彼女は純粋な親愛の情から握手を求めているのだと伝わってきた。これ以上は意地を張っても恥の上塗りになるだけだと悟って、深呼吸をひとつしてから共通語に切り替える。


「わたしもだ。よろしく、ヴィヴィ」



 自然な流れで向かいの席に腰を落ち着けたヴィヴィに頼まれ、ペトレールを失うに至った顛末をユベールが語った。もちろん、魔法については伏せる。幸い、ヴィヴィの興味はもっぱらペトレールへと向かい、深く追求されることはなかった。


「そっか。引き揚げてレストアも難しいとなると、諦めるしかないね。で、次はどんな飛行機にするの? よかったら計画を聞かせてよ」

「時間も惜しいし、艇体の基本設計はそのままでいくつもりだが、エンジンは今のまま単発でいくか、双発にするか悩んでる。ヴィヴィはどう思う?」

「ペトレールのストームⅥエンジンが九百馬力だったよね。エンジンの小型化も進んでるけど、これより大馬力のエンジンを積もうとすると流石に径が厳しいんじゃないかな。トルクもきつくなるから、今以上に離水が難しくなるよ」

「となると、双発か。手頃なエンジンが見つかるといいけどな」

「それなら……おっと、これは言っちゃダメだった」

「開発中の新型エンジンでもあるのか? 心配しなくても、信頼性と燃費を度外視したレース用エンジンなんて頼まれても積まないさ」


 息の合ったやり取りに、口を挟む隙がなかった。ペトレールが墜ちたと聞いて、すぐに次の機体へと話題が移るのを見ても、ヴィヴィがユベールと同じ飛行機乗りという人種であることは明らかだった。そのことに、少し寂しさを覚える。


「レースと言えば、オフシーズンとはいえこんなところで油売ってていいのか?」

「それそれ。あの設計屋ども、試験機で無茶な操縦するなとか、感覚的な表現じゃなくて具体的に説明しろとか、うるさいったらないんだよ。挙句の果てに、お前はテスパイに向いてないから、最終調整の段階まで帰ってくるなって」

「テスパイ?」

 耳慣れない言葉に疑問の声を上げると、ユベールが答えてくれる。

「テストパイロット。試作機で各種テストを行って不具合を洗い出す、命知らずの飛行機乗りだよ。ヴィヴィみたいなレーサーを兼ねてる場合も多いな」

「レースということは、スピードを競うのか?」

 今度はヴィヴィが答えてくれた。

「レースによるね。単純に最高速度を競うレースもあるし、航続距離で勝負したり、射撃の正確さも評価に加えたり。ぼくの参加するシュナイデル・トロフィーは水上機限定の国際大会で、三百キロを飛んで平均時速を競うんだ」

「ヴィヴィはアルメア代表なのか?」

 フェルの問いに、ヴィヴィが軽く首を振る。

「アルメアっていうか、航空機メーカの代表だね。世界最速の水上機を決めるために、国同士はもちろん、国内のメーカ同士も火花を散らすんだよ」

「近年は陸上機に対する水上機の優位性が揺らぎ、開発費も高騰したことで参加メーカは徐々に絞られて、実質的に国同士の代理戦争の様相を帯びていたけどな」

 余りにシンプルなヴィヴィの説明に、ユベールが補足を入れる。

「そもそも、今年は開催できるのか? 参加できる余力のある国なんて、最初から不参加のシャイアを除けば、アルメアくらいだぞ」

「そこなんだよね。開催費が集まるかも怪しいって噂になってる。どう、ユベールもスポンサーになってみない? カーライト社の機体に社名が載るよ」

「冗談だろ。そんな金があるなら自分の機体に注ぎこむさ」

「だよね。ぼくだってそうする」

 会話が一区切りついたところで、元の話題に戻る。

「で、ぼくがここにいる理由なんだけど、一言で表せば工場の視察だね」

「工場って、カーライト社のか?」

「ううん、アディントン・エアクラフトのイスタント工場だよ。社長さんに請われて、一時的に出向してるんだ。ぼくのファンなんだって」


 イスタントの地名はパンフレットで見覚えがあった。大陸横断鉄道の東端、この列車が目指す終着駅の名前で、北央海に面する都市だ。


「イスタント工場ではローカストを生産してるんだけど、エングランドやケルティシュに送るために、まず西部の港まで持っていく必要があるわけ。けど陸送なんてしてたら需要に追いつかない。だから一機ずつ飛ばして、西部の輸出港まで運んでるんだけど、そうするとパイロットたちの帰りの足がなくなるだろう? 列車で戻るんじゃ間に合わないから、ぼくが輸送機でまとめて送り返してるんだ」

「それが工場の視察とどう繋がるんだ?」

「まあ聞きなよ。三日前、いつも通りローカストの編隊が飛んでくるのをぼくは待ってたんだ。ところが、いつまで経っても姿を現さない。まさか悪天候に見舞われて全機墜落したかと思って工場に連絡を入れたら、ちょっとしたトラブルで出荷が遅れているという。それだけならさして珍しい話でもないけど、それから三日経ってなお一機のローカストも送られてこないんだ。兵站部の中尉は大激怒だよ」

「工場はなんて言ってるんだ」

「機材のトラブルで出荷が遅れる、の一点張りさ。再開の見通しを聞いてもはぐらかされちゃうし、これはもう直接乗りこんで状況を確認するしかないだろう」

「ふうん……大変だな。ま、がんばれよ」

 冷めたコーヒーをすすって、ユベールが言う。

「なんだよ、他人事みたいに。もうちょっと親身になってくれてもいいだろう」

「実際、他人事だからな」


 ユベールがそう言った瞬間、列車が制動をかける。どこかの駅に着いたらしい。機嫌を損ねて頬を膨らませていたヴィヴィは、急に笑みを浮かべて席を立った。


「給水みたいだね。ぼくはちょっと席を外すよ」

 しばらくして列車が動き出すと、戻ってきたヴィヴィが言い放った。

「どうせ暇なんだろ? 君たち二人を臨時雇いにしたから、よろしくね」

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