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読んでくださってありがとうございました。素敵な企画に感謝です。
「エ、エドワード! お願い、エドワード! 助けて――!」
空は突き抜けるような青空で、アインの命を吸い上げるようにして巨木と化したその魔物は、その場から動く気配はない。だからといって、リュークはともかく、あの状態のアインは直ぐに事切れてもおかしくない状態に見えた。
「・・・・・・俺の可愛いお姫様を泣かせるなんて、あの男たちじゃダメだな――」
アインが来たくらいなのだから、来れるだろうとは思っていた。けれど、本当に来てくれるとは、信じられなかった――。だからアインを呼んだのだ。彼なら、もし呼んで来てくれなくても、心はそれほど傷つかないと思ったから――。
「エド・・・・・・」
泣き腫らした顔にハンカチでそっと拭ってくれるのは、本当に国王だった。
「エリザ姫、もう大丈夫だから安心して」
泣き顔を見られたくなくて、私はエドワードの胸に飛び込んだ。その頭をポンポンと撫でてくれるのは、いつぶりだろう。
「でもリュークもアインも――」
魔法剣でも駄目だったのだ。
「あれはね、人の負の気を糧にしているね。後は、魔力もないよりはましって感じかな。リュークは、色々と我慢しすぎだな――。アインの負の気なんか吸ったらお腹壊しそうだよね」
アインを吸い取ってから、木は三倍の大きさに成長してしまったのだ、どんなに沢山の負の気をもっているんだ・・・・・・と少し怖くなる。
「怖がらなくていいよ、ただね、多分俺の負の気を吸うと・・・・・・」
エドワードは私を座らせて、「ここで皆のために祈ってて――。それが一番強い力となるから」と告げた。
エドワードは戦う素振りも見せず、木に近付いていった。
木は歓喜に満ちたような踊りでアインとリュークを投げ飛ばし、エドワードに枝を伸ばした。木には、豪華な食事に見えたのだろう。
「アイン! リューク!」
私は二人に駆け寄り、傷の深いアインのお腹の傷に手を当てた。
私に魔力はあっても魔法は使えない。だから物理的に抑えることしか出来ないけれど。
木はまるでエドワードを抱擁するように彼を取り込んだ。
木の表皮から沈むこむようなエドワードに不安しかない。けれど、エドワードは言った。
皆のために祈ってて――。
私には祈ることしか出来ない。
「リューク、リューク・・・・・・」
アインのお腹を抑えながら、私はリュークを呼び続けた。
「エド、無茶しないで――」
涙が溢れる――。干からびるんじゃないかと思うくらいに流れたと思うほどの時間だった。静寂がまるで世界には自分しかいないんじゃないかと思えるくらいに感じた。実際のところはどうだかわからない。一瞬のようにも永遠のようにも思えたからだ。
今ならあの人が願った意味がわかるような気がする。
『幸せっていうのはね、毎日明日も今日のような日が続くといいなぁって思うことよ』
私はずっと幸せだった。あの人がくれたものはこんなに輝いていて、私を幸せにしてくれた。
もう二度と会えない・・・・・・ありがとうって言えないのが悲しい――。
私はあの人がくれた幸せを、絶対に失うもんかと手に力をいれて願う。
「私はリュークが好き! アインだって好き――。エド、・・・・・・お父様だって、大好きなんだから――巨木なんかに、私の幸せを奪ったり出来ないんだから!」
私の鼻水でまともに音になっていないだろう声に、リュークが反応をする。
「・・・エリ・・・ザ」
「リューク、リューク、リュー・・・クゥ・・・・・・」
ヒクヒクと嗚咽が止まらない。リュークが生きていたという安堵に、私は苦しくなる。息が出来ないかと思った。
「エリザ、息、して――。吸うんじゃなくて、吐く――。大きく吐いて――」
リュークは反対に曲がっている手が痛いだろうに、私の横に膝で寄ってきて、一緒にアインのお腹をおさえ、私に息を吐くように言う。
「そう、息は吐ききったら、ちゃんと入ってくるから。俺の事を信じて」
リュークの手が温かい。それにホッとしたのが良かったのだろう。私は苦しくて仕方がなかった呼吸を普通にすることが出来た。
「リューク・・・・・・」
「エリザ・・・・・・」
リュークは、私の手を握りながら顔を覗いてくる。鼻水やら涙やらで、みっともない顔を見られるのが嫌で、私は顔を背けた。
「エリザ・・・・・・」
逃げる私の顔を追うように、リュークは身体を寄せてくる。
「痛っ」
その際に負傷している腕が痛かったのだろうリュークは声を上げた。ハッとして、リュークの方を向いた瞬間に、温かいものが唇に触れた。そっと触れるだけとはいえ、リュークの唇が私の唇についている。
私は、婚約者の血まみれのお腹を抑えながら、大好きな男性に口付けられているのだ。
・・・・・・駄目じゃないだろうか。でも嬉しい。
私の気持ちは正直に顔に出ていたと思う。
「エリザ、愛しています――」
コツンと額と額を合わせて、リュークは堪えられないという感じで私に告げた。
「私はっ」
「いいです、アインのほうが包容力があって、大人で・・・・・・目尻の黒子が色っぽいとかいわれているのは知っています――。でも俺は・・・・・・」
「――ちょっ、婚約者の横で何してるのか聞いていいかな――?」
「きゃぁぁぁ――」
今、いつ死ぬか不安でたまらなかった人が、お腹を抑えながら、起き上がってきたのだ。
「お前、僕の意識が戻っているのを知っていながらキスしただろう?」
「いいえ、知りませんでしたよ。でも、知っていても変わりませんよ」
アインの問いに、リュークは飄々と答える。
「もうお腹は塞がっているから、大丈夫だよ、エリザ。リュークと好きなだけキスしてても僕は化けて出たりしないよ」
私の涙は、驚き過ぎて止まってしまった。ふと目をやると、リュークの腕も元に戻っていた。
「え? え? どうなってるの――?」
リュークもアインも小さな擦り傷以外はないように見えた。
「君の魔力を俺が使ったんだ――。俺の魔法は君の魔力を使った時だけ、癒しの魔力となるんだよ」
瞬きを繰り返す私をリュークが抱き上げてくれた。実はさっきから足腰が立たないのだ。
「ごめん、魔力のほとんどを使いきってしまった。立てないだろう」
そう言って、もう一度私を抱き上げた状態でキスをしてくる。
「ちょっとまって、リュークっ! ん・・・や・・・・・・」
アインの許しがあるとはいえ、人前でするものでもないし、何よりまだエドワードが戻ってきていないのだ。何とかリュークを押し返して、今はそんな場合じゃないのだと告げる。
アインとリュークは、私の視線の先に巨木・・・・・・と言っていいのか最早わからないくらいに大きくなった魔物を見上げて、「・・・・・・あーあ・・・」と呟いた。
アインの負の力を吸い取った時、辛うじて巨木といっていい大きさだったものは、遥かに天にそびえ立つ風情でそこにあった。
「エドが!」
エドワードが中にいるのだと言うと、アインは「あれは人間の負の力を栄養にするんだ。エドワードなんて、極上の最高級栄養剤だろうね」と言った。
「大丈夫だから、ほら、もうあれ以上吸えなくて、幹が崩壊を始めたよ。少し避けておこう」
私たちは、ハラハラと降りしきる雪のような木の粉を見上げながら、そこに淡いピンクのような白いようなそんな満開の花をみたような気がした。
「こんなことを言ってはいけないのだろうけど、美しい――。怖いくらいに綺麗・・・・・・」
「あの花は、エドワードが好きだった花だよ。もうどこにもない、記憶の中の花を咲かせて、あの魔物はきっと満足したんじゃないかな」
「陛下の記憶の花ですか・・・・・・。美しいけれど、何だかとても恐ろしくて、切ない気持ちにさせられますね」
私たちは、魔物の最期を見つめてジッと空を見つめていた。
あの天にそびえ立つかと思った木は、粉となって降り積もり、まるで雪の原のようにそこを埋め尽くした。
木の立っていた場所に一人で立ち尽くすエドワードが、何故だかとても孤独に感じられた。
「エド!」
私はリュークの腕からエドワードに手を伸ばした。
表情のなかったエドワードが、今私たちに気付いたように、柔らかく微笑んだ。地上に降り立った竜というのは、人間の姿をとれば、こんな感じなのかもしれないと、ふと思う。
それはエドワードの冠に『偉大なる竜の後継者』とついているからだけど、エドワードの本質のような気がした。
エドワードは、それほど大きな身体ではないけど、私をリュークから受け取って軽々と抱きしめてくれた。
「お父様って呼んでくれないの?」
明らかに茶化しているとわかる口調で私に問う。私は迷いながら、「お父様、来てくれてありがとう」とお礼を言った。
花を見たことは、何故だか言う気にならなかった。あれは、エドワードの心の中だけにあるもので、私たちがのぞき見していいものではない。
エドワードは、私がお父様と呼んだことに少なからず驚いているようだった。私は、エドワードのことが嫌いではない。大好きかと言われたらどうかわからないが、国王として尊敬している。
この国に生まれた魔法使いが、『愛だ恋だ』と他の国の人間からしたら『頭に花が咲いているような人々』と評さる幸せな魔法使いでいられるのは、エドワードが身に宿る魔力で護っているからだということを私は知っている。
「お父様、私、リュークのことが好きなの」
「おや、二十歳まで待てなかったの、リューク?」
私はアインのことも好きだけど、どうしても彼を恋人や夫に出来そうになかった。
「すみません、二十歳まで待つという約束だったのに・・・・・・破ってしまいました――」
「まぁ仕方ないよ。命の危機は種としての生存・・・」
「どうでもいい――。アイン、お前の愛し方が足りなかったんじゃないのか?」
エドワードは、私の方を見ないで二人を責めている。
「お父様、ごめんなさい。でも――」
「ああ、エリザはいいんだよ。だってリュークは、運命の人だからね。『愛の魔法使い』第一号の私が、選んで君の魔力の受け皿にしたのは、けして遊びでもなんでもないんだよ。君はリュークという運命の番がいるから、君の母親であるだろう魔法使いがここを選んだだろう」
あの人のことを私はエドに話しただろうかと、記憶を探すが見当たらない。
「君がやってきたとき、言霊のようなものがついていたんだよ。君の母、セイレーンは、未来を見ることのできる希少な魔法使いだったようだね。エリザの運命はここにあるから保護してくれって言っていた」
ああ、思い出した。あの人をセイ様と私は呼んでいた――。
泣きすぎてもう枯れたかと思っていた涙が溢れる。
「君は愛されている――。この国の姫に相応しい」
「リュークは、二十歳までは君に愛を告げないとエドに約束したんだけどね」
リュークが慌てているのが見て取れた。
「運命の人が側にいるんだから、直ぐに手をだすんじゃないかと心配でね。リュークには、二十歳までは手を出さないように厳命したんだよ。アインを婚約者にしとけば、変な男も寄ってこないだろうし」
まるで娘のことが大切でたまらない父親のように、エドワードは告白した。いや実際のところ、この父親は、私のことが大事なのだろう。あまりそう言ったことを言う人でなかったから、私が気付かなかっただけで。
「お父様――」
私はエドワードを、知ろうとしていなかったのだ。未だに、その虹彩の瞳にすくみはするものの、私の中にあった怯えは形を潜めた。
「エリザ、俺の可愛いお姫様。二十歳になったらリュークのところにお嫁に行きたいかい?」
エドワードは、わかっていることを訊ねてくる。
私は、大きく頷いた。アインが髪をクシャクシャと撫でて、「残念だな、僕のものになったらいいのに」と嘘っぽく笑う。
「エリザ、一年後、君を俺の妻にするよ」
確認するようでいて、リュークは断言した。
「はい――」
私は、エドワードに抱かれながら、リュークの口付けを頬に受けた。
「こいつさ、もう領地のほうに二人でゆっくりできる別荘を建ててるんだぜ」
アインが、内緒話のように私に耳打ちしてくるのを聞いたリュークは、耳を僅かに赤らめてゴホンと咳ばらいをした。
ああ、リュークの婚約者のための屋敷というのは、私のためのものだったのかと合点がいった。
そうだ・・・・・・。リュークを愛する会に、どう報告しようと私は少しだけ蒼褪める。
抜け駆けしたことになるのだろうか――・・・?
セイ様、あなたの望んでくれた私の幸せが見えるでしょうか。
私は、不器用な父親と、果たしていくつなんだろうかと思える兄のような人と、凛々しく逞しい私の愛する人に囲まれて、明日も明後日も続くように願える日々を送っています。
あなたの未来見に、私の幸せな姿が見えたのだと信じています。
ありがとう、セイレーン。私のお母様――。
このお話しは、これで終わりだけど、リューク視点を書きたいなぁ。
前話のあとがきに書いた推してしかるべしは、リュークの悶々とした恋心です。仲良しのアインとエリザ(というようにリュークには見えています)に沈み、アインに嫉妬の毎日。エリザは可愛らしかったのに、段々と美しくなっていって、嬉しいやら心配やらで心が落ち着く日がない。毎日エリザのことを想って滾る気持ちを剣に込めて振っていたわけです。それらは既に愛といういうよりは、執念のような・・・・・・(え)負のエネルギーになりました。一緒に来ている第三騎士団は、側の村の警護をしております。最初は小さな木だったら、見誤ってしまったのですね。
アインは、少しだけ書いた謎の第一騎士団の人です。エドワードと同じ呪いがかかっていて、不老不死です。普通の人は、お腹を木でさされたら死ぬと思います。ちなみに彼は精霊魔法特化型で癒しはできません。
エドワードは、まだ私の中でも色々不確かな感じなのです。だから『愛の魔法』の時とは変わっているかもしれません。ええ、彼はまだまだ書くつもりでおりますw。いつかはわかりませんが、お気に召していただけると嬉しいです。
『大団円ハッピーエンド企画』には沢山のお話しがアップされているようです。ちょっと見る時間がなかったので(書くの必死でw)今から時間をかけてあちことを巡ってみたいと思います。皆さまもよろしければ、たのしんでくださいませ。
ありがとうございました。