第5話 U-1型ウイルス
第5話 U-1型ウイルス
チロは海王星に留まり、このウイルス様の存在を観察することにした。ところが2日経っても何の変化も見られなかった。何かに反応するわけではないし、多数の存在の半分は僅かに動いているようだが、半分はじっと動きもしないようだった。3日目に入ったとき、それらは突然増殖を始めた。分裂というより、多数の卵を産んでいるように見えて、現在の存在数の何倍に増殖するのか想像もできなかった。5日目に入ったとき、全ての存在の動きが止まった。まるで何かを待っているように感じられ、その何かを想像するとチロは1つの仮説を持つようになった。
その頃、マ・ムー島では集めたデータの解析はとっくに終わり途方にくれたようにチロの帰りを待つばかりとなっていた。解析が終わっても何も得られず、原因など想像もつかなかったのである。
チロは海王星で僅かなたんぱく質を合成した。あの存在たちに気付かれないように、こっそりとやってそのたんぱく質を突然、存在の集団の中央部に放り込んだのである。存在は争うようにたんぱく質に集まり、チロは観察に集中した。存在たちはたんぱく質を構成する水素を選び出し核融合を行っていた。それのみならず電子と陽電子の対消滅も起こしていた。これでは人体などあっという間に消滅するはずである。ところが、いくら待っても爆発どころかエネルギーの放出もなかった。存在の半分が出力されたエネルギーを冷却しているようなのである。確かに時間が経てばエネルギーは宇宙に霧散するであろうが、局所的に冷却するためには、相当な逆のエネルギーが必要と思われた。
ここで、チロが気付いたことがいくつかあった。1つはエネルギーの生産は存在の半分が担い、半分はそのエネルギーを処理していることである。冷却だと思っていた現象は産卵のためのエネルギーの蓄積なのかもしれない。1つは、存在は核操作酵素を持っているということである。そうでなければ、生物が核反応を起こせるはずはないのだ(空海らは起こせるので絶対ではないが生体の大きさがまるで異なる)。化学反応と核反応では生成するエネルギー量が約200万倍違うとされていて、通常では化学反応を起爆剤とした核反応は起こせないはずである。つまり、核に最初の火がつかないのである。しかし、常温での核融合が稀に存在することは知られている。つまり、存在は点火の条件を備えることができるのである。点火さえしてしまえば、その後の仕組みはさほど苦労はしないのであろう。存在は得たエネルギーを自己増殖のために使っている。詳細な仕組みはまだわからないが、存在を海王星や冥王星の外に出してはいけないということだけは確かなようである。チロはこの他にもいくつか試験的ことを行っていたが、そろそろ地球に戻らなければならないと思っていた。
地球に戻ったチロはソクラテスやガリレイに海王星と冥王星を封鎖し、決して有機物を持ち込まないように指示を出した。チロは、存在を未知(Unknown)のウイルスとしてU-1型ウイルスと名付けた。
その後、チロは桃九と利助を呼んで1つの実験室を与え、なにかを託しているようであった。この問題は人類が解決しなければならないとチロは考えている。そうでなければ、太陽系の外になど行けないのだ。そのためなのかわからないが、チロはこのときから問題が解決を迎えるまで姿を消すことになる。