第4話 グラフ理論と集合
第4話 グラフ理論と集合
「この理論知っている?」と桃九が聞いても、
「わりません」とか「大昔大学で習ったような……」などという返事が返ってくる。
これではいけないと思い必要な数学の基礎を簡単に説明するのであったが、このとき桃九は概念が重要であることに未だ気が付いていなかった。概念とは、いわば論理思考をイメージ像に変換したようなものであろうか。そうではないかもしれないが、とりあえずそんなものとしておきたい。
「グラフ理論からだけど、全部説明するのは大変だし、必要でもないから完全グラフの説明だけするね。そうそう、グラフというけど棒グラフや折れ線グラフのことじゃないよ。いってみれば、点と線で描いた形をグラフと呼んで、理論はそれの性質を説明したものかな。で、最初に点の数を決定するんだ。理論は任意の点数を扱うけど、点の数は有限になるね。だから点の数が最初に決定されるんだよ。点の数をN点としようか。そこで全ての点から自分を除いた点の全てに線を引くと完全グラフのできあがりなのさ。同じ線分が2本ずつできるから、1本は考えないことにすると線の本数はN(N-1)/2本になるけど、Nの2乗本と覚えておけばいいよ。理由は後で説明するね。次に完全グラフの表現方法だけど集合を使うよ。点の集合P={P1,P2,P3…Pn}とすると、線の集合はL={L11.L12.L13…Lnn-1}となるけど集合Pと集合Lは同じものなんだよ。違う形で違う要素だけど同じものなんだ。なぜかと言うと、可逆性を持っているからなんだ。集合Pが決定されると集合Lは一意に決定されるし、逆も同じなんだ。どっちかの要素が欠けたり増えたりするとこの関係は消滅するけどね。と、ここまでわかる?」
「う~ん。途中まではわかるような気もするけど、点と線が同じものだというところがよくわかりませんね」
「そうか。じゃあ、わからなくてもいいから同じものだと覚えておいてね」
もはやこの時点で利助のイメージ像は崩れている。数学においてわからないものを覚えておくことは致命傷となり、先に進むと覚ええていたつもりのイメージ像は崩れ去り、覚えているとはいえなくなる。つまり、桃九は利助に説明を続けるが、全て無駄なこととなるのである。
ランダウ記法という数の表記法が存在する。これは、膨大な計算量を扱うときに用いる数を表す方法で、近似値とは意味合いの違う漸近値を表記する。多項式においてもっとも支配的な項を選び出し、その項を多項式の代表項としてO()の表記とする。支配的とは、変数の値が増えるに従って、もっとも多項式に与える変量が大きいという意味である。例えば、直交座標系の横軸にNの値、縦軸に変量として各項を描いたときにもっとも勾配の大きい項が支配項となる。Nの2乗が支配項であればO(N^2)と表記し、N!が支配項であればO(N!)と表記する。このとき、定数は除外される。“たかだか”という表現が用いられるが、Nの2乗の項の定数はNの2乗の変量に比べればたかだかの数であるとして除外されるのである。
さて、神の子は両端に+-の極を持つ、空間線をこの世界に投入した。そのかたちは完全グラフであるが、グラフ理論では点すなわち極に+-の属性を持たないし、線も同様である。人類はまだ属性を備えたグラフを扱うに至っていなく、この小説では、いつの日にかこれを模索する日がくることを約束するものである。