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読んでくださってありがとうございます。
悪夢はとても敏感で、私の隙をついてやってくる。私の不安が呼び起こす、唯の過去だというのに・・・・・・私は、恐怖に身を引きつらせながら・・・・・・、目を醒ました――。
「ああ、良かった――。お目覚めになられた――」
クリスティーナと侍女のアキは、私の目覚めにホッと安堵の声を上げた。
「クリスティーナ・・・・・・、あの、私が気を失ってどれくらい立つのかしら?」
私は、焦る気持ちを落ち着けながら訊ねた。
「十分ほどです。さっきやっと寝台まで運んだところで、侍医を呼んでおります」
私の服は、まだそのままだが、緩められていた。
「エリザ様、駄目です」
立ち上がろうとした私にアキが驚きながら止めに入る。
「行かないと――。リュークに何かあったのよ。今もそう、私の魔力は少しづつ引き出されている」
気を失う前は凄い勢いで流れて行った魔力がじんわりとしたものに変わっている。きっと、戦いに沢山の魔力がいったのだ。そして、今は・・・・・・考えたくないが、引き出されている――。
「ですが、ここからだと、急いでも二、三日かかりますが――」
クリスティーナは、考えを巡らしながらも私に伺うように視線を送る。
「・・・・・・そうね――」
どうしたらいいのだろう、今はまだリュークの命は無事なはずだ。魔力は途切れていない。
だからといって、次の瞬間に切れるかもしれないのだ――。
恐怖に震えそうになりながら、私はアインの言葉を思い出した。
『ね、怖くなったら・・・・・・呼ぶといい。名前は魔法だからね、呼ばれたらきっと気付くよ』
怖くなったら呼ぶ――、誰を――?
アイン、あの飄々とした騎士を呼ぶの? 彼はリュークよりも遠い場所にいるのに。もし、気付いても来れない――。何故なら、あの人は、普通の人間だから――・・・。
・・・・・・普通じゃないわ――。
悩みそうになった私だけど、気が付いてしまった。普通じゃないわ。国王は不老不死の呪いにかかっているからわかるけど。私がこの国に来た時、リュークは私より六歳年上の十六歳だった。アインを見て、私は『こんなおじさんと結婚するためにこの国に来たんだっけ?』と思ったはずだ。アインは今と変わらなかった。九年も立っているのに。
彼はいくつになったのだろう? 彼はいくつだったのだろう――。
アインは、自分のことは語らない。リュークの話や、国王の話は良くするのに、自分の話はしたことがないのだ・・・・・・。
「アイン――・・・」
呼ぶから来て。私のために来て――。
私は小さな声で、それでも必死にアインを呼んだ。
「ありゃ、僕を呼んだの?」
そこにいたのは、十日くらい前に旅立っていったアインだった。黒い髪は濡れていて、随分さっぱりしているから、勤務の合間に水浴びでもしていたのだろうか。
「アイン――!」
ギョッとしているクリスティーナとアキに「びっくりさせてごめんね」と言いながら、微笑む。
胡散臭い笑みだ。
「僕を呼ぶとは思わなかったなぁ。ん? エリザ姫は僕のことが好きなのかな?」
茶化すのはいつものことだが、その目は真面目だった。
「だって――。だって・・・・・・リュークが」
「そっか、リュークが危ないんだね。でも僕じゃない人を呼ぶと思ってたよ」
・・・・・・呼べない。私は傷つき居場所のなかった私に全てを与えてくれた国王に、感謝するどころか、目が気持ち悪い(彼の瞳は金色で虹彩は黒なのだ)魔法で皆を偽っていると糾弾したのだ。
父親になってくれるというのに、「あなたなんか大嫌い」と泣き叫んだ。
「まぁいい。じゃあリュークのところに行こうか。エリザ姫の大事なリュークだもんね」
私は知れず真っ赤になってしまった。アインは意地悪だ。私がアインの婚約者であることを認めていながら、リュークのことをそう言う。
「アイン様!」
「クリスティーナ、大丈夫。僕が姫を最低魔法使いのところに送り届けるよ。安心しておいで」
リュークは、戦う魔法使いだ。自分の力ではなく私の魔力で戦っているのだが。
このウィンディール国において、愛のために魔法を使わない魔法使いは、最低の魔法使いと呼ばれる。それがこの国の法であり、秩序というものなのだ。
「姫様を無事にお返しください」
クリスティーナは、伯爵家の姫でもあるからリュークの特異性は知っている。
「そうだね。愛の魔法が最強のこの国で、今のエリザ姫に適うものはいないだろうよ」
アインは、そう言って私の手を取った。
瞬間の気持ちの悪さを別にすれば、アインが行ったものは、最高の魔法といってもよかった。今、私とアインはリュークの前に立っているのだから。
「ア、アイン! アイン!」
気持ちの悪さを必死に我慢している私の目の前に、意識なく大木といっていい大きさの木につらされているのはリュークだった。
「おやまぁ、随分色っぽいねぇ」
アインは氷の鎧もなく、あちこちを切り刻まれて素肌も露わなリュークを見て、感慨深げに呟いた。白い顔、巻きついているのは木の枝といったところだろうか。
「リューク!」
「木の化け物だね――」
腕が反対側に向いているような気がした。あちこちに血が出ている。
「リュークが死んでしまう!」
「あんまり僕はそういうのと相性が良くないんだけどね」
仕方ないか――と、アインは剣を抜いた。
「火の精霊――」
アインが口から吐息を剣に吹きかけると、その剣は青白く燃え上がった。
「姫は下がっておいで――」
アインが燃え盛る剣を木に突き立てた瞬間、ただの木に見えたものが動き始めたのだった。
木の枝がしなり、アインを狙っていくつもの葉っぱが飛んだ。その葉っぱは地面に突き刺さり、アインの動きを止めようとする。
「チッ!」
アインらしくない舌打ちが聞こえて、アインに余裕がないのが見て取れた。
どうしよう、どうすればいいのだろう・・・・・・。
しなる木の枝は、鞭のようでもあり、突き刺さる槍のようでもあった。
一本、一枚、アインが避けながら、払いながら進んでいくのが見える。
「アイン――、頑張って――」
木の動きが少しだけ緩慢になったように思えた。
木も疲れたりするのだろうか。
それでも大きな木の枝は何本もあり、アインは苦戦している。私は声もなく、見ているしかできないのが悔しい。
何故、剣を習わなかったのだろう――。
リュークに自分を傷つける羽目になるからやめときなさいと剣を取り上げられたからだ。
救護技能でもあれば、腕の曲がっているリュークを介抱できるのに――。
姫の仕事じゃないよねとアインに止められたのだ。
私が無能で、無力なのは、甘やかしすぎる二人のせいだと私は思う。
アインが動きを速める大木に剣を突き立てる瞬間、私の目の前で木が大きく身を震わせた。空気が騒めくのが、肌で感じ取れた。
「アイン――!」
アインは確かに、止めをさしたのだと思う――。それなのに、木は瞬間に枝を伸ばし、高く梢をそよがせた。
「あああぁぁぁ――!」
アインの悲鳴が私の耳を打つ。
何が起こったのか全くわからなかった。アインが勝ったのだと思ったのに、その瞬間アインは捕らわれて、枝が腹を突き刺したのが目に焼き付いた。
「いやぁ――! アイン、アイン!!」
アインはハクハクと息を吐き、口からも大量の血を吐き出した。リュークの左側に、同じように木に吊るされて、青黒く顔色を変化するのが刻一刻と私の鼓動と同じように早く過ぎていく。
大人向けだったら、それなりにリュークには色々とあったりなかったりでしょうか。ちょっとムーンさんとどちらに投稿するべきか迷ったのですが、気力と体力がこちらしか無理じゃないかと言うので・・・・・・。ただの負のエネルギーを吸う大きな木になりましたw。リュークの負の気は、まぁ推してしかるべし・・・。