リューク 2
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俺が身体の不調に気付いたのは、三ヶ月ほどたったある暑い日のこと。身体の奥から熱があふれ出るようなそんな眩暈を起こした。
「おい、お前か――」
黒い髪、だけど目の色はエリザと同じような明るい緑の男が、庭で倒れた俺を起こして訊ねた。
「なに・・・・・・?」
「お前が受け皿かと聞いている――。が、お前以外にいないか」
その男は、平和なウィンディール国の象徴とも思える王宮の中庭で、眩めく剣を抜いたのだった。
「なっ! お前、外部の人間だろう!」
この国の騎士団でもない人間が、余所の王宮で剣を抜いて、問題にならないはずはない。
「元気なボーヤだ」
挑発するように男は嗤い、俺に向かって手を伸ばし、来いと手首を返した。
気持ち悪いと言っている場合ではない。
男が剣を一振りすれば、そこには水で出来たような狼が立っていた。
「魔法使いか!」
この国では、魔法使いは制限される。それが何故入ってこれたのだと、それに驚きながら、俺も腰の剣を構えた。
「それ、一発目だ――。受け止めるなり、逃げるなり、頑張れ――」
明らかに弱い相手をいたぶる気満々の男の笑い声が庭に響く。
「うわっ!!」
狼は、俺の剣に弾かれて、何度も襲い掛かってくる。本物の狼ですら、戦ったことなどないのに――。俺はまだ、見習いみたいなものだから。
「はははっ。どこまで頑張れるかな?」
狼が男の剣の一振り、一振りで増えていく。
「くそぉっ!」
俺が一体を切り倒す間に、二体三体と増えていく。
「ほら、お前には魔力があるだろうが。その剣は魔法剣だぞ、普通の剣のように扱っている馬鹿がいるか――」
俺は、自身の剣が魔法剣だと、今の今まで知らなかった。魔法を使うための方法など聞いたこともない。
だが、俺は知っている。エリザの頬を撫でた時、癒しの力は「この子を護りたい」と思っただけで発動したのだ。意志の力・・・・・・だと思う。
「俺は――、エリザを護る――」
こんな知らない男を王宮に野放しなどできない。エリザが傷つけられたら・・・・・・とそう思うだけで剣が震えたように感じた。
「ほぉ・・・・・・」
男は、驚いたような声を上げた。
狼が俺の剣の一振りで、三匹まとめて蒸発したように霧散したのだ。
「俺は負けない――!」
俺の声に応えるように剣は震える。俺の中の魔力を吸い取りながら、剣の輝きは一層激しくなって・・・・・・、最後の一体の狼を倒した時に、何故だか俺は膝をついていた。
「魔力のコントロールは、自分で覚えるしかないからな。よくやった、リューク」
男は、何故か俺の名前を呼んだ。
「あなたは・・・・・・」
「僕は、エリザ姫の婚約者、アインという――」
その時の俺の顔をアインには、ずっとずっと長い間揶揄われることになる。
俺は、エリザに婚約者が出来るなんてことを考えたこともなかったのだ。何故だかわからないが、彼女はずっと俺の側にいるような気がしていたのだ。
「悪いな、リューク。エドワードの命令なんだ」
アインは、もう既に大人の男だった。二十代後半にさしかかるかどうかくらい。顔も姿も整っていて、多分女性が好む姿形だと思う。自分とは違う大人の魅力あふれるその男を見つめて、俺は生まれて初めて敗北感というものを知った。
アインは、騎士団長の元へ連れて行けというので、ガクガクした足腰のままなんとか案内した。身の内を燃やすような眩暈は、スッキリとなくなっていた。後で聞いた話だと、エリザから流れ込んでくる魔力が飽和状態になるとああいった状態になるらしい。だからたまに発散させないといけなくて、それを教えるためにアインが呼び出されたというのだ。
「グレンハーズ。久しぶりだな」
アインは騎士団長にも偉そうだった。騎士団長は、驚きながらも執務室のほうに人払いをして、アインを連れて行ってしまった。俺はそのまま床に蹲り、気が付いたら床に突っ伏して眠っていた。優しい先輩が上掛けを俺に被せ、『踏むな』と張り紙をしてくれていた。なのに何故か足形がいくつもついていたのに、俺は全く気付くことなく眠っていたのだった。
アインは、第二騎士団の騎士団長補佐という今までなかった役職についた。
「こいつはな~、最低の騎士・・・・・・じゃなくて、最低の魔法使いであるところの騎士だ。今までは密命の単独で行動していたが、このたび第一王女の婚約者という立場になったことで、表のほうの騎士団の仕事をすることになった。魔物退治のプロフェッショナルだ。偉そうだが、実際偉い人だと思っていい。おいおいみっちり扱いてもらえ」
「よろしく。正直騎士団の仕事は全くわからないけれど、それは問題ない。僕の仕事は、お姫さんのおもりと、よわっちいのをしごくだけだ――。アイン様と呼べ――」
ニッコリと女受けのしそうな笑顔で、アインはそう告げた。
正直どうなるのだろうと思っていたが、次第にアインの実力がわかってくると、実力主義の騎士団では問題はなかった。アインは、俺をしごくとき以外は、魔法を使うことはない。誰もいない場所で、俺に魔法を使った剣での戦い方を教えてくれた。
「ほら、また。面白いぐらいに直情型だな、お前は」
馬鹿だと言われれているのだと俺でもわかる。そして魔力のコントロールが出来なくて力尽きた俺を脚でひっくり返して、呆れたように呟く。
「お前が魔力を制御しないと、お姫さんもしばらく寝台から起き上がれないだろうなぁ」「・・・・・・はぁ?」
意味がわからない。俺が制御出来ないと・・・・・・まさか!
カクカクと産まれたての仔馬のように震えている膝を根性で立たせて、俺はエリザの部屋まで訊ねていった。吐きそうに気持ちが悪いけれど、確かめるまで帰るわけにはいかない。
「姫様は先週あたりからご気分がすぐれず、ずっと寝台でお休みになっているのです」
侍女のフユが、俺の変な状態には目を瞑って、教えてくれた。
「あんなに小さいのにお可哀想に――」
それで、いつも時間があれば騎士団に遊びに来ていたエリザが来なかったのだと、やっと気付いた。俺は、婚約者になったアインに遊んでもらっているのだと思っていた。
下らない、つまらない、男らしくない・・・・・・。そうだ、これは嫉妬だ――。
俺は、やっとこの胸に燻っている気持ちに名前があることに気付いた。
小さな十歳かそこらの少女の心変わりに、傷ついた、情けない男なのだ。実際は心変わりなどではなく、エリザは俺が魔力を制御出来ずに大量に引き出してしまうから、具合が悪くなっているようだった。
「俺は・・・・・・強くなる――。エリザを護るんだ」
俺の心の声は知らず出ていたようで、「ええ、頑張ってください」というフユの励ますような声に、真っ赤になって逃げ出した。
穴があったら、めり込みたい――。アインなら、その上から踏みつけていくだろう、頭を狙って――。
俺は、そのままアインの元に行った。体力がとか気力がとか、明日とか、明後日とか、そんなことを考える余裕もなかった。
アインは、俺の額を指で弾き、「馬鹿か、姫さん、マジで殺す気か」と言った。
魔力の制御というのは、一日やそこらで出来るものではないらしい。しかも他人の魔力だ。俺がエリザ姫の魔力を引き出しすぎていることに気付かなかったのは、自分の魔力ではないからだ。面倒なことに、俺の魔力とエリザ姫の魔力は混ざりあって、わけて使うことは制御出来るようになっても無理だろうと言われた。
だから、エリザにどれくらいの魔力があって、どれくらい引き出せば彼女の具合が悪くなるかは手さぐりで覚えていくしかないのだという。その間、俺は、大事な姫を苦しめることになるのだ、と覚悟を決めるしかなかった。
アイン様登場。うん、結構好きなんだけど、頭ぼんやり書いていると、凄く優しいいい人になるから危険だ(笑)。
リュークは、もうめちゃ一生懸命です。恋敵登場で、慌てているのを周りは微笑ましく、なんだか自分の昔の忘れたい黒歴史を思い出して、周囲は恥ずかしく見つめてます。