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本当に大変なのは、その後だった。洪水が収まり、泥濘に埋まるような状態のペトレールから使える物資を回収。サンディの馬に積めるだけの物資を積んでから、ペースキャンプを目指して移動を開始した。
モルハ国立公園の広大さは嫌というほど実感させられた。パークレンジャーであるサンディの助けがなかったら、ユベールを含めた三人は飢えか渇きで死んでいただろう。食料も飲料水も、その確保は彼が主導し、ユベールがそれを補佐する形で行われた。フェルとアーロンは移動するだけで精一杯だったからだ。
溢れ出た大量の水は余すところなく大地に吸収され、思わぬ恵みを受けた動植物は洪水の後だというのに活発に活動していた。至る所で芽吹いた緑を食む草食動物と、それを狩る肉食動物の姿も見られた。
一か月かけてベースキャンプへの帰還を果たした頃には、フェルとアーロンは動ける状態ではなくなっていた。食べ物と水を腹にたっぷり詰めこんで泥のように眠る二人を休ませ、ユベールとサンディも久々の柔らかい寝床で身体を休める。
無事に帰還を済ませ、気がかりなのは魔法を止めた湖上塔のその後だった。ペトレールの状態確認も兼ねて、数日ほど休んで元気を取り戻したフェルと一緒にローカストで偵察に向かう。魔法についてはフェルでなければ観測できないのはもちろん、責任を感じてずっと塞ぎこんでいる彼女を連れ出してやりたかった。
モルハ空港を飛び立ってすぐ、異変に気付く。
「これは……全て花なのか?」
「……すごい」
広大な原野が、全て花に埋め尽くされていた。緑を下地に咲き乱れる七色の花弁が、赤茶けた大地を鮮やかに彩る。地平線まで続く花の絨毯は、圧巻の光景だった。
「フェル、写真に撮っておけよ」
「了解した」
スーパーブルーム現象。ユベールの報告を聞いたアーロンはそう説明してくれた。大規模な干ばつが続いた後、大量の水が供給されることで休眠状態になっていた種が芽吹き、一斉に花が咲くのだそうだ。洪水がもたらした思わぬ副産物だった。
高度を下げて花畑の遊覧飛行を楽しんだ後、目的地であるカルデラ湖へ向かう。溶岩が冷え固まってできた岩と、そこに堆積する泥濘の中にペトレールは沈んでいた。回収と修理には莫大な費用を要すると考えられ、現実的ではない。残念だが、やはり放棄するしかないとの判断を下さざるを得ない。
「フェル。塔の方はどうだ」
「異常はない。魔力を含んだ水もほとんど流れ出て、残留する魔力はわずかだ」
「了解だ。写真に撮ったら帰るぞ」
「ユベール、ペトレールはどうするんだ?」
「手の打ちようがないな。このままにしておくしかないだろう」
「どうしてもか?」
「残念だが、諦めるしかない。運び出すには莫大な金が必要だし、修理できるかどうかも分からないからな。新たに建造するか、中古を入手するかは検討中だ」
「……了解した。ペトレールの写真も撮っていいだろうか」
「ああ、頼むよ」
「ペトレール。きみがわたしを空へ連れ出してくれた。ありがとう、さようなら」
ローカストの狭い機内に、シャッターの落ちる小さな音が響いた。
*
ベースキャンプに戻って、アーロンに報告を済ませる。サンディの姿はなかった。
「サンディなら、洪水が生態に与えた影響を確認するために遠征に出ているよ。一週間は帰らないんじゃないかな。君たちによろしくって言っていたよ」
「そうか。残念だな」
あっさりしたところは、サンディらしいとも言えた。
「君たちも、もう行くんだよね」
「ああ。そうするつもりだ」
三か月の契約期間も残りわずか。アーロンはユベールたちの業績を高く評価し、当初提示した額の二倍に迫る報酬で二人を労ってくれた。
「君たちには本当に世話になったと思っているよ。今回の成果は、君たちの存在を抜きには語れないものだ。またいつか、一緒に仕事をしたいね」
「気前のいい依頼者は大歓迎ですよ。その時は新しい相棒もお披露目しましょう」
「楽しみにしているよ。フェル君も、元気でね」
「ああ。アーロンも」
「それからユベール君、これを」
アーロンが差し出したのは一通の便箋だった。
「アディントン・エアクラフトのバートン・アディントン社長……つまり、僕の父へ宛てた紹介状だよ。今はどこも飛行機乗りが不足しているから、厚遇されると思う。ユベール君さえよければ、有効に活用して欲しい」
「ありがたく受け取っておくよ、ドクター」
アディントン・エアクラフトのお抱え飛行士になる気はないが、新たな飛行機を建造するにしろ、中古の機体を手に入れるにしろ、仕事の伝手は多い方がいい。
ペトレールの写真は現像したら送ってくれるというアーロンに別れを告げ、プルーメントの街に戻る。宿を引き払い、いつも通り港へ向かいかけたところで足を止めた。ペトレールはもうないのだ。踵を返して、駅へ向かう。
「ユベール、どこへ向かうんだ?」
「駅へ。大陸横断鉄道で東海岸へ向かう」
第六話「アルメアの荒れ野に咲く」Fin.




