第17話 最後の攻撃
第17話 最後の攻撃
生石灰と液体酸素を積み込んだ攻撃機が567機飛び立った。海王星に到着するのは4ヵ月後と見込まれていた。ペイロードを満載にすれば攻撃機の数は少なくてすむが、それでは6ヶ月以上の行程が必要であった。いつ海王星が太陽に変貌するかわからない今、できるだけ早い到達が望まれた。攻撃機の数をもっと増やしたかったが、現在稼動可能な機はこれだけであった。つまり、この作戦が失敗すればもはや打つ手は完全になくなるということを意味していた。
4ヶ月という月日は長かった。天文観測所は万全の体制で海王星の状態を監視していた。いつ異常事態となってもおかしくないのである。主だった者は、作戦会議の日からほとんどこの部屋を出ていない。天文観測所からは1時間に一度定期的に報告があがってくるのだが、このとき幾人かの超人類はピクリと反応するのであった。定期的な報告であるから、それほど過剰に反応する必要はないと思うのだが、それはいかに深刻な状況に追い込まれているのかを象徴するようであった。
海王星に異常がみられないまま攻撃前夜となった。
ラー:「いよいよですね」
桃九:「はい」
早く事が済んで欲しいと思う気持ちと結果をみたくないという気持ちがぶつかりあって、皆言葉が少なくなっていた。勝智朗は毎日、ウイルスの様子を桃九に報告していた。桃九は、一欠けらといえども齟齬があってはならないと注意深くその報告を受けていたが、今のところ自分に過ちを発見できないでいた。つまり、桃九の中では予測通りに事は運んでいるとの思いを裏付ける報告であったのだ。とはいえ、見落としているものがあるかもしれないと桃九も内心穏やかではなかった。
「攻撃が始まります」と勝智朗が告げた。567機の機体から散弾式のミサイルが発射された。勝智朗は1分ごとに桃九に海王星のイメージ像を送り続けた。数分後、全てのミサイルはウイルスに吸い込まれていくようだった。1分経ち、3分経ち、5分が経過したとき、桃九は言葉を発した。
「成功したようです」
超人類たちからは「わっ」という歓声があがり、皆安堵と疲労から床に崩れていく様であった。
「おめでとう」
ふいにチロが桃九に入ってきた。
これは、後でチロから説明されたことだが、チロは敵性の存在を疑っていたらしい。近傍の恒星系を綿密に探した結果敵性の存在はおろか、有機物も存在せず時間を共有する精神体もみつからなかったようである。チロは冥王星に産まれたウイルスの正体は何かと検討した結果、脈の影響だったという結論に達したようである。シンクロニシティという人類の間では不可解な現象が存在する。日本語に訳すと共時性とか同時発生とか呼ばれるが、遠く離れた場所で原因は異なると思われるのに同じ現象が起きてしまうことがある。人類の中では「意味のある偶然の一致」として僅かな人々によって研究されているが、未だ説明すらつかない状態である。チロが言うには、チロが数十億年前に有機物を作ったときから、その情報が脈の振動を伝わって方々に渡って行ったのだという。通常であれば、その情報は希薄で物質に影響を与えることはないのだが、おそらく十億年前になんらかの理由でこの脈の情報と環境条件が一致してあのウイルスの原型ができたと考えられる。ウイルスを構成するアミノ酸もDNAも地球のものとは異なっていたが、似ていたのはチロの情報を盗んだかたちとなったからだと思われる。従って、最後の攻撃の成功は地球上の生物と弱点が同じだったからだと考えられる。
チロならば、いとも簡単にあのウイルスを駆除できたのだが、それを桃九に任せたのは成長あるいは進化を促すためだったと思われる。しかし、作戦が失敗したときチロがどう対処したのか知るのはチロだけである。