第19話 DNAコード
第19話 DNAコード
AのB乗のような指数のA部を基数、B部添数と呼ぶことにしたい。チロはこの名称を知らないが指数の法則は知っていて、アミノ酸に対応するコードにこれを用いようと考えた。AのB乗が37個以上であればアミノ酸全てに対しコードを割り当てられるため基数と添数の候補は限られていた。基数は要素の種類数、Bは要素の配列数としてコードが生成されるとき、基数の長さ×添数がアミノ酸1個を表現するこの世界での実長さとなる。現在の人類は基数=4、添数=3であるDNAを知っていて、基数4種類は、A、G、C、Tであり、これをAGCのように3個配列(添数)したものをコドンと呼んでいる。
候補としては、基数2×添数6=64や基数8×添数2=64が考えられたが、基数2は排除機構に弱く、基数8は排除機構が複雑になり過ぎる為に基数4が選択された。排除機構とはチロがコーディングしたコード配列(設計図)が意図したとおりに作られているか、またはコピーされているかチェックをしてエラーを取り除く機構である。そもそも、起きている現象がエラーなのか創発的変異なのか区別することは難しく、いずれにしてもチロの意図するものではないと判断し、排除することにしたのである。
チロの経験から得た考え方は、基数が増えると創発的変異が増え、基数が少ないと複雑性が減るというものであるが、上述のようにエラーと創発的変異を区別することは難しく、また意図せぬ箇所が、この世界によって基数と判断されることもあるため、これはあくまでも基本的な考え方ということである。
コードの割り当て可能数は64で、チロが作ったアミノ酸は37である。必然的に冗長的となるが、その部分は予備コードとして残しておこうと考えた。さらには、37個のアミノ酸の中には、他のアミノ酸の機能を遥かに凌駕するものがあり、安全のためにコーディングを制限する必要があった。そのため生命体ごとにコード表をマスクすることにした。(つまり、本来なら37番目のアミノ酸を指すコードを21番に置き換えたのである)
チロが実際にアミノ酸を繋げて産物を作ろうとコーディングをしたとき、コードを示すDNA群の長さが数cmにもなった。これでは生命体の中にDNA群を埋め込むことができないので、幾重にも折りたたむことにしたのであった。しかし、折りたたむと各コードの分子同士が接触し、思わぬ電子の結合が起こってしまったのだ。チロは、基数4種類の塩基の外郭電子を無効化してこれを防いだのだが、まだここではそれを論じる段階ではない。しかし、このことによって思わぬ副産物を得ることができた。DNAを折りたたむ過程で接触した分子同士が結合することによってチロも予期していなかった機能を発生させたのだ。最初は創発的現象かと思ったのだが、実験を繰り返す中に折り畳みの内部で起こっている化学反応の結果であることがわかり、これが後にたんぱく質の合成に利用されることになった。
※筆者は10年ほど前にコンピュータソフトの開発から引退したものであるが、設計段階でむやみに項目数を増やしたり、構造を複雑化させたりすると手酷い目にあったことを思い出す。筆者はバグを他の人より多く作る存在として周囲からみられていたが、バグの修復も他の追随を許さないほど早かったと自負している。言い訳をすると、バグが多かったのは独自にシステムに組み込んだソフトの自己チェック機能のせいであった。ログがあがってくると他の人と桁違いのバグが発見されたが、自己チェック機能のおかげで修復も早かったのである。