第6話 光速を超えるもの
第6話 光速を超えるもの
核反応酵素セットの話を桃九から聞いたアインは、それを見たいと言い出した。そのため桃九は利助のところから核反応酵素セットを一式アインのところに持ってきた。ここでも実験は可能なのである。核反応酵素セットによる実験を観察していたアインは言った。
「もしかしたら、これがそうかもしれない」
今回とU-1型ウイルスの反応の観察で代わり映えしたところはあまりない。しかし、前回はU-1型ウイルスが起こした反応で、今回は利助たちがウイルスから特定した酵素を人工的に繋ぎ合せて反応させたものである。アインの興味はゴミ同然だと思われていたDNAにひきつけられていった。
『物質は空間線の極(+-)の座標配置のパターンで性質が決まる』
アインはこの意味がよく掴めていなかった。自分の考えが正しいかどうか確かめる術もなくただ悶々とした日々を送っていた。それが、確かめる術が目の前にあるかもしれないのだ。ゴミのDNAが座標を示す情報であることにアインはすぐに気が付いた。酵素による化学反応も物質間だけのものである。物質が非物質に反応を与えるためには、何か未知の手法があるはずだとアインは思っていた。
ゴミのDNAの開始コドンからいくつかのコドンはこのコドンのヘッダ部であるらしい。下流に存在するコドンが座標を示すのは明らかと思われた。いや、アインにとっては、そうでなくてはならないのだ。幾分願望の入り混じった試験が始まった。いくつ目のコドンから座標を示すのかわからないから試験は丸一日かかってしまった。アインはコドンのデータを少しずつ変えて試験をした。幾十目かの試験のとき、電子-陽電子の配置転換に異常がみられた。反応しないのではなく、反応した結果、電子と陽電子が物質のまま掠ったような観測データがモニターに映し出されていた。
「やった」
アインはこの現象を、1つの座標データ部をかえただけで起こった現象だと思った。つまり、コドンの座標値の部分に触れることができたということである。後は遡って座標データ部の始まりを探すことが次の課題となった。やがて、アインはこのDNAのヘッダ部の一部とデータ部を書き換えることに成功する。しかし、書き換えたデータでは反応は上手く起こらなかった。
次の日、桃九がやってきたとき、
「見つけたようね」
とチロに話しかけられた。
「次のステップにいくわね。パルスの前に座って」
アインがパルスを起動させると、昨日とは違う情報が入っていた。それによると、極小(電子などの素粒子くらいだと思う)の世界では、物質であっても決まった極の座標配置を擬似的に作ることが出来て、脈を操作することが可能になるようである。この座標配置によって脈は増幅され、脈の干渉波(合成波)ができる。この干渉波を『脈流』と呼ぶ。脈流の種類は数え切れないほどあり、物質も脈流の1種である。脈の振幅の大きさや生成される干渉波の数や波形によって脈流は性質と威力を変えていく。
「遠くの星に旅するためにこれが必要になるわ」
パルスに映し出された内容は、コドンによる極の座標配置決定法ではなくメカ的な決定法であった。ここでメカ的とは生物に比したもので実際は核子レベルでの決定法であった。それは、脈流による通信手段であった。これにより、光速の数十億倍の速さの通信手段を手に入れたことになる。