リューク 9
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
そこがどこなのか、俺にはわからなかった。気持ちの悪さに膝をつくほどで、吐きそうな態勢になったところで、慌てた男の声が聞こえた。
「まって、まってくれ――」
男の制止の声に戸惑っているうちに桶を渡されて、俺はそこにさっき食べたものをぶちまけた。
「これ、口濯いで――。もう吐かないなら、それ捨ててくるから」
見回すとどこかの家だった。何故こんな場所に俺はいるのだろう。多分、国王陛下の魔法で移動したのだろうけど。初めてのことだとはいえ、少し恥ずかしい。
「で、君だれ?」
それはこちらの台詞だが、相手がよくわからないので「リューク、騎士です」と告げた。
「ああ、君がリュークかぁ。ははっ、よく聞いているよ。でも何でエドの魔法で飛んで来たのさ。何か重要な要件でもあるの?」
「いえ、へ・・・・・・エドが飛ばしたってわかるんですか?」
「ああ、あいつが国王陛下ってことなら知っているから安心してくれていいよ。まぁ人を自分と一緒にならともかく、一人で飛ばすっていうのはかなり高度な魔法なんだよ。ここは地点として登録されているから、突然現れた人間はすべからく、あいつの知り合いってわけだ――。わかる?」
「はい。貴方はどなたんですか? ここはどこでしょう?」
「説明もなく飛ばされたの? なにやってんのあいつ」
娘を抱きしめていたら飛ばされたとは言えない。
黒い髪に青い瞳のこの国ではよくある容姿の男は、俺を上から下まで見て、「ちょうどいいや。体力の有り余っている人を送ってもらおうと思ってたんだ」と言う。
「いえ、私は早く城に戻りたいのですが」
登城禁止と言われたから、入れないかもしれないが。
「城って・・・・・、ここは魔の森って言われている『レオンの眠り森』だよ。急いでも五日くらいかかるよ。三日くらいしたらちょうどエドが来る日だから、俺の手伝いでもして待ってたらいいよ」
今すぐ駆けだしたい気持ちに襲われながら、俺はそうしないだけの理性が戻っていた。
「わかりました――」
三日で帰れかどうかわからないが、国王陛下が俺をここに飛ばしたのなら、何か意味があるのだろう。
理知的な瞳の男は、俺に珈琲という異国の飲み物を勧めてくれた。あまりの苦さに、毒かと思ったが、慣れると不思議と落ち着てくる。
「俺の名前は、ロウ。魔法技師だ――」
甘そうなケーキを食べながら、男はそう名乗った。
「ロウさん・・・・・・魔法技師って――」
「ロウでいいよ。さんてつけられるとむず痒い。魔法技師はリュークでも知らないのか」
人懐っこい笑みを浮かべて、ロウは俺にもケーキを勧めるが断った。甘いものはそれほど好きではない。
「美味しいのに。魔法技師っていうのは、ほら、王宮とか王都の明かりとかだよ」
ロウの差した先には、王都でしかみないランプがいくつか置かれていた。確かこれは盗めないようになっていたはずだと不信がつのりそうになったが、よく考えればロウは国王陛下の既知なのだ。国王陛下の元で仕事をしているということだろう。
ランプは普通は油で灯されるが、王宮や王都の主要な道に建てられたものは、油を必要としない。時間というよりは、暗くなったら明かりが灯るようになっている。魔法で灯るとは聞いていたが、魔法使いにだってその原理はわからない。
「これはロウが作ったのですか?」
「いや、俺じゃない。もう作り方もよくわかってない。竜帝陛下がいらっしゃった頃の遺産だよ」
「竜帝・・・・・・。あなたも陛下と同じような・・・・・・」
「いや俺は普通。君と一緒。後五十年もしないうちに土塊にとなって大地に帰る」
竜帝がいたのは、もう何百年も前のことだと言われている。竜の血を継いだ人間というのはいるが、竜はもうその竜帝が最後の存在だった、らしい。
「竜帝陛下がいらっしゃった頃のものはほとんど残っていないけれど、この明かりは便利だから手離せなかったとエドは言ってたよ。人は暗闇を恐れるからね。国を照らす明かりは、エドだけでいいと俺は思うんだけどね」
「それは――」
リュークも王都に初めて来た時は驚いた。田舎にはないものだからだ。確かに便利で、有難い。
その口調は真剣なもので、ロウが国王陛下を尊敬していることがわかった。
「でもまぁ、メンテナンスしないと使えないようになるのは一緒でね。俺の一族は代々こういうのを修理する仕事をしているんだよ。機密も多いから、この森でね。月の半分はここで。後の半分は、家族のいる土地で暮らしている」
「そうなんですか――」
「ちょうど魔法で動きやすくなる風車を開発しようと思って風車は運んでもらったんだけど・・・・・・、修理が結構大変でね。手伝ってくれると嬉しい」
風車の修理が素人で出来るものなのか些か不安がよぎるが、俺は頷いた。
「君の寝るところを用意してもらおう。もうちょっとしたら裏の畑から帰ってくるよ」
家族は別のところにいるということだったから、同居人でもいるのだろうと思っていた。ロウしかいないと思っているだろうに、律儀にコンコンと扉を叩いてから、人が入って来た。スカートをはいているから女性かと思って視線を送ったそこに、見知った顔があったから驚いた。
「フユさん!」
「え、あら・・・・・・リュークさん?」
俺も驚いたが、彼女も驚いたのだろう目を見開いて俺を見つめた。
「どうして? 結婚して田舎に帰ったって聞いたよ」
フユさんは、エリザの最初の侍女だった。二年前、アキと入れ違うように姿を消した人だった。
「ふふふ。あれは嘘なのよ。ここに来たってことは魔法技師の仕事を手伝いに来たのでしょ?」
確かにこの森はちょっと旅行して、道に迷ったくらいじゃたどり着くことのできない場所にあるようだった。
「陛下に飛ばされてきたんだ。嘘って――・・・」
彼女はあっけらかんと、嘘を吐いたという。そんな人ではないと思っていたのだけれど。
「私は人間じゃないのよ。魔法で動いている人形のようなものなの。私たちは四人いて、国王陛下のお世話をするために王宮にいたのよ」
「人間じゃないって――?」
どう見ても、触っても彼女は人間にしか見えない。
「うーん、どういえばいいのか私には難しくてわからないのだけど・・・・・・。私の身体は色々なものを合成して作っているから人間に見えると思うのだけど、動かすための魔法が切れれば、動けなくなってしまうのよ」
人間が食事をとって動いているかわりに魔法で動いているということだと言う。
手を握っても脈拍は感じられるし、温かい。なのに人間ではないという。
俺の知っていた世界は、思ったよりも狭かったようだった。
「使っていると摩耗するものもあるからね。彼女達の調整は、簡単じゃないから、何年かごとに入れ替えているんだよ」
ロウの説明に、やりきれないものがあった。
「リュークさん、そんな顔しないで――。私は確かに人間じゃないけれど、心らしいものはあるのよ。あなたがそんな悲しそうな顔をすると、私の心も痛むのよ。出会えてうれしいって、喜んでくれると嬉しいわ。それとも、気味が悪いかしら?」
不安そうなフユさんの瞳は、やはり人間にしか見えなかった。
「国王陛下の身体が不老不死なのは・・・・・・」
「ああ、それは違うよ。エドの身体は生身だよ。アインもね。あの二人は、呪いを受けたんだ」
「ええ、それは絵本で読みました」
「『愛』を得るまで、死ぬことが出来ないっていう呪いだよ」
何故そんなことになったのかは知らないが、この国のものなら皆が知っているおとぎ話だ。国王陛下は、『愛』を得るまで、死ぬことはない。
「姫様が、いらっしゃってから陛下はよくおっしゃってました。『家族』への『愛』じゃ呪いは解けないようだって」
エリザは、国王陛下の呪いが解けないから、自分は愛されていないのだと思っていたようだった。
「そりゃね。呪った人は、エドを愛していたから、そんな呪いをかけたんだろう。家族愛じゃ無理さ」
「え、愛していたのに・・・・・・?」
「多分ね。とばっちりは、アインだよね。エドは、色んなものを背負いすぎて愛せないんだと思うよ。だから、全ての荷を下ろしさえすれば、『愛』は手に入ると思うけど、アインはなぁ、性格だから」
笑うロウは、国王陛下だけでなくアインのこともよく知っているようだった。
「でも陛下が、荷を下せる日なんて、くるんでしょうか」
フユの言葉が重く俺の背中にのしかかった。
その国王陛下から、大事な家族を奪おうとしている自覚があるだけに、俺は笑うことが出来ないのだった。
こんばんわです。前日夜です。連休終わりですね・・・・・・。はい、終わってません。終わらなさそうです。だれだよ、ロウって。なんで今から新しい人がでてくるんだよ!(泣)。
肩こりが本当に酷くて、眠りも浅く、ちょっと書いているのが辛くて寝てました(爆)。連休、墓参りしか行ってない(泣)。ちょっと明日は揉みにいってきます。そして、書きます・・・・・・。が、終わらなさそうです。
私はどちらかというと、最初と最後は決まっているのですが、そこに辿り着くのが苦手みたいです。こんな感じでいいかと思いながら、気が付くと彷徨いながら、最終地点を探しています。最後、決まってたんじゃないのかよと、自分で突っ込みます。でもなんだか気にいらないと、もっといいのがあるんじゃないかと思うんですよね。ごめんね、またせてばかりで。読んでくれてありがとう。




