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1-1

 頭上のエンジンとプロペラが奏でる轟音、操縦桿から伝わる心地よい振動。男は快調そのものの愛機『ぺトレール』の半開放式コクピットに収まり、ダークブラウンの髪を揺らし、灰色がかった青色の瞳を細めて笑みを浮かべる。


「ユベール、なにか言ったか」

 伝声管を通して響いたのは淡々とした調子の少女の声。

「別に。それとフェル、空では俺のことを機長と呼べ」

「キチョ?」

「…………呼びにくいならユベールでいい」

「了解した、ユベール」


 操縦士であるユベールが後席を振り返ると、見習い航法士のフェルが視界に入る。雪国生まれに特有の透けるような白い肌、陽光を受けて輝く雪白色の髪、その毛先が薄い肩にかかる様子は儚げな妖精を思わせ、ユベールの視線を捉えて真っ直ぐに見返してくるスミレ色の瞳には穏やかな光を宿している。物怖じしない態度は生来のものか、高貴な生まれゆえか。


「フェル、なにが見える?」

 前に向き直り、伝声管へ吹きこむ。返事はすぐに返ってきた。

「戦争が見える。大地が荒廃している」

「どこに降りればいいか、わかるか?」

「……待て。いま探す」

「遅い。言われる前に探して伝えるのが航法士であるお前の務めだ。二時方向……右前方10キロ先に滑走路がある。ここから見えるか?」

「見える」

 即答されて、かえって不安が募る。嘘をつかれても困るのだ。

「本当か? 適当なことは言うなよ」

「本当だ」

 迷いなく澄んだ声音。嘘ではない、と判断する。どうやら視力はいいらしい。

「ならいい。周囲の監視を怠るな。どっちの軍に撃たれてもおかしくないからな」

「カンシ?」

「見張りだ。この言い方ならわかるか?」

「わかる。了解した」


 もう一度後ろを振り返るが、フェルはすでに対空監視を始めていた。指示されなくても地上ではなく空へ視線を向け、ユベールから死角となる後方を重点的に気にしているのには驚いた。こうした行動や判断から、彼女が察しがよく頭の回転が速いのは見て取れる。大陸で広く用いられる共通語である〈リンガ・ケルティア〉に不慣れなため、妙に口調が堅かったり、語彙が少なかったりするのはご愛嬌だ。


 遠雷のような重低音が数回、プロペラとエンジンの立てる轟音を通してなお身体を打つ。海岸へ視線をやれば、都市への艦砲射撃を行う戦艦が二隻浮かんでいるのが見て取れた。エングランド王国海軍の戦艦が、ケルティシュ共和国の都市であるシェルールに立てこもるディーツラント帝国軍への攻撃を行っているのだ。この国は現在、多くの国を巻きこんだ熾烈な戦争の渦中にある。


 このような場所をユベールとフェルが飛んでいるのには理由がある。愛機ぺトレールの胴体にペンキの跡も新しい『T.V.A.C.』の文字。二人は社長兼操縦士のユベール=ラ・トゥール、そしてたった一人の社員にして航法士兼機銃手見習いであるフェル・ヴェルヌの二名から成る民間航空会社『トゥール・ヴェルヌ航空会社』として、請け負った仕事を遂行している最中なのだった。


「さて、そろそろ滑走路の上空だ。どう降りればいいかわかるか、フェル?」

「風上に向かって降りる、だっただろうか」

「そうだ、覚えていたな。風向きはわかるか?」

「北西から吹いている」

「……その通りだが、どうやって判断した?」

 的確な答えに感心して聞き返すと、言葉に詰まったような沈黙が返る。

「……説明が難しい」

 数秒の間を置いて、淡々とした口調でフェルが言った。

「魔女の力、ってやつか?」

 振り返って問うたユベールに、フェルが首肯する。

「そうだ。風を感じた」

「なるほどな。だが、できればそれだけに頼るな。滑走路の脇を見ろ。吹き流しは見えるな? あれを読み取れば、地上付近の風の方向と強さがわかる。高度が違えば風の方向も違うから、上空で感じられる風を過信すると足をすくわれるぞ」

「了解した、憶えておく」


 まだ見習いのフェルに航法士として一人前の仕事は期待できない。ユベールが頻繁に話しかけ、質問を投げかけているのは、フェルの勉強のためでもあった。飛行機の運用に関する知識と、意思疎通のための共通語の習熟。幸い、彼女は勘がよく、機転も利く。冷めているようで勉強熱心なところもあるので、慣れるのは早いだろう。


「ユベール」

 フェルの冷静な声が、ユベールを思索から引き戻す。

「どうした?」

「撃ってきた。地上からだ」

「なんだと?」

 機体を傾け、地上を確認。兵士の構えた小銃から銃火が閃く。

「あれはエングランド王国の兵か? 帝国軍機と勘違いしてやがるな」


 おそらくぺトレールの翼下にぶら下げた荷物が爆弾に見えたのだろう。せっかく整備した仮設飛行場の滑走路を爆撃されてはたまらない、というわけだ。対空機銃でも持ち出されない限り当たりはしないだろうが、着陸してから撃たれても困る。


「せっかく翼に王立空軍のシンボルマークを書いてきたってのに、まったく」

「ユベールの絵が下手っぴだからでは?」

 しれっと口にされた言葉に耳を疑う。

「なんだって?」

「…………」

「もしかして、冗談のつもりか」

「そうだ。すまない、失礼した」

 心なしかすねたような響きの混じる声音。思わず吹き出してしまう。

「ふっ……くくく、お前さん、思ったよりおもしろいな」


 銃で狙われているのに冗談を口にできるとは、いい度胸をしている。フェルはユベールが思う以上に、常に冷静沈着であることを求められる航法士としての適性があるのかも知れなかった。笑ったことでほどよく力も抜け、腹が決まる。


「フェル、白旗を出せ」

「待て……できた。これでいいか?」

「ああ、しっかり掴んでいろ」

「了解した」


 フェルの座る後席の搭乗員は航法士と機銃手を兼ねているので、ロックを外せば180度回転して後ろを向ける。大人が腰掛けたままでは向きを変えるのも一苦労だが、小柄な彼女なら問題ない。コクピットの開口部からフェルが手を突き出すと、風を孕んだ白布が激しくはためく。ついでに翼を振って地上の兵士に注意を促す。


「近づけば嫌でも目に入るだろう。このまま着陸するぞ」

「了解した」


 いったん風下に抜けた機体を大きく旋回させ、仮設飛行場へのアプローチに向けて速度と高度を落としていく。金網を敷いただけの急造滑走路に足を取られないよう、いつも以上にゆっくり、丁寧な操縦で機体を下ろしていった。

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