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空飛ぶ魔女の航空会社〈Flying Witch Aviation Company〉  作者: 天見ひつじ
第三話 銀の女神は魔女なりや
13/99

3-1

 エングランド王国南端の港町、サルソー。ハイランド地方での仕事を終えたユベールとフェルは、海を渡る前の最後の補給のため、この港町を訪れていた。街の中心を貫くサルソー川が形成した三角州は天然の良港であるため、古くから南方の島々との貿易で栄えてきた。ここなら航空燃料の入手も容易だ。


「燃料は満タンにするのか?」

「太極洋を横切るからな。備えておくに越したことはないさ」


 次の目的地である砂漠の国サウティカは一国でひとつの大陸を成す広大な国家だ。サウティカとの間に横たわる太極洋にはブレイズランド諸島を始めとする多くの島が浮かんでいるが、どこも僻地であり航空燃料を入手できる確証はない。燃料補給に加えて消耗した各種物資の補充、自分たちの食事も終えて、のんびり散歩しつつぺトレールのところへ戻るところだった。


「南方は天気が荒れやすい。嵐に突っこんで洋上で位置を見失おうものなら、たちまち燃料切れで漂流する羽目になる。頼りにしてるぜ、航法士さん」

「了解した。任せておけ」


 航法士としての技量はともかく、フェルの持つ魔女としての力は当てにできる。彼女の言葉によると、魔力とは生命や大地に宿り、風に乗って流れるものらしい。洋上でも魔力の流れてくる方向へ飛んでいけば、少なくとも陸地にはたどりつける可能性が高いという。どうしようもなくなったときの頼みの綱としては十分に過ぎる。


「さて、俺たちもぺトレールも腹ごしらえは済んだ。そろそろ出発するか」

「どこへ行くんだ?」

「次の仕事は砂漠の国サウティカの予定だが、一か月の猶予がある。南太極洋にはリゾート地として有名な島がいくつかあるから、のんびり夏休みを取るぞ」

「いいのか?」

「ハイランドの調査飛行に三週間かかるはずだったのが、お前さんの働きで短縮されたんだ。いい仕事をしたやつにはそれなりの報酬がなくちゃ嘘だろう?」

「わたしは役に立っているだろうか」

「立ってるさ、胸を張っていい」

「……そうか」


 表情を隠すようにハンチングのつばを下げるフェルだが、口元には笑みが浮かんでいる。実際、ユベールの目から見ても、彼女の航法士としての適性は高いと評価できる。水兵服の首元にゴーグルを下ろし、革製の小振りでシンプルなメッセンジャーバッグを肩にかける格好もだいぶ板についてきた。


「ユベール」

 港に着いたところで、ユベールの服のすそが引かれた。

「ん?」

「誰かいる」


 フェルが指で示したのは、ぺトレールとは桟橋を挟んで反対側に泊めてある、小型のフロート水上機のそばで言い争う男女の姿だった。パイロットらしい男に対して、若い女が腰に手を当てて食ってかかっている。地面に置かれたふたつの大きな旅行鞄からすると、旅行客だろうか。男は困り切った表情で首を振っている。


「ですから、修理が終わらないことには飛び立てません」

「それじゃ、祭儀に間に合わないって言ってるでしょ!」

 両手で降参を示すパイロットに、女が詰め寄る。

「そう言われましても、無理なものは無理です!」

「だったら私、泳いででも行ってやるんだから!」

「無茶を言わんでください! 何百キロあると思ってるんですか?」

「直線距離で852キロでしょ! 私を死なせたくないならなんとかしなさいよ!」

「ですから……!」


 遠巻きに見ていても終わりそうにない。フェルと顔を見合わせ、軽く肩をすくめてぺトレールに歩み寄っていく。ユベールたちを視界の端に捉えた女は言い争いを中断し、軽く会釈して道を空けようとしたが、なにかに気付いたように目を見開くと再び進路を塞ぐように二人の前に立った。


「……なにか?」

 ユベールの問いに、女が笑顔を浮かべて言う。

「貴方たち、こっちの飛行艇の持ち主よね?」

「ええ、そうですよ」

「私をブレイズランドまで連れてってくれないかしら?」

「リイッタ様!」


 制止の声を上げたのは、パイロットの男だった。リイッタと呼ばれた女はそちらを冷ややかに一瞥し、またユベールの方へ視線を戻す。褐色の肌につややかな黒髪、輝く水晶のような碧眼が強い印象を残す、エキゾチックで芯の強い雰囲気の女性だ。砕けた口調を改め、ほほえみを浮かべて一礼する姿は育ちのよさを感じさせる。


「申し遅れました。私はリイッタ・プレンシア。突然の申し出で驚かれたことと思いますが、私はどうしてもブレイズランドへ行かねばならないのです。相応の謝礼をお約束いたしますので、どうかお力添え願えないでしょうか」

「仕事の話であれば、承りますが。それなりに値段は張りますよ?」

「急な依頼だもの、当然ね。これをどうぞ」


 無造作に外したブレスレットがユベールの手に乗せられる。ずっしりとした感触は純金のそれだ。おそらく非常時に換金する目的で製造されたもので、手首の内側に当たる部分には純度と製造者を示す刻印も打たれていた。刻印の偽造は重い詐欺罪に当たるため、ある程度は信用が置ける。


「そういえば、ブレイズランドは金鉱山で有名だったか」

「ええ、その通り。お疑いでしたら、鑑定していただいても構いませんわ」

「いや、必要ない。プレンシア社の名前は知ってるよ」


 リイッタ・プレンシアの名と、ブレスレットに打たれた刻印で思い出した。プレンシア家はブレイズランド諸島を実質的に統治する一族の名前だ。向こうに到着し、プレンシアの名を出して真贋の鑑定を頼めば本物かどうかはすぐにわかる。もしリイッタが詐欺師ならそんな分の悪い賭けはしないだろう。


「急ぐの。すぐに結論を出してくださるかしら」

「リイッタ様! 私は反対です!」


 プレンシア家に雇われたのだろうパイロットの目にはユベールたちへの反感がある。自分の仕事を奪われようとしているのだから当然ではあるが、リイッタはパイロットに対して毅然とした口調で命令する。


「貴方は飛行機の修理が終わるまでここで待機なさい。いい? 帰りは任せるから、修理が終わり次第、私を追ってブレイズランドまで飛ぶのよ」

「……仕方ありません。おっしゃる通りにいたします」

「よろしい。それで、どうかしら?」


 リイッタの提案は、正直なところ願ってもないものだった。ブレイズランドはサウティカへ向かう途上にあるし、金鉱山に加えて観光で成り立つリゾート地としての側面もある。彼女を送り届けたら、そのまま滞在してもいいだろう。


「フェル、仕事になるが構わないか?」

「わたしは構わない」

「よし、決まりだ。よろしく頼むよ、プレンシアさん」

 手を差し出し、握手を交わす。

「リイッタでいいわ。貴方は?」

「ユベール=ラ・トゥール。ユベールと呼んでくれ」

「わたしはフェル・ヴェルヌだ」

「あら、かわいい。貴方の娘さん?」

「そいつは、我がトゥール・ヴェルヌ航空会社の航法士だ」

 見習い、と続かなかったのを聞いて、フェルがユベールを見上げる。

「そうなの? フェルちゃん、でいいかしら」

「構わない」

 うなずき、機嫌がよさそうにほほえむフェル。

「ふふっ、本当にかわいいわ。よろしくね」

 リイッタとフェルも握手を交わす。

「ああ。よろしく、リイッタ」


 早速出発したいというリイッタに急かされ、ぺトレールに乗りこむ。後席には彼女が座り、フェルはその膝の間に収まる。貨物スペースはかわいそうだと主張するリイッタの提案でそうなったのだが、細身の女性が二人とはいえ狭そうだった。


「ベルトはしなくていいわよね? 安全運転でお願いするわ」

「努力しますが、もし天気が荒れたら頼みますよ」

「わかったわ。大丈夫、フェルちゃんはしっかり抱いてるから」


 フェルはおとなしく抱かれている。依頼人に気に入られるのは決して悪いことではないが、本人がどう思うか。舌を噛まないよう離水するまでは静かにしていたリイッタだったが、空に上がった途端にフェルを質問攻めにしている。伝声管越しに漏れ聞こえる二人の会話を聞くでもなく聞きながら方位を確かめ、操縦桿を操る。


「フェルちゃん、何歳なの?」

「13歳だ」

「私は21歳。ね、この服どこで買ったの?」

「ドヴァルだ」

「あ、大陸の方から来たの? いいな、私も行ってみたい」

「行けばいい。飛行機ならすぐだ」

 フェルの返事はいつも以上にそっけないが、リイッタが気にする様子はない。

「そうなのよね。けど皆がうるさいのよ」

「みんな?」

「おじさまとか、おばさまとか、島の人たちとか。もしものことがあったら島はどうなるんだ、なんて、みんな心配性なのよね」

「リイッタは島では偉いのか?」

 淡々としたフェルの問いに、リイッタが笑いを含んだ声で答える。

「そう、偉いのよ。なんたって、私はブレイズランドのお姫様なんだから!」

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