第1話 桃九の活性化
第1話 桃九の活性化
白神山地の奥地の粗末な小屋の住人は、桃九、円光、利助、そしてサエであった。サエは藤部財閥の当主である藤部精太郎の妻で82歳になろうとしていた。サエはもともと天台宗の熱心な信者で天台寺との繋がりが深いのはむしろ精太郎よりもサエであった。精太郎が円光を厚遇するようになったとき、サエの機嫌は最悪の状態となった。「仇である真言の僧を招くのはわたしへの嫌がらせだわ」というサエにとっては、真言宗は天台宗の仇であるという思い込みが円光を疎遠にする原因となっていった。ところが、食堂で食事を何度か共にするうちに円光に興味を持ち始めたのであった。「思ったより悪い人じゃないわ」から「真言にもこんなに高潔な方がいらっしゃるのかしら」までサエの豹変は著しかったのである。そんなこんなで円光が住まいを白神山地に移すと聞いたときサエは、「この方のお話をもっと聞きたいわ」と天台宗から真言宗ならぬ円光宗に鞍替えしていたのであった。そうしてサエは、精太郎に相談というより脅迫めいた態度で円光の側で住むようになったのである。
「わたしも白神にいくわ」
「な、なんだと。お前が行っても邪魔になるだけだ」
「あら、あの方たちの食事や身の回りの世話は誰がするのかしら」
「侍女どもを連れて行けばよい」
「ああ、なるほど。若いころ家に帰ってこなかったときは、侍女たちを連れて行ったのね」
「そ、それは話が違う」
「じゃあ、円光様に妬いているのかしら。わたしが若いころにあなたになにか苦言を申したことがあったかしら。それともわたしがいなくなると寂しいのかしら」
「ええい、勝手にしろ」
というような成り行きからサエは白神へ同行するようになったのである。
桃九はただ円光に触れているだけであった。一日中寝ている間も桃九は円光に触れていた。そしてそれが辛い修行であったのだ。頭の中に焼き火鉢をつきたてられたような感覚やすりこぎで脳みそをかき混ぜられるような感覚が襲ってきて、それに負けまいとする桃九がいたが、円光は静かに経を唱えているだけであった。これは円光流の最高の難業苦行であって円光と桃九の精神がぶつかり合い戦っているようなものであった。桃九がこの修行を円光の精神にうち勝って成就するのか円光を受け入れて成就するのか円光にはわからなかった。この修行方法を桃九に課したのは、チロの進言であった。「最高の修行でお願いします」と。従って、円光の共だけをしていた利助はこの修行を受けていない。
修行を始めてから3ヶ月くらいが経過したとき、円光ががっくりと昏倒してしまった。あたかも桃九が円光の精気を奪ったかのようにみえたが、実態は誰にもよくわからなかった。そして、円光と桃九は1週間眠り続けることになる。
どこかに出掛けていたチロが帰ってきたとき、この様子を見て、
「桃九の受感部と幹卵器官が予想以上に活性化しているわね」
と満足げであった。