第1話 未来都市
第1話 未来都市
「進捗はどうなっとる」
「表向きは進んでいるように見えますが、お館様の望みにはほど遠いかと思われます」
お館と呼ばれた老人は、日本でも5本の指にはいる財閥の総本家当主の藤部精太郎で88歳を迎えようとしていた。ベッドの傍らにかしずいているのは総本家を差配している楢崎新次郎であり76歳を迎えたばかりであった。藤部財閥は東北地方を基盤として、農林水産業と電子部品やロボットの生産を基幹とした財閥であり、これだけでは総売り上げも純利益も5本の指に数えられるほどではなかった。藤部財閥は保有する山林や農地が桁外れに広く、その保有資産が財閥を支えているのであった。国税局に申告している資産が全てではないという噂がまことしやかに流れていたが、それでも総資産がどのくらいか量れるものはいなかった。
2021年に藤部財閥は近未来モデル都市構想と称して財閥の所有する100平方キロメートルほどの土地を開発対象とすると公表した。この都市モデルの目玉は、
・貨幣を一切使用しない。
・交通手段は全てリニア駆動とする。
・住人に対し、全ての公共機関や生活物資を無料で保証する。
というものであった。
マスコミでは「夢のような話だ」「実現不可能だ」「具体案が示されていないのでなんともいえない」などと評価が分かれていたが、2031年現在ではこの居住区へ移転を希望する日本人は6割を超えるほどとなっていた。希望者の興味をひくことは、財産がなくとも仕事がなくとも生活の保障はされるし、病院や学校も無料であることだった。人並み以上の財産を築くことを望むものにはあまり恩典はないが、貧しい家庭などはこぞって移転の応募をするようになっていた。最初のころは「きっと重労働が待っている」「牢獄みたいな生活かもしれない」などと囁かれていたが、モデル都市プロジェクトが10年も過ぎると実態が明らかにされて生活が快適であることが紹介されるようになった。都市では重労働のほとんどがロボットにより行われ、財閥から与えられた仕事はロボットの管理などの軽作業であり、報酬はタスクポイントとして個々のIDカードに蓄えられるようになっていた。希望すれば、タスクポイントを外貨に換金して都市外への旅行も認められたし、仕事をしたくなければ保証された最低の生活をおくることもできた。日本国への税金は財閥が一括して支払っているから貨幣の必要性は全く無かった。なにしろ与党の国会議員の25人あまりを財閥で輩出しているからモデル都市プロジェクトへの弊害は全くないといってよかった。
なにより喜んだのが、物書きのたまごや売れない芸術家、世に認められない科学者たちであった。実は藤部精太郎が望んでいるのもこういう世の本線から外れた一芸を持ったものたちを集めることであった。集めたものたちの中から一人でも有望なものが見つかれば、このプロジェクトの進捗があったと言えるのだが、楢崎新次郎のいうとおり進捗は思わしいものではなかった。
「わしの目の黒いうちに見つかればよいのだが」
「きっと、みつかりますとも。御堂様も近い内に光がさすと仰ってますし、桃九様も尽力なさっています」