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遠目には白い建物と見えたのは、巨大なテントだった。アーロンに案内されて中に入ると、分厚いキャンバス地が木の支柱と鉄の金具で支持された、強固な作りであることが分かる。室内はキッチン、ダイニング、寝室、作業エリアに分かれ、かなり長期に渡って滞在していることを窺わせる生活感が漂っていた。
「サンディ、いるのかい?」
アーロンの呼びかけに応えて、目つきの鋭い男が姿を現す。
「お前が客を連れてくるとは珍しいな、アーロン」
「いや、彼らは飛行機乗りだよ。僕らの依頼を受けてくれるそうだ。紹介するよ、彼はサンディ・マンスフィールド。モルハ国立公園のパークレンジャーなんだ」
パークレンジャーとは、アルメア政府に指定された国立公園の管理と自然保護を任務とするアルメア政府職員のことだ。その仕事は多岐に渡り、時には希少な動植物の密猟者を逮捕することもあるという。
「トゥール・ヴェルヌ航空会社、操縦士のユベール=ラ・トゥールだ。よろしく」
サンディはユベールが差し出した手をしばし見つめると、両手を顔の横まで上げて、手のひらをこちらに向けてきた。握手を拒否されたのかと思って面食らっていると、取りなすようにアーロンが言う。
「サンディの挨拶は僕たちと違っているんだ。握手を拒否しているわけではないよ」
「悪いな。初対面の相手とは握手をしないことにしている」
悪びれた様子もなく言うサンディ。ユベールもうなずき、手を引っこめる。
「航法士のフェル・ヴェルヌだ」
「ユベールにフェルか。俺のことはサンドマンと呼べ」
もう一度、両手を掲げる挨拶のポーズを取るサンディ。その様子にフェルが意外そうな顔をする。これまでのパターンから、年齢や容姿、航法士であることについて何か言われることを覚悟していたのだろう。
「何も、言わないのか?」
「なぜだ? いい仕事に年齢も性別も関係ない。ユベールが操縦士で、フェルは航法士。お前たちはそう名乗った。お互いに了解しているなら、それに俺が文句を付ける筋合いはない。だがこれだけは憶えておけ。子供だからと手加減はしないぞ。仕事の出来が悪ければ、即座に契約は打ち切るからな」
「承知した。最善を尽くそう」
話は終わったと言わんばかりにカウボーイハットを被り、テントの外へ向かおうとするサンディ。パークレンジャーの制服から覗く肌は浅黒く、同じく日焼けしたアーロンと比べても色が濃いことから、元々茶褐色に近い肌色なのだと察せられた。瞳もとび色で、白い肌に青い目の典型的なアルメア人であるアーロンとは好対照だった。
「何か言いたいことがあるのか、ユベール?」
視線を感じたのか、不快そうに顔をしかめてサンディが振り返る。
「いや……すまない。じろじろ見て悪かったよ」
「正直に言えばいい。白人でも黒人でもない、共通語を話すのに妙な挨拶をする、変なやつだと思っているんだろう。その通りだからな」
自虐混じりの発言にどう返したものか思案していると、アーロンが口を挟む。
「彼は先住民の血を引いているんだ。ぶっきらぼうだけどいいやつだよ」
あくまでマイペースで気楽な調子のアーロンに、サンディが舌打ちする。
「アーロン、このお喋りガラスめ。人の出自をべらべら喋るな」
「僕は契約書を準備しておくから、サンディはその間に二人を近場の遺跡まで案内してくれるかい? 僕らの研究について、ある程度は知っておいてもらいたいんだ」
「アホか。なぜ俺がそんなことをしなきゃならない」
「案内もパークレンジャーの仕事だろう? 君が契約書を準備してくれるなら、僕が代わりに案内してもいいんだけど、君、そういうの苦手だったよね」
「……仕方ない。おい、行くぞ」
悪態をつかれても飄々と受け流し、言いたいことを言うアーロンを見ていると、サンディの上手いあしらい方も見えてきたような気がした。
「車で行くのか?」
「馬だ。俺は機械には乗らん」
テントの裏側に回ると、馬小屋があった。風通しがよく、それでいて日差しを遮る作りになっている。繋がれている馬は三頭で、どの馬も手入れが行き届いていた。
「馬か……フェル、大丈夫か」
「問題ない」
「本当か? お前の問題ないはどうも信用できないんだよな」
いざ乗ってみると、馬の扱いが一番下手なのはユベールだった。
「ユベール、大丈夫か?」
「そんな調子じゃ日が暮れるぞ」
フェルに皮肉を言われ、サンディに呆れたような声をかけられつつ、勘を取り戻そうと悪戦苦闘する。考えてみれば、最後に馬に乗ったのが何年前か思い出せない。ようやく駆け足で進めるようになるまで、小一時間を費やす羽目になった。
「着いたぞ、ここだ」
サンディが馬を止めたのは、一見すると何もないように思える場所だった。近くの灌木に馬を繋ぎ、彼が指差す岩をよく観察すると、それが人工的に切り出された石材であることが見て取れた。似たような石材は周囲にいくつも転がっている。風化が激しいが、どうやらこの場所には何らかの建造物があったらしい。
コーンパイプにマッチで火を付け、几帳面に燃えがらを腰に下げた革袋に仕舞いこむサンディ。ユベールの視線に気付くと、釘を刺すように言う。
「いいか、二人とも頭に叩きこんでおけ。このモルハ国立公園では、レンジャーである俺の目が届く場所でゴミを捨てることは許さん。緊急時を除いて、だがな」
それだけ言うと、サンディはパイプを吹かし始める。自発的に説明してくれる気はないようなので、こちらから質問を投げてみる。
「この遺跡は、アルメア先住民族のものなのか?」
「アーロンはそう言っている」
「こんな荒野に住んでいたのか?」
「家ではない。塔があったそうだ」
「塔? のろし台か何かか?」
「それを調べているそうだ」
「遺跡はここ以外にも?」
「国立公園内に点在している。奥地では、塔の形をいくらか保った遺跡も見つかっているが、残念ながらすぐには見せられん。そこまで行って帰ってくるだけで一週間はかかる。写真があるから、後でアーロンに見せてもらうといいだろう」
「荒野に点在する先住民族の塔か。どんな目的で建てたんだろうな」
ユベールの言葉に、サンディが首を振る。
「わからんが、アーロンが言うには、アルメア先住民族がここで暮らしていた時代、ただモルハとだけ呼ばれていたこの土地は緑豊かで肥沃な土地だったらしい。五百年あまりの時を経て、今では見る影もなく砂漠化が進んでいるがな」
「にわかには信じがたい話だな」
「だが、真実だ。疑うならアーロンに言ってみろ。お喋りガラスは化石がどうの地層がこうのと、お前が納得するまで何時間でも説明してくれるだろうよ」
サンディが砂漠化と口にした通り、モルハ国立公園に占める森林の面積は一割に満たない。極度の乾燥、それに適応した限られた生物種のみが根付く自然環境は、内陸に行くほど厳しさを増す。土地の隆起と風化の進行により形成された赤褐色の渓谷は空から眺める分には壮観だが、そこで生きる者にとっては過酷の一言に尽きる。
「というわけで、お前らに依頼する仕事は大きく分けて二種類ある。ひとつは空からの予備調査。遺跡が存在する、ないしはその可能性がある地点の洗い出しと、そこへ至るためのルート選定。もうひとつは実地調査に必要な物資の輸送と、俺たちが指定した地点への投下だ。これには正確さが求められる。できそうか?」
「可能だ。両翼で三百キロまで懸下できる。どこにだって落としてやるさ」
「たいした自信じゃないか」
ユベールの返答に、サンディが始めて笑顔を見せる。
モルハ国立公園は、車での移動が困難な急峻な地形と、人や馬で隈無く調査するにはあまりに広大な面積を持っている。飛行機があれば、空から予備調査を行ったり、実地調査を行う際にも適切な場所に物資を予め投下したりできる。
加えてペトレールであれば、条件さえ揃えば着陸もしくは着水して、そこから調査地点へ向かうことも可能になる。そうなれば必要な物資の量もかなり抑えられる。アーロンたちにとっては、ユベールたちとの出会いはまさに僥倖だったことだろう。
「ただ、俺たちの乗るペトレールは中型の水陸両用飛行艇だ。空撮に正確さを期すなら、取り回しのいい小型機も併用したいところだな。当てはあるか?」
「アーロンが所有するローカストの偵察型がある。操縦経験は?」
「ローカスト? 派生元のクリケットなら飛ばしたことがあるが、アルメア空軍の制式採用機をなんで民間人のドクターが所有してるんだ?」
クリケットはアディントン・エアクラフト社の軽飛行機で、派生機を含めれば何千機も生産されているベストセラー機だ。タンデム復座型、羽布張りのパラソル翼機は単純で洗練された構造からもたらされる堅牢さと素直な操縦特性を特徴としていて、愛称であるクリケットが軽飛行機の代名詞になっているほどだ。
その頑丈さと整備性のよさに軍が目を付け、制式採用したのがローカストだ。基本設計そのものは十年近く前の機体とはいえ、新型機と呼んでいい。ケルティシュ共和国でビール輸送を請け負った際にも何機か見かけた記憶があった。アルメア国内で民間機として飛んでいていい飛行機ではないはずだった。
「待てよ。アディントン?」
アディントン・エアクラフト。つい最近、耳にしたような響きだった。記憶を探るユベールの様子に、サンディが楽しげに含み笑う。
「アーロン・アディントン。あのお喋りガラスはお前にそう名乗っただろう?」




