リューク 1
こんにちは。エリザ視点のお話しが終わって、どうしてもリューク視点が書きたくて、思わず他を置いといて書き始めてしまいました。ちょっと書いていて、この人やばくね?と思わないでもないですが、それもまぁ運命の人ということで。
小さな少女を連れて国王陛下が城に戻ったのは、俺が十六歳で騎士団に入ったばかりの頃だった。城に入って来たその人を不審者かと思い声を掛けたところ、湯を沸かしてもってこいと命じられてしまった。
その時になって、走りこんできた宰相閣下と騎士団長の「陛下! やっと帰って来たか!」という怒号で、その人が本来自分が仕えるべき主だとわかり、目を瞠った。
黒い髪は短い。瞳は金に黒の虹彩、一目で魔法使いだとわかる。
本当か嘘か、竜の血をひくものは、この色彩の瞳を持つらしい。
「ん? 早くお湯持ってこい。俺の部屋は使えるのか?」
「その子は・・・・・・? 勿論使えますよ」
宰相閣下は、大きな身体だから陛下の肩越しに胸に抱いている少女を覗き見た。
「お湯はどのくらいですか?」
おずおずと訊ねると、「ああ、この子の身体を拭きたいんだ。後、エリザの面倒を見れそうな侍女を頼む」
少女は綺麗な服を着ていたが、あちこち裂傷の痕もあって何が起きたのだろうと心配になる。
「陛下、その子供は?」
「ああ、俺の娘・・・・・・にする」
・・・・・・するって、今するって言いましたよね?
驚きながら視線を彷徨わすと「今のは聞いてなかったよな」と騎士団長グレンハーズ様に羽交い絞めされてしまった。
「そ、その少女は、陛下の姫だと聞きました!」
長いものには巻かれなければならない。それが騎士団に所属するものの運命だ。
ニカッと笑うグレンハーズ様は、少し怖い。もう五十歳くらいだというのに、肉食系の匂いがプンプンするのだ。気をぬくと喰われそうな・・・・・・。
「それでいい――」
宰相ジンエイ様はもう少し若いが、その眼光の鋭さは、この呑気な国に似つかわしくない。元々国王陛下を差し置いて宰相が国を動かしているとは聞いていたけど、まさか国王陛下が行方不明だったとは思いもしなかった。
「この子の着替えが終わったら、寝ているうちにさっさとこのウィンディール国に忠誠を誓わせる」
「それは――」
「姫が目覚めないうちにですか? そんなことが出来るのですか?」
宰相も騎士団長もあまり賛成でないようだった。
それは当然のことだと魔法使いに属する人間ならわかる。
魔法使いに忠誠を誓わせるというのは、簡単にいえば魂を国王陛下に隷属させるということだ。
「真名が言霊についていたからな。問題ない――」
国王陛下の感情を抑えたような声に二人は黙り込んだ。
「ですが、知らないうちにそんなことになったら――!」
俺は、だんまりを決め込むつもりだったのに、その少女の横顔を見ていたら、堪らず声を上げていた。
「お前の名前は――? 伯爵家のものだろう?」
なんでばれているのだろうと焦りながらも、「リューク・リジン・レイザックです・・・・・・」と告げる。
「マズワールの伯爵か・・・・・・。この子の魔力は大きすぎるんだ。国の防護壁にでも魔力を流し込むくらいしか思いつかないくらいにな・・・・・・。普通の魔法使いには出来ない」
俺は思わず小さな少女に近寄った。
こんな小さな、小さな身体なのに、国の防護壁だなんて・・・・・・。
俺がそっと手を伸ばすのを誰も止めなかった。
「そうしたらこの子はどうなるんですか?」
「俺が死んだあとはこの国を護ることになるだろうな。だから、姫なんだ。維持くらいは出来るだろう、その間に軍備を増強するとかして国を護るために騎士団が頑張れば、まぁ国はなくなったりしないんじゃないか?」
「でも国王陛下の魔力は竜に匹敵するって――」
「まぁ、全部守るのは無理でも、ある程度縮小すればこの子も魔力を吸いつくされて死ぬことはないんじゃないかな?」
無情な言葉だと思う。それをこの子の意識のないうちに決めてしまうなんて、国王陛下だって許されないことだと思った。
「この子の意志もないのに、そんなことをしていいわけがない!」
今思えば、俺は国王陛下にいいように誘導されていたんだとわかるが、その時はこの子を護りたいという気持ちで一杯だった。
「なら、この子の魔力はどうする? 維持すれば、それはすべからく歪を産むぞ。お前も伯爵家の出なら知っているだろう、突然現れる魔物が何から発生するのか――」
騎士団には、この国を他の国から守る騎士と、魔物と呼ばれる奇怪な存在を退治する騎士によってなっている。魔物を退治する騎士は、数が少なく、両手に余るほどしかいない。俺も多分、このまま成長すればそちらを専門とするか兼任するかになるだろう。
「でも!」
「だめだ、これも嫌、あれも嫌じゃ世界は回らないんだよ。お前がこの力を受け持つか? お前もレイザックなら魔力を受け取ることも可能だろう? 出来ないなら文句を言うな」
「陛下!」
宰相と騎士団長が慌てたように国王陛下を呼ぶが、彼は真面目な顔で俺を見ていた。
「言います! 俺が受け取ります! その子を護って見せる!」
初めて見た、声すら聞いていない少女の何が俺の気持ちを揺さぶったのかわからない。けれど、守りたいと・・・・・・、幸せに笑っていてほしいと、思ったのだ――。
二人は、額を抑えたり、「あ――・・・」と声を上げたりしていたが、国王陛下は、満面の笑みを浮かべて、俺の額を突いた。
「一端の騎士だな、ぼくちゃん」
一端の騎士とぼくちゃんは、同じではないと思う。
国王陛下は何かを唱えたような気がする。気持ちのいい音なのか何かが俺の脳裏に流れてきて・・・・・・、やがて形を成した。
「誓います――」
俺の声を契約の証として、その少女の魔力はゆっくりと流れ込んできた。その魔力は酷く居心地がいい。
少女の頬を撫でると、今まで白く青ざめていた頬に赤みがさした。
「癒し?」
「レイザックの力だな。人の力を媒介した時に出来る魔法だ。酷く疲れるから、それくらいにしておけ。この子の魔力もまだ枯渇しているに近い。それ以上使えば、死ぬぞ」
ビクリと手を引っ込めると、「後は目覚めるのを待つだけだ――」と国王陛下は、ホッとしたように柔らかく微笑んだ。
そして、エリザは国王陛下の第一王女として、お披露目されたのだった。
でも、お披露目にも国王陛下はいなかったけれど。
国王陛下は、国政には参加していないそうで、魔法使いの『愛の巣』と呼ばれる部署の長官として内緒で就任した。傍目には、ただの魔法使いだと思われている。
『愛の伝道師エドワード』とか寒い名前を名乗っているのを見ると、あの時の人と本当に同じ人かと疑問に思ってしまう。
あれは愛のある人間のすることじゃないと思う。
取引を持ち掛けてくるから、物語に出てくる悪魔のようだ。
「リューク、ごめんね。私のこと邪魔じゃない?」
目を醒ましたエリザは、明るい春の木々のような色の瞳をしていた。散々国王陛下を詰った後(よく理解できたなと思う)俺に申し訳なさそうに謝って来た。
「エリザ姫は、気にしなくていいんです。俺は騎士ですから、貴方を守るのが仕事なんですから」
可愛いエリザ、この大事な国の宝物を護るために、俺は強くなる。まだ下っ端で、騎士なんて名ばかりだけど、エリザがいつでも笑っていられるように、努力しようと思っている。
エリザは、俺にとても懐いてくれている。俺の姿を探して、皆に揶揄われながら、真っ赤になって「だってリュークは私の大事な人だもの」と言い返している。「すみにおけないな」と騎士団長に笑われながらも、俺は悪い気はしていなかった。
小さなエリザを護るのは当然のことで、エリザが信頼を寄せてくれている限り、俺は頑張れると思っていたからだ。
この国は、愛には寛容です。恋愛結婚率99.5くらいだと思います。
騎士団で見習いのようなリュークがエリザを大好きでも、エリザがリュークを大好きでも周りは温かく見守っています。