第8話 示唆するチロル
第8話 示唆するチロル
「元素ほどに複雑になると、結合のための情報が必要となる。相手が誰かもわからず結合するほど元素は愚かではない」
桃九が最初に理解に苦しんだチロルの言葉であった。しかし、既成概念を振り払い新しい概念を得た桃九には理解できた。但し、理解できたと思っているのは桃九だけで、それが正しい理解なのか確かめる術を誰も持っていない。概念一般に共通した特徴で、概念は個人の思考の一部そのものに交わることになる。
桃九はこう解釈した。“元素ほどに複雑になる”とは、この世界を構成する最小単位は元素ではなく、元素が複雑に見えるほど小さな構成要素が存在することを意味することである。その後の文章は、例えば+と-だから単純に結合するのではなく、+を原結合とし、-を被結合としたとき、原結合はなんらかの手段で被結合の情報を得るということである。情報を得た結果-であれば引き合い結合し、+のときは反発しあう。こういうことであろうと桃九は理解した。情報を得るためのなんらかの手段は今回知らなくていいようである。それについての説明はチロルの中に存在しないのであるからチロが意図的に外したと思われる。核子や電子も同じことが言えるのだと桃九は想像している。
「きちんと整列されたものに複雑性は薄く、むしろはみ出た部分が複雑性に富み、結合に有用である」
例えば整数の割り算では、割り切れるものよりも余りが出たほうが有用であると言っている。何故余りが出たほうがいいのかと考えると、自身が部分の一部であり他の部分と結合するとき余りが残っていないと結合に使えないということであろう。概念を取得するとき、解釈はつきもので多くのケースで誤った解釈をして失敗することがあるが、それは解釈を修正可能な状態で思考に組み入れることで対処する。(遠い未来のことになるが、論理も限界を迎え、感性と融合する時代が訪れることになる。何故なら、論理は割り切れる思考方法だからである。つまり発展性に限界を持っているのである。)
「要素の構成するとき、凸型は凹型よりも単純性を持ち、要素が内側に入り込むほど複雑性は大きくなる」
このことを桃九は知っていた。かつて巡回セールスマン問題に取り組んだとき、平面図形に現れた現象であった。例えば、平面上で凸型の1点を内側に移動させただけで、対角線の交差の関係からシグナルとしての情報を生み出すことが出来る。つまり、物体を構成する形は、形だけで情報を持つことができるということである。
このような文章が、果てしなくチロルから吐き出されたため、桃九は最初戸惑ってしまったのである。何かの暗号かとも考えたが、むしろ概念として捉えたほうが理解の進みによいように思えた。そのため、修行の成果を持ち出したのである。一度チロルの言葉を概念として捉えると全ての文章を解釈することができた。この解釈が正しいのか否かは、今後の成果が答えを出してくれるだろう。チロルは1章目を吐き出したようで、少しの沈黙が訪れた。チロルの言葉は教えているというより、何かを示唆するものであった。結局、これまでの内容には具体的なものはなく、実験もできないのであった。桃九がチロルの言葉を待っていると、
「ここまできたということは、解釈が進んだということですね。次からは具体的な実験の内容を伝えます」と、突然チロの言葉が割り込んできたのであった。