リューク 8
こんにちは。読んでくださってありがとうございます。
「待って、無理よ」
「エリザ、口開けて――。そう、上手だ――」
俺が無理やり押し込んだものをエリザは苦しそうに頬張った。
「んんっ、やっ、おおき・・・い」
「ほら、零れているよ」
涙目のエリザが、必死に口を動かす。
「あっ、だめ――。ああ・・・・・・。もう! インクがこぼれちゃったじゃない。ちょっと待ってっていったのに」
俺が口に運んだサンドイッチが大きすぎたらしい。
エリザの小さな口には、無理だったようだ。
「あの、姫様。リューク様が色々と楽しそうなので、お手紙を後にして、食事を先にすませてくださいませ」
俺にも食事を用意してくれたアキのチョイスは、鳥のマスタード焼きと野菜を挟んだもの。エリザには消化しやすそうな、クリームとジャムの挟んだ甘そうなものだ。
俺には紅茶、エリザには温めたミルクというのもアキの心遣いだろう。
「でも・・・・・・」
「少し遅くなったくらいでエリザのことを嫌いになったりしないよ、あのお嬢さんたちは」
俺の言葉に頷いたアキに励まされて、エリザはとりあえずペンを置いて食べ始めた。
「そんな少しでいいのかい? 俺のをもう少しあげようか?」
「リュークはそんなに沢山食べるのね――」
呆れたような感心したようなエリザの手元には、本当に少ししかないのだ。
「ほら、これも食べなさい」
魚を油につけて保存食にしたものとトマトアという野菜を挟んだ一口大のサンドイッチをエリザの口元に運ぶと、ジィと俺を見て、少し赤くなりながらエリザは口を開けた。
「美味しい――」
ヒナを餌付けしているような気分になるが、そんなことは言えない。
俺も普段食べるより断然美味しい食事に食が進む。料理人を褒めると、呆れたような顔をして溜息を吐かれた。
「それはようございました――。姫様の笑顔がエッセンスということですわね」
笑顔、そうだ笑顔だ――。エリザは手紙を書くのを邪魔されて怒っている時でも、少し眉間に皺を寄せはするものの口元は笑っているのだ。
「リュークがこちらを向いてずっとおしゃべりしてくれるなんて、いつ振りかしら?」
エリザの言葉に、俺は苦い気持ちで日々を思い出す。
エリザが俺を避け始めたのは、俺が二十歳になる前くらいだっただろうか。
その頃、俺はエリザの魔力の受け皿としてアインの指導の元、魔物退治に明け暮れていた。
必死に剣の腕を磨き、魔物に一人で立ち向かえるようになって気が付くと、エリザは十六歳の美しい少女になっていた。
エリザは、少しづつ王族の一人として公務らしきことを始めて、俺はその護衛にもつくようになっていた。
国王陛下は通常は城にいないため、大体エリザはアインがお茶の相手や食事の相手を務めていた。アインがいないときは、時間が合えば俺もご相伴にあずかる。
エリザは、俺に気を使って色々話をしてくれる。正直な話、大人に近付くエリザと二人で一緒にいると、エリザの顔をまともに見ることが出来なくなっていた。
エリザのバラ色に染まる頬、キラキラと輝く瞳に吸い込まれてしまいそうになるからだ。
気が付いたら、彼女の手をとって見つめていたことが何度かあって(無意識なのだ――)それからは、出来るだけエリザを見ないように食事をし、数を数え、出来るだけ短時間で部屋を去るようにしていた。
エリザの物言いたげな瞳に、何度も国王陛下との約束を破りそうになる。それを避けるために出来る事が、エリザを出来るだけ見ないことしかないというのは、恋をする男にとってどれだけ辛いことかは、理解してもらえると思う。
・・・・・・もう、言葉を惜しまなくていいのだ。エリザを好きなだけ見ていいのだと思うだけで、嬉しさで頬が緩みそうになる。それは流石に恥ずかしいので、一生懸命顔の筋肉を使っていたら、少し痙攣してしまった。表情筋を鍛えなければ、と思う。
「必死で無駄な努力をされておりましたものね」
アキは、笑いをこらえながらエリザに告げる。
「無駄な努力って――?」
「エリザ、これも食べなさい――」
話を変えようと差し出した果物を食べるヒナのようなエリザ。何て愛らしいのだろう。
「そういえば、昔はエリザ様もリューク様を避けておいででしたわね。あれは何故なんですの?」
俺も聞きたくて聞けなかったことだ。ずっとエリザは、俺だけの姫だと思っていたのに、エリザから距離をとられて、俺は密かに落ち込んで無駄に剣の腕を上げてしまった。
「あれは――・・・」
エリザは言い淀みながら、少し気まずそうに俺を見つめた。
「ショックでしたよ」
俺が言葉だけでなく目を伏せてそう白状すると、エリザは驚いて、次いで微笑んだ。
「あれは・・・・・・。私は小さいとき、リュークは私のものだと思っていたの。私だけの、大事な人――」
エリザの声は少しだけ震えていた。恥ずかしいけれど、俺のために勇気をだしてくれているのだと、そう感じた。
「エリザ・・・・・・」
多少、過去形なところが気になる。
「リュークが、女の人に口付けされているのを見て――、幼い私が側にいたら、リュークの邪魔になると思ったの」
――やっぱりあれか・・・・・・。
嘆息した俺の気持ちを誤って受け取ったエリザは、「ううん、リュークは人気だから私がいてもいなくても――・・・」変わらないと言おうとしたのだろう。けれど、震えていた声は途切れ、ポロッと我慢出来ずにエリザは涙を零した。そんな自分に驚いて、慌てて手の甲で拭おうとするのを、俺は素早くエリザの手を握り止めた。
「エリザ、あれは意識を失っているのを勝手に――。いや、そうじゃない。俺は寂しかったよ。いつも飛びついてきて、俺の膝の上に乗ってお菓子を食べていた君が来なくなって――、とても・・・・・・寂しかった。アインと二人で楽しそうにお茶をしているのを見ていると、もう俺はいらないんだと・・・・・・」
「え・・・・・・、リューク、嫌じゃなかったの? お茶に来ても楽しそうじゃなかったから、私・・・・・・ずっとリュークに酷いことをしているって思ってた。私の魔力の受け皿にして、しばりつけてしまって――」
エリザは、俺の気持ちを聞いて更に涙を溢れさせる。
やっと目覚めたばかりなのに、泣き止んで欲しかった。だから、俺は横に座っていたエリザを抱き上げた。自分の膝の上に抱きよせて、涙腺が壊れてしまったエリザの目尻に唇を寄せた。
エリザは驚きながらも、俺を拒否したりはしなかった。大人しくされるままに抱かれている。
「エリザ、俺は自分から君を護りたいと願ったんだ。小さな稚い君を自分の『運命の番』だと信じて疑わなかった。アインが婚約者として側にいて、俺はいつも辛かったよ。俺の小さなお姫様・・・・・・」
「リューク・・・・・・」
俺の気持ちをエリザは信じてくれた。俺の胸元に顔を寄せて、俺の名前を呼ぶ。
「エリザ――」
この愛しい人を求めて、がむしゃらに俺は走って来た。その甲斐はあったのだと、温みに癒された。
「ふぅん、もうイチャイチャしてるの?」
俺の背中のほうから、イラついたような声が聞こえて、エリザを抱いたまま俺は立ちあがった。
「エド!」
「陛下」
エリザは驚きのあまり、涙が引っ込んだようだった。
「いいんだよ。でもまぁ、リューク、まだ君は正式に婚約者というわけじゃないってわかっているよね?」
無言の威圧感を受けて、背中を流れる冷たい汗を感じながら、俺は頷いた。
「わかってます――」
「なら、それはまだ早いんじゃないかな?」
抱いているのを指摘されて、すぐさま下さなければならないとわかっているのに、俺は何故か嫌だと思ったのだ。主の命令だというのに――、手も足も硬直したまま動けない俺をエリザが心配そうに見上げる。
「どうした?」
「嫌です――。エリザを離したくないです」
俺は自分から出た言葉だというのに、驚いた。
「何故?」
「エリザが・・・・・・好きなんです。愛しています。もう、離したくない――」
素直な俺の気持ちだった。
「そうか――。なら仕方がないな――。リューク、しばらくお前は謹慎だ。登城することも禁止だ。頭を冷やして来い」
国王陛下は、魔法使いだ。それも国最強の。
「エド、お願い、そんなことしないで――」
「陛下――」
エリザの懇願にも国王陛下は折れなかった。
俺の肩をポンと突いた瞬間、俺は城の外へ移動させられたのに気が付いた。
腕の中にいたエリザは、いない――。
いや、ちょっと遊んでしまいました、冒頭(笑)。お約束?
そしてまだ終わってませんよ(汗)。




