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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第六話 アルメアの荒れ野に咲く
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6-6

 調査開始から一か月。フェルは持ち前の吸収力でカメラの扱いに習熟し、撮影場所の選定と記録を平行してこなせるようになっていた。撮影に最適な高度も判明したので、余裕ができたユベールは操縦に専念できる。空では誤差として見過ごせる差であっても、地上では大きな差となるため、正確な飛行は重要だ。


「目的地上空に到達する。準備はいいか」

「問題ない」


 現在位置を確認しつつ、撮影と移動、旋回を繰り返す。契約期間の三分の一が経過したものの、撮影を終えたのはモルハ国立公園の面積の一割に満たない。そもそも、たった一機でカバーできる範囲ではないのだ。


 アーロンもそのことは織りこみ済みで、重要度と優先度に従った調査計画を立案している。重要度の高い地点は高度を下げて細部まで鮮明な撮影を行う一方、遺跡の存在する確率が低い地域では高度を上げて撮影回数の低減を図るのだ。


「ユベール。前方五キロの地点に魔力を感知」

「了解だ。少し高度を下げる」


 フェルの魔力感知も想像以上に役立っていた。風化が進み、地上を丹念に調査しなくては発見できないほど崩壊した遺跡であっても、フェルの力があれば発見が可能となる。重要度が低いと思われていた地域にもいくつかの発見があり、アーロンは喜色の滲む悲鳴を上げながら調査計画の見直しを図っていた。


「あれか。こちらでも遺跡を確認。高度二百で上空を通過する」

「了解した」


 遺跡は荒野のあちこちに点在していて、発見した遺跡を地図上にマッピングしても、門外漢であるユベールには規則性らしきものは見えてこない。アーロンも文献や資料を漁って検討を重ねているようだが、未だ有力な仮説は見つかっていないらしい。


「準備はいいか? カウントいくぞ。三、二、一、ゼロ」

 高度を下げると、通過も一瞬となる。息を合わせて撮影を行う必要があった。

「撮影完了だ。元のコースに戻ってくれ」

「いや、これで予定していた分は終わりだ。意外と早く終わったな」

「では、空港に戻るのか?」

「燃料にはまだ余裕がある。気になる場所はなかったか?」

「そうだな……」


 前席のフェルが周囲を見回す。その視線がぴたりと一点に注がれる。内陸部の山岳地帯が広がる方角だ。ユベールの目には赤茶けた砂岩の巨塊としか見えないが、彼女には何かが見えているのかも知れない。


「気になるか?」

 フェルは後席のユベールを振り返ると、壁のように隆起する山のひとつを指差す。

「あの山の向こうに強い魔力を感じる。下ばかり向いていて気付くのが遅れた」

「ここから? 相当強い魔力ってことか」

「そうだ」


 フェルの話では、すでに発見された遺跡塔に残留している魔力はさほど強いものではないらしい。そのため、地上では数キロメートル、空中からでも十キロメートル程度の距離まで近づかなければ感知できないと聞いている。


 しかし、現在地から山岳地帯までの距離は優に五十キロメートルを超える上に、魔力を感じるのは山の向こうだとフェルは言っている。それほどまでに強い魔力となると、魔法の介在を疑わざるを得ない。トラブルに見舞われる危険を考えると、準備を万全にした上で調査したいところだった。


「山越えとなると、燃料が心許ないな。一度帰還するぞ」

「了解した。ユベールに任せる」

「任せるって言ってもな。アーロンにはどう説明したものか」


 山岳地帯は未調査の地域だ。遺跡があるかも知れないと言えば、そう考えた理由をアーロンに問われることだろう。かと言って魔法の存在を説明するわけにもいかない。どうにかそれらしい説明をつけるしかないだろう。


「悩んでる間も燃料は減る、か。予定変更だ、フェル。アーロンに説明するための材料が欲しい。ひとまず距離を詰めつつ高度を上げる。塔が残ってるなら、先端くらいは見えるかも知れん。写真が撮れそうなら頼むぞ」

「了解した」


 ローカストの上昇限度は三千五百メートル。残燃料から考えて、三千まで上がれるかどうかだろう。距離を詰めれば、稜線から遺跡塔の突端が覗く様子を写真に収められるかも知れない。アーロンに対する説得材料として、できれば写真が欲しい。


「フェル。お前の眼が頼りだ。何か変化があれば教えてくれ」

「了解した。任せろ」


 頭の中で計算を繰り返し、空港まで余裕を持って戻るために必要な燃料の量を弾き出す。借り物であるローカストを壊しでもしたら取り返しがつかない。


「思ったより低い山だな。フェル、どうだ?」

「まだ見えない。もっと高度を上げてくれ」


 上昇しながらだと、ユベールの座る後席からは前下方が確認しにくい。観測はフェルに任せて、最適な上昇率を保つことに集中する。高度が上がるにつれて上昇率を緩やかにしないと、燃料の消費が激しくなるからだ。


「まだか。そろそろ燃料が底をつく。残念だが出直すしかないな」

「待て、ユベール。塔が見えた」

「すぐに写真だ、フェル。撮ったら帰還するぞ」

 ユベールの言葉に応えるようにシャッター音が響く。

「撮れた。帰還しよう、ユベール」

「了解だ。よくやったな、フェル」


 前席に手を伸ばして軽く拳を合わせてから旋回に入る。その際、稜線から覗く人工の建造物らしき影がユベールにも確認できた。位置関係から考えて、かなりの高さがあるはずだ。アルメア先住民族の遺跡が良好な保存状態で残されている可能性は高い。アーロンに報告すれば、報酬の増額も期待できる大発見だった。



「二人とも、これはすごい発見だよ!」

 アーロンの喜びようは想像以上だった。報告を聞くや暗室に走り、大急ぎで現像を終えた写真を片手に、ユベールの背中をばんばんと叩いてはしゃいでいる。

「人が寝てるのに騒ぐな、お喋りガラスめ」


 寝室からサンディが起き出してくる。研究者であるアーロンとは異なり、サンディはパークレンジャーという本業がある。昨晩は遅くまで仕事をしていたのか、今まで眠っていたらしい。充血した眼で顔をしかめている。


「これを見るんだサンディ! 遺跡塔の先端部分だよ。ほぼ完全な保存状態を保った遺跡塔が発見されたんだ。これを歴史的快挙と呼ばずになんと呼べばいいんだ!」

 興奮した様子で喋るアーロンから受け取った写真を、サンディが睨みつける。

「落ち着けアーロン。まだ塔の先端らしきものが撮れただけだ。先端が残っているなら基部も無事だろうというのはお前の推測に過ぎない。違うか?」

「そこだよ。聞いてくれサンディ。ついに遺跡塔の配置パターンが分かったんだ! いや、まだ仮説の段階なんだけど、仮説から導き出される遺跡塔の要となる地点と、ユベール君たちの発見した新たな遺跡塔の場所が、ぴったり重なるんだよ。研究者としてこんな言葉を使いたくはないけど、僕にはこれが偶然だとは思えない!」


 アーロンが机の上に広げたのは、無数の円が描きこまれたモルハ国立公園の地図だった。地図にはすでに発見された遺跡塔の場所がマッピングされている。


「等高線か」

 ユベールの言葉に、アーロンが大きくうなずく。

「そう、遺跡塔は等高線に沿って均等に配置されている。おそらく土地の高さに意味があるんだ。理由として考えられるのは、すぐ思いつくところだと灌漑だね」

「つまり、遺跡塔はモルハ国立公園内に水を供給する施設だった?」

「その可能性がある、って段階だけどね。ともあれ、これで砂漠化の説明もつく」

「どういうことだ?」

 フェルが首をかしげる。発見に興奮しているためか、アーロンの話は前提の省略と話題の飛躍が多い。フェルの横では、サンディも難しい顔をしていた。

「ごめんごめん、説明不足だったよね。えっと……それで、どこから分からない?」

 上機嫌のアーロンは、にこにこしながらそんな質問をする。

「遺跡塔の配置パターンの話、つまり最初からだ。順を追って話せ、お喋りガラス」

「分かったよ。そうだな、まず等高線についてだ。立体模型があると分かりやすいんだけど、ハンカチで代用しようか。これを山と見立てて欲しい」


 アーロンはそう言うと、ハンカチの中央をつまんでテーブルに下ろす。くしゃりとした三角形は急峻な山と見えなくもない。複雑な形状を描くその周囲を鉛筆でなぞり、形状を紙に写し取る。それから紙を抜き取って、内部に同じ形状のより小さい円を描いていく。できたのは歪な同心円状の図形だ。


「等高線は、同じ高さとなる地点を線で繋いで、地図上に記したものだ。その性質上、必ず閉じられた円となり、標高の変化が少ない平地では線と線の間隔が広くなり、逆に山のような標高の変化が激しい場所では間隔が密になる。これによって平面上に標高を表現することが可能になるんだ。ここまではいいね?」

 ハンカチで作った山を紙に写し取った図形を示しながら、アーロンが言う。

「次にモルハ国立公園の等高線図を見て欲しい。発見された遺跡塔の場所もここに示してある。ちなみにユベール君たちが発見した新たな遺跡はここだね。分かりやすいように、補助線も引いてみようか。どうだい、何か見えてこないかい?」


 山岳地帯の遺跡を起点に、平野部に向かって扇のような放射状の線が引かれる。すると、等高線と交差して区切られた枠内に、遺跡塔が綺麗に分かれて収まっているのが明確になる様子に思わず息を呑む。不規則な配置と思われたものに確かな規則性が見出される知的な興奮が、アーロンから伝わってくるようだった。


「平野にある小高い丘のような場所に遺跡塔がないのも、これで説明がつく」

 平野に散在する多重の円が形成された場所を指差して、アーロンが続ける。

「土地が隆起した場所は、従来の仮説のように狼煙や連絡を目的とした設備であれば格好の立地だけど、灌漑が目的であれば揚水の効率が悪いから避けるべき場所となる。このことも、遺跡が給水設備であったという仮説を補強してくれるだろうね」

「遺跡塔の根元を掘り返してみれば、水路の跡が見つかるかも知れんな」

 サンディの発言に、アーロンがうなずく。

「可能性は高いだろうね。思えば僕らは地上部分に気を取られ過ぎていたんだ。これから発掘調査の準備も進めないといけないね。ああもう、忙しいな」

「ひとつずつ進めていくしかないだろう。まずは砂漠化の原因が判明しただけでも一歩前進だ。原因が分かれば対策も取れるからな」

「そうだね。給水が止まった原因が、給水設備のメンテナンス不足による停止か、水源そのものの枯渇かによって対策も違ってくるけど、まずは水源と思われる山岳遺跡の再調査をしないことには始まらない。ユベール君、頼めるかな」

「お安いご用だ、ドクター。水源があるとなればペトレールの出番もあるだろう」


 流れの穏やかで深さのある川か、ある程度の面積がある湖であればペトレールで着水できる。地上からは到達困難な山岳地帯であっても、空からなら一時間足らずで到達できる。安全性が確保できるならそうしない手はないだろう。


「助かるよ。遺跡に直接乗り付けられれば調査効率は大幅に上がるからね。もちろん、今回の発見と契約外の業務に対する追加報酬も検討させてもらうよ」


 話しているうちに落ち着いてきたらしい。持ち前の気配りや気前のよさを見せるアーロンと、改めて握手を交わした。



 その晩、ユベールとフェルはベースキャンプで開かれたささやかなパーティに招かれた。料理と言えばシリアルに牛乳をかけて混ぜるくらいしかできないらしいアーロンは街で飲み物や酒のつまみの調達を担当し、代わりにサンディが腕を振るってくれた。赤身のステーキに始まり、ヒレ肉をタマネギやピクルスと一緒に刻んで卵黄で絡めたタルタルステーキ、青唐辛子のシチューなどが供される。


 デザートにチョコレートリキュールのかかったバニラアイスを食べ、アーロンが秘蔵していた上等なバーボンが半分ほど空いたところでアーロンがうとうとし始める。フェルも目をこすり、眠そうな様子だった。


「そろそろお開きにするか」

 ユベールが言うと、サンディが寝室を指差す。

「ずいぶん呑んだだろう。今日は泊まっていくといい」

「お言葉に甘えるとするよ」


 フェルとアーロンをベッドまで送り届けると、サンディが黙って外を示す。うなずいて着いていくと、外は満天の星空だった。昼間の焼き付くような暑さは消え去り、肌寒さを感じるほど気温が下がっている。


「お前たちに礼を言いたかった」

 コーンパイプに火を付けると、サンディはそう切り出した。

「以前、あのお喋りガラスがアディントン・エアクラフトの関係者だという話はしただろう。やつはアディントン家の御曹司でな。一族からは歴史学者なんて儲からない仕事はさっさと辞めて、家業を継ぐことを期待されている」


 アディントン・エアクラフトは軽飛行機のクリケットで大成功し、最近では軍からも受注を受けるようになって業績を伸ばしている航空機メーカーだ。アーロンが創業者の息子であるならば、かけられるプレッシャーは相当なものだろう。


「やつの父親、アディントン・エアクラフトの創業者バートン・アディントンは息子の仕事を道楽だと思っている節がある。時が来れば会社を継ぎ、素晴らしい飛行機を世に送り出す価値ある仕事を継いでくれるだろうってな」

「航空機会社を起こすぐらいだ。相当な飛行機好きだろうな」

 ユベールの感想に、サンディは皮肉のこもった笑みを浮かべる。

「実際のところ、道楽で仕事をやってるのは親父の方だとアーロンは愚痴っていたな。なんとかって水上機のレースがあっただろう?」

「シュナイデル・トロフィーか」


 ケルティシュの大富豪ジャック・シュナイデルが創始したシュナイデル・トロフィーは世界最速の水上飛行機を決める、歴史あるエアレースだ。近年では国家の威信をかけて争う代理戦争の様相を帯びているとも聞く。


「アディントン・エアクラフト、というかバートン・アディントンはそのレースのスポンサーの一人だ。自社では水上機なんて作っていないのにな」

「なるほど、相当な飛行機狂いだな」

 サンディはうなずき、パイプをふかしてから続ける。

「アーロンも飛行機が嫌いなわけじゃない。あいつ自身は操縦しないが、飛ぶこと自体は好きなんだろうな。まあ、子供ってのは大抵、飛行機乗りに憧れるもんだが」

「子供が憧れるって意味では、学者もそうだな」

「違いない」

 ユベールの言葉に、サンディが笑みを見せる。会った当初こそ刺々しい雰囲気だったが、最近はこうして気安く言葉を交わせるようになってきた。

「話はそれたが、今回の発見はアーロンに歴史学者としての才能があることを証明するに足る材料になる。お前たちに礼が言いたかったってのはそういう意味だ」


 ありがとう。そう言って、サンディは手を差し出した。

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