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リューク 12

こんにちは。いつも読んでくださってありがとうございます。

 鳥の声はするのに、鳥がいない。

 獣の足音はするのに、獣はいない――。


 この森はどうなっているのだろうと、俺は泉の側の岩に腰かけた。水の中に何もいないのだが、確かにうねりや波紋が起こる。


 俺の目が変なのだろうか。ここに一人でいると、妙な心細さに襲われる。


「人には見えないものがいるのか・・・・・・。精霊なのだろうか――」


 魔法使いであっても精霊は見えない。原理としては、自分の魔力を精霊に与えて魔法を使っているのだというが、見たことのない精霊と言われても正直ピンと来ないのだ。


 俺は、自分の魔力を魔法剣グランドクロスを通して魔法を使うことが出来るが、それは魔法剣自体が精霊が宿っているからだという。だが、俺には精霊が見えないから、剣が魔物を引き裂いているように見えるのだ。


 アインのように精霊を見たり精霊を使役したりできたりする人間は、魔法使いではなく、本来は精霊使いと呼ばれる。この国には精霊使いがほとんどいないから、魔法使いと呼ばれているけれど。精霊に愛されていなければ、その姿は見えないという。


 じっと耳を澄ませば、確かに存在する気配を探りつつ、俺は目を閉じた。


「いるんだろ、出て来いよ」


 蹄の音がしていたから、きっといるだろうと思っていたが、案外側にいたようで、先程の精霊か馬の幽霊か馬かはわからなない『ハル』と名乗っていた仔馬がそこにいた。


『ハルを虐めない?』


 俺は虐めたつもりは全くなかったのだが、ハルはそう訊ねた。オドオドした俺の様子をうかがう様は、まるで人間の子供のようだ。


「虐めない。俺は馬は好きなんだ」


 側に寄って来たハルに「触るぞ」と先に断ってから、首筋を撫でてやると気持ちよさそうにハルは目を閉じた。


『気持ちいいね』

「ああ、馬にも人気なんだ、俺の手入れは」


 自分の馬は、時間がある限り自分の手で触ってやるのがうちの騎士団のモットーだ。馬もちゃんと管理出来ない人間は騎士だといえないというのが、昔からの伝統なのだ。


「俺のこと怖いのに、何で来たんだ?」


 しばらく撫でているとハルはねむってしまったかのように静かに目を閉じていた。


『んー・・・ハルは寝てたのに、君が起こしたんだよ。だから、きっとハルのこと必要なんだなって思ったの』


 ハルが俺に用かと思っていたのだが反対だと言う。


「俺には馬はいるんだが」

『ハルはレオの馬だから! 誰ものにもなれないんだよ。ごめんね』


 どうやら意思の疎通が難しいようだ。


「ここにはお前しかいないのか?」


 ハルは少し考え込んでから頷いた。


『多分・・・・・・。ね、名前教えてよ』


 何て呼んだらいいかわからないというので、俺は「リュークだ」と名乗った。


『リューク。知らない』

「初めて会ったからな」

『決めた! リュークについてく』


 こんな喋る馬を連れていって大丈夫なのだろうかと思ったが、多分エドが来ればロウは帰ってしまうだろうし、フユがいるとはいえ寂しい気持ちがないわけではない。この口調の幼い馬もどきといれば、魔力が切れて待つだけの時間となっても一緒に森を散歩すればいいかと思い、頷いた。


「ああ、でも一緒にいるロウが駄目だっていったら、悪いけど帰ってくれよな」


 俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか、ハルはウキウキと俺の後ろを着いてきた。気配だけのこの森の中で、何故かハルだけが生きているような気がしていたのだった。


「随分凄いものを連れて来たね」

「・・・・・・ああ、ロウはこれが何かわかるか?」

「これ、ぬしじゃない? 俺にもはっきりとはわからないけれど。この森は、このエドが結界を張ったこの場所以外は生物が生きていけるところじゃないんだよ。頑張っても最悪精神に異常をきたして、発狂すると思う」

「・・・・・・結界が張っていたのか」


 そして、それから出て行った俺を止めなかったロウって・・・・・・。


「いや、気分が悪くなったら帰ってくると思ったんだよ――」


 すっかり忘れていたのだろうにロウは焦ってそう言い訳をする。


「あの動物達の気配に発狂するのか?」

「ああ、流石魔法使いだけあるね。気配は感じるんだ――。普通の人間は、気配すら感じないよ。ただ草が倒れ、水しぶきが上がり、いないものに恐怖するんだ。何か強烈な思念派に苦しくなる人もいるらしい。だから、魔の森なんだよ」


 思念派というのは、ハルが出てくる前に感じた『――と出会わなければ、違う道を歩いて・・・・・・』というあれだろうか。わからないが、俺はそれをロウには言わなかった。


「触っていい?」

『だめ! ハルに触っちゃ駄目』


 俺には触らせたハルだが、ロウには触るなという。


「何で?」

『汚れちゃう――』


 ロウは、まるで自分の娘に『お父さん汚いから触らないで』と言われた父親のように打ちひしがれて地面に文字を書き始めた。


「・・・・・・、ロウ。そんな落ち込まなくても」

「いいんだ、そのうちうちの娘にもそう言われるんだなと思ったらちょっと落ち込んだだけで」

「ロウ、娘がいたんだ。いくつ?」

「五つ・・・・・・」


 俺はいつかエリザとの間に娘ができたと想像して、ロウの気持ちを共感してしまった。


「・・・・・・娘って最強だよな・・・・・・」


 まだいない娘にだって、こんな破壊力があるのだから、実際にいるロウの気持ちはその程度ではないのだろう。


 ハルは、フユにも触らせない。何故俺だけなのかはわからない。


「俺も何度か結界の外に出たことはあるけど、目に見える生き物に会ったことはないな」


 ロウは不思議そうに首を傾げる。


「たまたまだろう」

「俺の親や爺さんたちも主がいるとかいってなかったしな、リュークには何か縁があるのかもしれない」


 それもあって国王陛下は俺をここに飛ばしたのだろうか。


『リューク、それ美味しい?』


 リンゴなら馬も食べるかと差し出すと、フンフンと匂いを嗅いでからハルは口に入れた。まるで本当の馬に見えるから不思議だ。俺の側を離れないし、小さいから何とか一緒に家に入れたが、本来は馬は厩舎だ。


『美味しい! これ、食べた事ある』

「これはダメだ。酒だからな。馬には酒はやらない」


 グラスの酒の匂いを嗅ぎ始めたから俺は駄目だと禁止する。


『馬だけど、それも好きだと思う。ね、ちょっとだけ・・・・・・』


 鼻面をコップの縁に突っ込もうとしたから軽く鼻面を叩いたら、『暴力反対――! リュークの馬鹿ぁ!』と突風で机をひっくり返して扉をぶち壊して、ハルは走って行ってしまった。


「リューク・・・・・・」

「ああ、すまない・・・・・・明日扉とテーブルを直すよ。フユ、食事を駄目にしてすまない――」


 二人に平謝りしつつ、散々な一日だったと俺は、深いため息を吐いたのだった。


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