第2話 対消滅炉
第2話 対消滅炉
太陽から4.22光年離れた恒星であるプロキシマ・ケンタウリは、ケンタウルス座に位置するα星の第2伴星である。赤色矮星であり太陽と同じ恒星であるからこの星に着陸することは現在の科学技術では不可能であるが、この恒星に木星の10倍ほどの大きさの惑星が存在すると人類はチロから教えられていた。あの事件から数年が経ち、太陽系からの脱出、つまり恒星間航行を人類は目標としていた。目標は往復で2年以内とされて、ムーではこの開発が進められていた。
遡ること2年ほど前に最初の成果を示したのは桃九と利助であった。当時の様子を振り返ると、
「利助さん、このウイルスの生物学的な調査をお願いできますか。わたしは生物学についてはまるで疎いので。わたしは核融合と電子-陽電子の対消滅とエネルギーを食するウイルスの関係について調べたいと思っています」
「わかりました。わたしは、このウイルスをあらたに生成できるくらいまで調べたいと思っていますので、エネルギーを食するウイルスの機構については桃九さんとダブってしまうかもしれませんね」
「それはいいのです。協力しあいましょう」
ということで、U-1型ウイルスの調査が始められたのだが、桃九の成果は数日するとあがってきた。
「機構は実に単純ですね。水素の核融合を起爆剤として電子-陽電子の対消滅を起こしているに過ぎません。少しやっかいだったのが陽電子を孤立させる部分でした。これはヘリウムなどの軽元素で起こっている陽子-中性子の電子交換のとき、電子と陽電子のクーロン引力を利用して電子と陽電子の配置転換を行っているのです。この結果陽子は反陽子となり、中性子も反陽子になってしまうのです。幸いだったのはこの陽子-反陽子の対消滅を起こす機構をウイルスが持っていなかったことですね。わからないのは、電子と陽電子の電子交換のときの配置転換のメカニズムです。おそらく、ウイルスの持つ酵素が関係していると思われますが、この部分の調査を利助さんにお願いできますか」
「おお、これはいい情報を貰いました。酵素の機能がわかれば、そこから追っていけるので調査が楽になりますよ」
利助は、酵素の調査にとりかかったが、どうしてもわからない部分があった。尚、桃九らのチームでは人工的に酵素を含むたんぱく質の合成に成功している。
「途中までは酵素の機構を解明したつもりですが、最後の電子交換に関与している部分がわからないのです。どう考えても物質的に行われているとは思えないのです」
そのため桃九と利助は陽子-反陽子の対消滅実験の手法を転換することにした。利助はU-1型ウイルスの培養に成功していた。ウイルスに少しずつ水素を与えてやれば実におとなしいのである。与える水素の量を間違えると大惨事となるが、防御機構としてCaOとH2Oの防壁が施されていた。問題なのは陽子-反陽子の対消滅は電子-反電子の対消滅の約5万倍のエネルギーを発生させるため、エネルギーを吸い取る対になっているウイルスが耐えられるかということであった。桃九らは核融合や対消滅を起こすウイルスを核反応ウイルスと名付け、エネルギーを吸収する対のウイルスを核処理ウイルスと名付けていた。
厳重に管理された実験場に同じ数量の核反応ウイルスと核処理ウイルスを少量持ち込み、桃九の開発した電子-陽電子の対消滅を起爆剤とした陽子-反陽子の対消滅の実験を行った。結果として核処理ウイルスは出力されたエネルギーの0.02%ほどを吸収して反応を止めた。しかし、核処理ウイルスは産卵して核反応ウイルスと核処理ウイルスを増殖させる能力を持っている。数日後、ウイルスは増殖した。再度、実験を行うと吸収するエネルギー量の差分は変化しなかった。このように核反応ウイルスと核処理ウイルスの数の割合を変えたり、連続実験の回数を変えたりしながら桃九らはデータを取得していった。
その結果できたのが、核反応ウイルスを炉の中心部におき、核処理ウイルスを防壁部においた対消滅炉であった。核反応ウイルスによって生成されたエネルギーを機関に送り、残ったエネルギーの処理を核処理ウイルスに任せようという発想は成功した。炉の防壁に物質を用いると高熱などにより損壊する危険があるが、核処理ウイルスならばその心配はなかった。増殖した核反応ウイルスは炉の中心部に送られ、核処理ウイルスは防壁としてその場に残った。尚、燃料には液体水素とヘリウムなどの軽元素が用いられることになる。