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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第三話 銀の女神は魔女なりや
15/99

3-3

「ユベールさん、そのまま島を横切ってもらえるかしら」

「了解だ」


 リイッタの指示に従い、ブレイズランドの上空をフライパスする。リイッタの話ではもともと緑豊かな島だったそうだが、金の採掘と人口増加による伐採が進んだためか、眼下に広がるのは黒い岩肌が目立つ荒涼とした風景だ。計画的に植林されたらしき一帯を除けば、中心部にいくほど黒の占める面積が大きくなる。


「あそこの桟橋につけてもらえるかしら」

「入り江の奥か。いい場所ですね」

「水深の浅い砂地が続いてるから、波も穏やかなの」


 海に突き出た岬を挟んで、小さな村があるのも見える。大型船には向かないやや遠浅の海岸だが、海水浴にはぴったりだろう。並んでいる建物もコテージらしい。


「舌を噛まないよう、黙っててくださいよ」

「うん。知ってる」


 旅客を乗せるときのクセで言ってから、リイッタが島とエングランドを普段から水上機で行き来していることを思い出す。どことなく硬い口調からすると、実際に舌を噛んだことがあるのかも知れない。


「フェル、どこかにつかまってるか?」

「……大丈夫だ」

「うん、わたしが抱いてる」

「了解だ。着水する」


 リイッタの言う通り、水深の浅い場所は波が穏やかになる。あまり浅くても沖合で着底してしまうため具合が悪いのだが、実際にフロート水上機を運用していた場所だけあって、ぺトレールでもぎりぎり問題ないだけの水深が確保されている。


「流石ね。うちの操縦士より上手いわ」

「お褒めに預かり光栄です。今後ともごひいきに」

「それなら、プレンシア家の専属操縦士の仕事に興味はあるかしら?」

「そいつはやめときましょう。操縦士さんに恨まれたくない」

「あら、残念」


 ユベールがエンジンを切る間に、フェルが機体から飛び降りて係留作業を始める。ロープを操る手つきはまだ怪しいが、航法士としてやるべきことを着実に吸収していく姿は頼もしい限りだ。ユベールは機体後部に回って、荷物を降ろしていく。リイッタも身軽に飛び降り、浮き桟橋を大きく揺らす。


「わっ……」

 フェルの声にユベールが振り返ると、リイッタが悲鳴を上げる。

「危ない!」


 立ち上がろうとしていたフェルが揺れでバランスを崩し、前につんのめる。その先は海だ。間に合わないが、幸いにも下は海だ。大事にはならないと判断したその瞬間、リイッタが手を伸ばす。バランスを取ろうとするフェルの腕をつかむと、引き戻す。フェルはその場で尻餅をつき、代わりにたたらを踏んだリイッタがぐるっと半回転して背中から海に落ちた。ユベールも即座に海へ飛びこむ。


「……ぷはっ! ああもう、びしょ濡れじゃない!」

「怪我はしませんでしたか?」

「ん……大丈夫」

 ユベールの手をつかんで立ち上がったリイッタが顔をしかめる。

「……やはり、どこか痛めたのでは?」

「大丈夫って言ってるでしょ」


 笑みを浮かべるリイッタだが、その表情は固い。フェルも心配そうな表情で見つめている。しかし本人がかたくなに大丈夫だと言い張るのではどうしようもない。


「さ、行きましょう?」

「荷物は持ちます。フェル、俺たちの分は頼んだ」

「了解した」


 リイッタの荷物は大きな旅行鞄がふたつ。右足をかばって歩く彼女に持たせられる重さではない。一方、ユベールとフェルの荷物は最小限にまとめてある。リイッタは抗議するような視線をユベールに投げ、それから申し訳なさそうに目を伏せた。


「島の医者がいます。そこまでお願いいたします」

「わかりました。途中で辛くなったら言ってください」

「お気遣い、感謝します」


 いつでも支えられるよう、リイッタの後ろを歩く。砂浜が切れると地形は急にせり上がり、岩肌を削った階段が続いている。不揃いな段差は負担が大きいようで、ヒールのついたサンダルを履く足首は痛々しく腫れている。それでも苦悶の声ひとつ漏らすことなく、気丈に歩みを進めるのだから大したものだった。


「村では私の従者扱いされるかも知れません。お気を悪くなされないよう」

「それくらいは構いませんよ」


 コテージの建つ海岸から離れると、おそらくは島民のものだろう集落が見えてくる。村外れの畑で農作業をする人々はリイッタの姿を目にすると深々と頭を下げ、遊び回る子供たちは見慣れない格好のユベールたちを不思議そうに眺めているが、子供たちの中でも年かさの少女たちがリイッタのそばまでやってきた。


「おかえりなさい、巫女ねえさま!」

「ただいま、みんな。元気にしてた?」

「うん! あのね、お祭りの準備を手伝ってるの!」

「偉いのね。女神さまも喜んでくれるわ」


 リイッタに頭をなでられ、嬉しそうに笑う少女。驚いたことに、子供たちは共通語で話している。数年前、燃料補給で立ち寄ったときは共通語が全く通じなくて困った記憶があったので、意表を突かれた。


「共通語は学校で教えてるのか?」

 少女たちが子供たちの輪に戻るのを待ってリイッタに尋ねる。

「ええ、プレンシア家の方針で五年前に教師を招聘したの。さっきのコテージのいくつかには教師が住んでて、そのまま住居を兼ねた学校として使ってるのよ」

「そりゃ素晴らしい」


 人命軽視の鉱山開発で諸外国から非難を受けるプレンシア家だが、教育には力を入れているらしい。豊富な産出量を誇る金鉱山もいつかは掘り尽くされることを考えればリゾート化の推進と優秀な人材の育成は王道とも呼べる政策だが、その当たり前を着実に実行できる支配者層というのは存外に少ないものだ。


「…………」

 リイッタについて歩いていると、否応なく視線が突き刺さる。

「気にせず、黙ってついてきてください」

 振り返ることもせず、リイッタが言う。

「まだ若い巫女である私に複雑な感情を抱く者も多いのです」


 リイッタにも事情があるのだろう。フェルとうなずき交わし、黙って歩く。無邪気に話しかけてきたり、手を振っているのは子供たちばかりで、大人たちは値踏みするような視線でこちらを眺めている。リイッタが大きく息を吐き、気安い口調に戻して振り返ったのは村外れまできてからだった。


「こっちよ。森を抜けた先に医者が住んでるの」


 道の途中で左に折れ、生い茂る森に足を踏み入れる。角材を埋めて整備された小道は立ち並ぶ木々に沿って曲がりくねり、集落はあっという間に見えなくなる。


「……若い森だ」

 後ろを歩いていたフェルがぽつりとつぶやく。

「わかっちゃう? そう、この森はできてから二十年も経っていないの」

「言われてみれば、ほとんどの木が同じ太さだな」

「ちょうど二十年くらい前かな。鉱山開発に伴う伐採が土壌の流出を引き起こして、地盤が弱くなってたのね。当時のプレンシア家の当主が、崖崩れに巻きこまれて死んじゃったの。これはまずいってことで調べてみたら、地盤が弱くなってるのはもちろん、土地が痩せて作物の収穫が減ってることも明らかになったわけ」


 人口が増えれば住む場所も食べるものも足りなくなる。森林を伐採して土地を広げ、切った木材は燃料として消費され、風雨は長い年月をかけて土を削り取っていく。痩せた土地では増えた人口を支えきれず、森林はさらに伐採される。リイッタの話はどこの国でもよく聞く、典型的な発展の弊害だ。そこで何らかの手を打てるかどうかで指導者の資質が問われる。


「だからプレンシア家は、ブレイズランドの土地を90%ほど国有化した。そして植林を行い、勝手な伐採を禁じて、違反する者を鞭打ちにしたの」

 さらりと続けられたリイッタの言葉に、ユベールは絶句した。

「うん、ユベールさんの言いたいことはわかるよ。民主的な法治国家でそんなことは許されない。けど、それがブレイズランドの歴史なの」

「……いえ、それくらいしなけりゃ伐採は止まらないでしょう。驚きはしましたが、それだけです。このよみがえった森の姿が、結果が全てだ」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かります」

 立ち止まり、振り返ったリイッタが気恥ずかしそうに言う。

「それから、ごめんなさい」

 頭を下げるリイッタに、ユベールは戸惑ってしまう。

「……なんのことですか?」

「私の足を気遣ってくれたのに、素っ気なくしてしまったことです。祭りを控えたこの時期に、私が怪我をしたことを島の人たちに気取られたくなかったのです。子供たちが言っていたように、私には巫女としての役目がありますから」

「いや、気にしていませんよ。なあ、フェル?」

「ああ」

「それでも、ありがとう。それから、ひとつお願いがあるのだけど」

「なんなりと」

「もう痛くて歩けないの。ここから先は肩を貸していただけるかしら?」


 その場にしゃがみこんだリイッタは、脂汗を流しながら泣き笑うのだった。

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