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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第六話 アルメアの荒れ野に咲く
33/99

6-1

 広い水面さえあれば、そこが滑走路になる。場所に縛られず、どこへでも行ける。一般に抱かれるそうした水上機のイメージは、ほとんどが幻想に過ぎない。離水時に風にあおられ主翼を水面に打ちつけて大破したり、着水時にフロートが横波をかぶって機体ごとひっくり返される事故など珍しくもない。


 基地や空港まで帰り着けば平坦な滑走路が約束される陸上機と異なり、ひとたび天気が荒れて水面が波立てば水上機はどこにも降りられない空の牢獄と化す。ペトレールが引きこみ式の着陸脚を備えた水陸両用機として建造されたのは、川や湖のない内陸部への輸送を可能にする意図もあるが、それ以上に荒天時でも滑走路なら着陸できるようにすることが主目的だった。


「フェル、聞こえるか」

 伝声管を通じて、ユベールは後席の航法士に声をかける。

「聞こえる。どうした?」

「現在地はどこかわかるか?」

「アルメア連州国、イランド内海の上空だ」

「俺たちはカルニア州都プルーメントに向かう。進路はこのままでいいか?」

「前方の積乱雲に突っこむ前に、十時方向へ変針しよう」

「了解。十時方向に変針する」


 手元の地図に目を落とし、フェルの指示が妥当なものであることを確認して操縦桿を倒す。針路を提案する彼女の口調に迷いはない。航法士として順調に経験を積んでいる証だった。地上にいる間、航法について少しずつ教えてきた成果が形になりつつある。客ではなく、相談できる相棒が後席にいるのはやはり心強い。


 サウティカを飛び立ったペトレールは、数多の貿易船がテイダル運河を目指して行きかうリムピドゥス海を横切り、エンディア半島を超えてイランド海上空を飛んでいた。このまま北上すれば、アルメア連州国でもっとも貿易が盛んなカルニア州に着く。二人が目指しているのは、そのカルニア州の州都であるプルーメントだ。貿易で栄えるこの地なら飛行機乗りのための仕事も見つけやすい。次の仕事が決まるまでの当面の滞在地としてはうってつけの街だ。


「空から見下ろすアルメアはどうだ、フェル?」

「船が多い。飛行機もだ」

 海面と空に描かれた無数の航跡を眺めやりながらフェルが答える。

「こんなに飛行機が飛んでいるのは見たことがない」

「飛行機を発明したのはアルメア人だからな。旺盛な開拓精神も相まって、民間飛行機の数にかけちゃ世界一だ。加えてアルメアは造船大国としても知られる。今じゃ大陸向けの1万トン級輸送船を一日一隻のペースで建造してるって話だ」

「……戦争のためか?」

「そうだな。戦争ってのは兵隊や兵器も重要だが、最後にモノを言うのはやはり兵站だ。飯と燃料がなくちゃ部隊は一歩も動かんし、手元に銃弾がなくちゃ敵とは戦えない。必要なのはそれだけじゃない。衣住食に娯楽品、嗜好品。およそ人が暮らすのに必要なもの全てを兵站は要求する。輸送船や輸送機が果たす役割は、場合によっちゃでかい大砲を積んだ戦艦より重要になる」

「エングランド王国でのビール輸送のように?」

「そういうこと。つまり、商機はいくらでも転がってるってことだ」

「了解だ。気を配ろう」

「頼りにしてるぜ、相棒」


 会話をしながらも、計器盤に視線を走らせ、周囲に気を配る。先ほどから油温と油圧を示す針の位置が細かく動き続けているのが気になっていた。気温が高く砂埃の多いサウティカから飛んできた影響が大きいのか、エンジンの調子が悪くスロットルを開いても思うように回転数が上がらない。長く飛びたくはない状況だった。


 急速に発達し、夏の空にむくむくと存在感を増しつつある積乱雲を迂回し、目的地のカルニア州都プルーメントを視界に収める。どうも一雨ありそうな気配だ。風が強くなる前に着水して、できれば陸に上げてしまいたい。


 高度を下げ、海面の状態を確認する。一般に海での離着水難度は川や湖に比べて高い。風による波に加えて、潮汐やうねりによる複雑な変化があるためだ。波の方向と高さを見誤れば、足をすくわれた水上機はいとも容易に転覆してしまう。観察は疑り深く慎重に、降りると決めたら機体と操縦士に全幅の信頼を。いつか誰かに教わった訓戒を心のうちに唱えながら、海面を撫でるように機体を降ろしていった。



「補給はこれで終わりか?」

「ああ、ご苦労さん。次は俺たちの補給だな。腹が減ったろ?」


 補充した消耗品のチェックリストをフェルから受け取る。アルメア連州は飛行機大国と言われるだけあり、プルーメント港だけでも飛行機整備を請け負う民間会社がいくつも見つかった。そのうちのひとつに頼んでペトレールを陸に上げてもらう。最後にまともな整備を受けたのはハイランド地方を訪れたときなので、そろそろ本格的な整備も受けさせておきたいところだ。


「ペトレールの調子が悪いのか?」

 格納庫のペトレールを見つめるユベールにフェルが声をかけてくる。

「ちょっとな。設備の整ったアルメアにいるうちに、きちんと整備したいところだ。幸い、お前さんのおかげで金はあるしな」

「その、ユベール。わたしの勘違いかも知れないんだが……」

「気になることがあったら言ってみろ」

 口にするか迷うように目を伏せるフェルを促してやる。

「エンジンの音が、普段と違った。ここに降りる少し前からだ」

「……よく気付いたな」

 本心からの称賛をこめて言うと、フェルの口元がわずかに緩む。

「ペトレールはわたしたちの相棒だから」

「ああ、しっかり直してやらなきゃな。アルメア製の部品なら精度と信頼性も高い。交換できる部品はこの際だから一通り入れ替えるとしよう」

「この工場で頼むのか?」

「消耗品はな。エンジンの分解整備まで含めた本格的なオーバーホールは別に伝手がある。と言ってもアルメア東海岸の整備工場だから、ここからだと大陸の反対側になるな。そこまではエンジンをだましだまし行くしかない」

 ユベールの言葉に、フェルが首をかしげる。

「墜落しないのか?」

「縁起でもないこと言うなよ。致命的な故障がないかはここでも見てもらう。回転数が上がらないだけで、無理をさせなきゃ墜落したりはしないさ」

「そうか」


 フェルには航法に加えて点検整備についても手ほどきしているが、あくまで日常点検レベルのものに過ぎない。本格的なオーバーホールとなると、設備や部品の揃った本職の整備士に任せた方が確実だった。理想を言えば操縦士か航法士のどちらかが整備士も兼任できればいいのだが、それは今のフェルには高望みが過ぎる。


「それより腹が減っただろう? 飯を食いにいこう」

「了解した」


 近くにいた整備士を捕まえて近所のダイナーの場所を聞き出し、歩いて向かう。それほど長い距離を歩いたわけでもないのに、店頭や街角の至る所で同じポスターを見かける。以前この街を訪れた際にはなかった、志願兵募集のポスターだ。


 ダイナーに到着する。昼下がりで客が引けた頃合いであり、ハンバーガーとフライドポテト、コーヒーを注文するとそれほど待たされずに提供された。苦いだけのコーヒーはともかく、肉厚のパテと揚げたてのポテトは塩が利いていて旨かった。フェルも巨大なハンバーガーに目を丸くしながらかぶりついている。


「補給が済んだら、すぐに飛ぶのか?」

 口についたケチャップをぬぐってフェルが尋ねる。

「飛ばない。急ぐ話でもないしな」

「では、この街で次の仕事を探すのか?」

「そうしてもいいが、結局サウティカでも気が休まらなかったんじゃないか? 車でも借りて、しばらく観光してもいいな。アルメアは初めてなんだろう?」

「初めてだ。どんな観光地があるんだ?」

「カルニア州に限っても、プルーメント市内なら劇場や博物館、ちょっと足を延ばせば動物園や水族館もある。ビーチはサーフィンの名所だし、国立公園に指定された森林や峡谷の遊覧飛行なんて仕事も昔はしたっけな」

「国立公園……ハイランドにあったような?」

「ああ……あれをイメージしていくと肩透かしを食らうぞ。モルハ国立公園は、サボテンしか生えない砂漠と、岩の峡谷がどこまでも続く場所だ。空から見下ろす分には壮観だが、地上に降りると殺風景な場所だ。かつてはゴールドラッシュでにぎわったそうだが、金鉱脈が枯れた今ではゴーストタウンだらけだしな」

「ふうん……その認識は聞き捨てならないね」


 いきなり会話に割りこんできたのは、黒縁の眼鏡をかけた、人懐こそうな男性だった。近くの席でハンバーガーを食べていた男はどこか学者然とした雰囲気を漂わせており、ハンカチで口をぬぐうと二人に向き直って言葉を継ぐ。


「いいかい? モルハ国立公園には乾燥した環境に適応した多くの動植物が生息しているんだよ。その数は判明しているだけで哺乳類五十種、爬虫類三十五種、魚類四種、鳥類三百五十種、植物は一千種を超える。断じてサボテンだけではないんだ」

 憤然として早口で述べる男に、ユベールは肩をすくめてみせる。

「そりゃすごい。さっきの言葉は撤回しますよ」

「わかってくれればいいんだ。ところで、君たちは飛行機乗りだね?」

 一転してにこにこと笑みを浮かべる男が言う。

「仕事を探しているのなら、僕の話を聞く気はあるかい?」


 唐突な申し出に、フェルと二人で顔を見合わせるしかなかった。

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