リューク 3
読んでくださってありがとうございます。
眠るエリザの幸せそうな顔を見ることが出来るのは嬉しいが、それが俺の前だけでないというのは許せない。それに今日の居眠りは、悪夢のようだった。
春、彼女がこの国に来た時期だからかもしれない。
名前を呼ぶと、彼女は何度か瞼を小鳥のように震わせて、目覚めたようだった。
ここがどこかわかって、ホッと安心したように微笑む。
そんなエリザを見ると抱きしめたくて堪らない気持ちになる。勿論、そんなことは毛筋ほども見せはしないが。
「あ、ありがとう・・・・・・、リューク。紅茶のおかわりを頂けるかしら?」
余程眠いのだろう、もしかすると夜もあまり眠れていないのかもしれない。春は体調を崩すこともままあるから、気持ちよさそうに眠っているのなら、そのままにしておきたかったが、仕方がない。
「で、今度の出撃は、リュークがでる?」
そういえば、会議の途中だったことを思い出す。つい最近魔物退治があったが、まだエリザの魔力は無理だと思えるほど減っていない。が、夏は両親が治めている領地の方に行こうとおもっているから、動くなら今の内だろう。そんなことを考えていると、エリザが心配そうな顔でこちらを見つめる。
エリザの憂い気な瞳には、何か麻薬でも混ざっているのだろうか、身体が熱くなる。彼女は、大きくなるにつれ、魔性の女にでも変化しているのだろうか。
「リュークが行くの? 今度は魔物を狩るのだったかしら?」
アインは、凄い。エリザの魔力を感じないのだろうか、それとも変人なのだろうか。平気な顔でエリザに文句を言う。
「姫、聞いていた振りくらいしましょうね」
エリザは、真面目なところが可愛いのに、そんなことを教えなくていいのにと、「姫は聞く必要などありません」などと、思わず吐き捨てるように言ってしまった。
エリザは困ったように俺を見て、何も言わずにうつむいた。
「姫、姫、・・・・・・エリザ姫?」
エリザは考えごとをするとき、視界に映るものを忘れてしまうことがよくある。一生懸命考えているのはわかるが、俺の事も忘れてしまうのが嫌だ。
姫、と呼んでも返事がないので、エリザ姫と呼ぶとハッと驚いたように瞬く。
口元を拭う仕草が可愛い。アインは、呆れたように自分の婚約者であるエリザを見つめる。自分だって、会議の席で居眠りするのはいつものことなのに。
「姫として、それはどうかと思うのですがねぇ」
自分のことを棚に上げて、人を責めるのは、俺だってどうかと思うぞと、横目で睨んだ。まぁ、アインにとっては、俺なんて子供みたいなものだから、全く効きはしないけれど。
「西の森には第二騎士団、国境沿いの警護には第三騎士団で編成を組むように。西の森の指揮は私がとらせてもらう」
十年近くたった今、魔物退治で着実に功績を上げてきた俺は、第二騎士団長になっている。何度も命の危機にはあってきたが、エリザの安全を考えれば大したことではない。
アインは、騎士団の長にはならないと公言していて、今は俺の補佐だ。前任のグレンハーズ様には、「諦めてお前がなれ」と半ば押し付けられてしまった。騎士団は、基本は実力主義だ。俺は伯爵家のものだということもあって、誰からも反対はされなかった。
「リュークの指示通りに――」
俺を心配しながらもエリザは、何も口出すことは出来ない。
早く、彼女が大人になればいいのに。そうすれば、俺はエリザに愛を告げることが出来る。
彼女の瞳を見つめ、彼女の熱を感じ、口付けることが出来れば、俺は天にも舞い上がるだろう。
愛は、魔法――? ああ、そうだ、俺はもうずっと彼女の作り出す魔法にかかっている。
不安も心細さも、夢も未来も、俺が吹きとばし、共に育むのだ――。
愛している――。
言えない言葉が、俺の心の中で嵐のように渦巻いているのを・・・・・・、彼女は知らない――。
アインが先に第二騎士団の一部をまとめて国境沿いの警備に出かけた。その一週間後、俺たちが出かけることになっている。だからその間、俺は彼女と二人でお茶の時間を楽しめる。
エリザは、勉強したこと、侍女達との楽しかったこと、友人たちとの面白かったことなどを楽しそうに俺に教えてくれる。
今のお気にいりは、お菓子専門のコックであるヘイズにお菓子を教えてもらって、色々と焼くことのようだ。俺はあまり甘いものを食べないが、国王陛下は甘いものと酒が好きらしい。だからか、国王陛下を嫌いだといいながらもエリザは国王陛下の好きなお菓子を焼く。
砂糖の少ない、甘すぎないお菓子は俺のために焼いてくれているのだろうと思うのだが、それを確かめる勇気は出ない。
俺だってわかっている。エリザは、婚約者であるアインのことだって好きなのだ。確かに意地悪ですぐ嫌味を言うが、アインはそれほど悪い男ではない。城では女にもてている。
俺は目付きが悪いとか言われているらしいから、アインと比べられると、自信がない。
「美味しい?」
と心配そうに訊ねるエリザに、「君のほうが美味しそうだ」と口付けたいと言ったら、どうなるだろうと考えた。
殴られる、真っ赤になる、頷かれる・・・・・・ない、ない。ありえない――。
エリザは優しいから、殴りはしないだろうが、きっと引かれるだろう。
考え込んでしまったのが美味しくないからだと思ったからか、エリザは「そんなに甘くしなかったのだけど・・・・・・」と首を傾げる。
「ええ、――美味しいですよ」
齧り付きたくなるのを押しとどめるために、エリザと視線は合わせない。
何故だろう、甘いお菓子は苦手なのに、お菓子の甘い匂いを漂わせるエリザはとても美味しそうなのだ。
大分、俺は駄目なほうに進んでいると思われる。俺は、明日の剣の稽古の時間と走り込みの時間を倍に増やそうと決めた。
アインがいない間の蜜月、一週間を楽しんで、俺は魔物退治に出かけた。三日目には最寄りの村についた。村長から話を聞き、魔物が木の形をしていること、近づいたもの達が何人も干からびたように死んでしまっていたことを聞いて、気を引き締めた。
魔法で戦う場合、周りに被害がでてしまうことがあるので、俺は最小限しか側に連れて行かない。最悪の場合を考えて、村に一個小隊十五人、魔物までの間に十四人を配置した。
俺が帰ってこなかった場合、一時間後に村に残る小隊以外の十四人は王都に引き返し、アインもしくは、宰相の支持を仰ぐことになっている。魔法使いが治める国ではあっても、この国は魔法を便利につかうことをしない。魔法は愛のためだけに――、それが理念で、騎士団でも例外はない。
氷の鎧と魔法の剣を装備し、俺は魔物に向き合った。
魔物は、それほど強敵には見えなかった。俺の剣は土属性なのであまり効きそうになかったから、持ってきた弓矢で火をかけた。燃え上がる幹は、そのまま灰にはならず、枝を伸ばして一直線に飛び込んできた。魔法剣でそれを回避したまでは良かったが、その瞬間に黄色い粉のようなものを飛ばしてきた。
・・・・・・言い訳をさせてもらうなら、俺はもう可愛くて仕方ないエリザを前に、我慢の限界にきていたのだ。
黄色い粉は、俺に幻覚を見せた。ちょっと、エリザには言えないようなものだ。
それでも俺は魔法剣をその魔物に突き立てることは出来たのだ。
「エリザは・・・・・・もっと可愛い!!」
俺の言霊は、強い力で幹を打ちぬいた。
魔物は、愛や温かい感情を受けると悲鳴を上げて(俺にはそう聞こえた)俺に絡みついた。
そう、その後は、エリザに抱きしめられている夢にとらわれて、俺は十年近い日々に鬱屈してしまったアインへの嫉妬や、国王陛下が科した約束への不満を吸い取られながら、魔力とマイナスの生気を吸い取られ、魔物を成長させてしまったのだった。
ああ、笑ってくれていい。俺は魔物に見せられるまやかしに捕らわれ、エリザが俺を呼ぶ声に揺さぶられるまで、幸せな気持ちで眠らされていたのだった。
エリザのリュークは、色々まやかしだったというわけです(笑)。恋は盲目♪
いえ、リュークは大分隠せるようになっているのです。で、悶々としているという。