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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第四話 砂漠の王は湖宮に望む
25/99

4-6

 虹の魔法から一週間。ペトレールの機上から見下ろすサウティカは今日も雨に煙り、最初に訪れたときに見たよりも少しだけ優しく、生気に満ちていた。都市を貫く交易路として機能していた二本の道は、緩やかに流れる川へと変貌している。雨期を除けば水の流れない枯れ川なのだとユベールが教えてくれた。


 ウルマハル離宮がただの二夜で豊富に水を湛える湖となった理由も、上空から見れば一目瞭然だった。窪地に自然と水が貯まるのに加えて、枯れ川の水を引き入れることで上流から流れてくる水を一気に貯めたのだ。草木が少なく、保水力の低いサウティカでは、砂が吸いこみ切れない水は全て下流に流れる。一夜にして、とまではいかずとも魔法のように湖を現出せしめた自然の業には驚嘆するしかない。


「ようやく解放してもらえたな?」

 からかうようなユベールの声が伝声管から響く。

「ユベールが先に話すから……」

「仕方ないだろ? 諸外国の珍しい酒に加えて、旅する中で出会った人々や出来事についての土産話をする、ってのがアル陛下との契約なんだ。余との結婚を断るのだからおもしろい話でも聞かせよ、なんて言い出すとは思わないさ」

「おかげでずいぶん苦労した」

「お前さんと出会ってからというもの、それこそ物語みたいな落ちがつく仕事ばっかりだったからな。そりゃ話すさ、それだけ褒美も増えるしな」


 到着してからフェルが寝込んでいる間、ユベールはアルエルディアの話し相手を務めていたのだという。それを聞いて、思いついた仮説があった。


「アルがわたしに興味を持ったのも、そのせいなのでは?」

「……まあ、その可能性はなくもないな」

「……ユベール」

「悪かったよ。すまん」

「貸しひとつだ」

「わかったよ、まったく……」


 ユベールと出会ってからの話はあらかた話されてしまった後だったせいで、ずいぶん昔にさかのぼって思い出話をする羽目になってしまった。滞在が長引いたのも、フェルの昔話をおもしろがったアルエルディアがもっと話せと求めたためだ。


「ひとつ、聞いていいか?」

 ふと思いつき、ユベールに尋ねる。

「なんだ?」

「わたしがアルとの結婚を断ったとき、ユベールはどこにいたんだ?」

「ん? ああ……どうしてそんなことが気になるんだ?」

「助けてくれてもよかっただろう?」

 そんなことは無理だったと承知で、口にしてみる。

「してたさ」

 だから、気のせいか意地になったようなユベールの返答は意外だった。

「どういうことだ?」

 問いを重ねると、口を滑らせたと言わんばかりの沈黙が落ちる。

「わたしに貸しがあるだろう?」

「お前さん、ちょっとずつ素が出てきたよな……」

「ダメか?」

「いや、いいさ。その方がずっと魅力的だ」

「それより、話をそらさないで欲しい」

「ああ、くそ……話すつもりはなかったんだがな。いいか、聞いたのはお前さんだからな。俺は仕方なく言うのであって、恩に着せるつもりなんてないからな」

「前置きはいい」

「……あのときは、ペトレールで待機してたんだよ。もしフェルが交渉に失敗して、どうしてもアル陛下と結婚する羽目になったら、一緒に逃げられるようにな」

「…………」

「怒るなよ、お前さんの交渉が失敗すると思ってたわけじゃないさ。けど、こういう仕事をしてるとどうしても用心深くなる。万が一、失敗したときのことを考えたら、いざってときの備えはしとかなくちゃだろ?」

「……ありがとう、ユベール」


 フェルの沈黙を、機嫌を損ねたからだとユベールは勘違いしたようだが、その逆だった。アルエルディアの花嫁としてのフェルをさらって逃げれば、ユベールとアルエルディアの信用関係は決定的に損なわれる。つまり、ユベールは一国の王という大口の取引先であり強力なコネクションよりも、相棒であるフェルを優先してくれたということに他ならない。その事実が、じんわりと胸に染みる。


「それで、次はどこへ?」

 努めて冷静を装って、話題を変える。気を抜くと泣きそうだった。

「ああ……それなんだが、どうしたものかな」

「決まっていないのか?」

「まあな」

「去年はどこへ?」

「去年か……」

「嫌な思い出でも?」

 言いよどむユベールをからかうつもりで口にする。

「いや、去年はシャイアでの仕事をアル陛下に紹介してもらったんだがな」

 返ってきた言葉に、今度はフェルが言葉に詰まってしまう。

「……わたしのせいで行けなくなったのか?」

「そういうわけじゃないさ。どのみち、今のシャイアじゃ外国人の飛行機乗りなんてスパイ容疑であっという間に捕まっちまうだろうしな」


 ルーシャ帝国を含めた周辺諸国を併合し、同盟国であるディーツラント帝国を支援することで東方への侵略を間接的に進めるシャイア帝国に対して、列強が向ける目は厳しい。国内では厳しい情報統制が敷かれ、外国人は収容所に入ることを強制されているとのニュースも目にしたことがある。


「ま、深刻に考えるな。空はどこまでも繋がってるんだ。行く先で新たな仕事に出会うことだってあるだろうさ。というわけで、フェル、どっちに飛びたい?」

 ペトレールを緩やかに旋回させつつ、ユベールが問う。

「わたしが決めていいのか?」

「頼むぜ、航法士さん」

「それなら、わたしは……」

 最初に思い浮かんだ国の名を、口にする。

「アルメアを。世界で一番豊かな国を見てみたい」

「了解。ここからだと……そうだな。東へ飛んで、それから陸伝いに北上するルートを取るとしようか。よし、目指すはアルメア連州国西海岸だ。行くぜ、相棒」

「ああ、行こう」


 自分の行き先を、自分で決める。久しくしてこなかったことだと、ふと思った。

第四話「砂漠の王は湖宮に望む」Fin.

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[良い点] 面白い アニメ化とかされたら映えそうな表現の世界観
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