第3話 初めての脈
第3話 初めての脈
桃九は利助のところだけでなく、アインのところにも研究のため通っている。最初の頃は、新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいたアインも、暫くするとため息が多くなっていった。
「このパルスの言うことは理解できているつもりだけど、実験できないから確かめられないよ」
アインは根っからの物理学者である。最大の興味は実験で自分の思考を確かめることであった。だからといって数学者を卑下することはなく、分野ごとにやり方や面白いことは違っていて当たり前だと思っていた。桃九はパルスの言う言葉はチロルより理解が難しかった。もともと数学や情報工学を専門にしていた桃九とパルスの相性は悪いようであった。この器械にパルスと名付けたのはアインで、「チロから脈についての基本を学べ」と言われたとき、まっさきに連想した単語がパルスであった。
「どうやって、脈の存在を確かめろというの?」
パルスに記されているのは脈の起源から物質を構成するまでの簡単な過程とまだ明らかになっていない問題の羅列であった。
この物語を最初からお読みの読者の方はご存知かもしれないが、脈についての説明をもう一度ここで行いたい。
この物語は神の世界に住む神の子が源根子の1種を無の領域に投入したことから始まる。1つの源根子は1つの空間線を生み出し、線分の両端に+と-の極を持つようになる。さらに源根子を無の領域に投入していくと必ず空間線の極は別の空間線の極と結びつき新しい空間線を生み出していく。このとき、両端の極が異符号であっても同符号であっても問題はおきない。つまり、ノードに+-の属性を持ち、エッジを空間線とする完全グラフができあがることになる。また、現時点でも源根子の投入は行われているため空間は増えていることになる。空間線は、両端に異符号の極を持つとき引力(-)を発生し、同符号のとき斥力(+)を発生する。極同士が同一座標にあるとき、対消滅を起こし極と繋がる空間線と共に神の世界に帰ることになる。同符号の極は反発しあい同一座標に存在できないから対消滅を考える必要はない。空間線の場合は同一座標に存在する前に振動を起こし波動を発生させる。この振動は++、--、+-のときで異なり、この振動のことを『脈』という。
空間線は集合体となることで、種々の性質を持った生成物となる。生成物(集合体)同士にとって空間線は微小なため、連続した空間に見えるようになる。この生成物は性質によっていくつかの世界を作っていった。物質も生成物の1種で1つの世界(つまりわれわれの存在する世界)に存在するようになる。
神の子は源根子と一緒に桃の精もいくつか投入した。限りなく広がるように見える空間を調べるために桃の精は精神を分割し2つ、4つと増やすことにした。しかし、分割する度に記憶が薄れることに気が付き精神分割を止めたものもいる。その1つがチロである。気が付かず延々と精神分割するものもいて、その最小のものが人の精神となる。
極(+-)の座標配置により生成物の性質が決定されていくが、そのパターンも生成物を構成する空間線(あるいは極)の数量も不明である。おそらく、最低でも1兆本くらい以上の空間線が見込まれるが確かな数値ではない。尚、空間線の集合要素が決定されれば、極の集合要素は一意に決定され、逆も同じである。その意味において空間線の集合と極の集合を同一として扱うことがある。但し、これは空間線と極が完全グラフであるという前提である。
このような知識を得たアインであったが、これをどうやって確かめろというのだとぼやいているのである。あるとき、そこへ利助が物質ではないようだと言っていた電子-陽電子の配置転換酵素を持って桃九がやってきた。アインの目はその反応過程を見ているうちに輝きだした。
「もしかしたら、これがそうかもしれない」